猛進する小山
レクトたちは再びオダイン樹海の一軒家に戻ってきた。
「レクト……。もう少し、魔術を隠そうとか考えた方がいいんじゃない?」
「急いでたし、どうせバレてる」
「ギルドマスターはともかく、イリアって人はそうでもないと思うけど……。まあ、いいわ。どうせ、ここで目立つことになるんだろうし」
一軒家は強い結界と魔祓いの魔術で魔物を寄せつけないようになっている。にもかかわらず、ルナルは魔物の気配を近くに感じていた。それだけ、魔物がひしめいているのだろう。数日前に来た時も魔物が多いように感じたが、今はその比ではない。これを排除しようと思えば、レクトたちも力を尽くす必要がある。目立たずに事を運ぶのはまず無理だ。
「まずはフォルテたちを探さないとね。わかる?」
「魔術信号でピカに合図する」
「なるほど。ここからなら届くわね」
魔術信号とは簡単にいえば、魔力波を全方位に送るだけ情報伝達手段だ。二者間で事前に定めておいた形式に従い情報をやり取りする。欠点は全方位に魔力波を放つので魔力効率が悪いこと、情報伝達範囲が狭いこと、傍受が可能なことが挙げられる。しかし、お互いの位置情報をやり取りするだけなら問題にならない。魔力感知能力がある魔物が寄ってくる可能性はあるが、どのみち殲滅する予定なので不都合はなかった。
レクトが合図を送ると、すぐにピカからの返信が届いた。発信元はレクトのいる場所から北西だ。それほど遠くない。
「見つけた」
「そう。行きましょうか」
レクトたちは、すぐに家を出てピカのいる場所を目指す。が、すぐに魔物に捕捉された。普段は魔祓いの効果でこれほど家の近くまで魔物が近づくことはないのだが、魔物が密集し過ぎて魔祓いの効果が薄いようだ。
「潰す!」
「待ちなさい。この先、何があるかわからないんだから力の消耗は抑えておきなさい。この程度ならプニョに任せておけばいいわ」
「プニョォォ!」
今のオダイン樹海は明らかに異常だ。ただ魔物を殲滅するだけで問題が解決するとは限らない。この騒動を引き起こした元凶がいるのではないかとルナルは睨んでいた。その元凶と対面したときのことを考えれば、少しでも力を温存しておいた方がいい。
プニョも出番だとばかりに張り切っている。亜空間から自分の分身を次々と取り出して合流していく。あっという間に山のような巨体が現れた。
プニョはレクトたちを体に乗せ、目的地に向かって進む。さすがに、このサイズになると跳ねたりはしない。魔物を取り込みながら、這うように進んでいく。そのスピードはかなりのもので、もしもうっかり冒険者を巻き込んでしまっても気がつかないだろう。嫌な想像を振り払うようにルナルは頭を振った。
「プニョ、もし魔物以外を取り込んでしまったら、ちゃんと吐き出すのよ」
「ブゥニョォォオオ!」
プニョから返事らしき唸り声が帰ってきたので、ルナルは大丈夫だと信じることにした。主に自分の精神安定のために。
■
雷光が迸り、数体の魔物を薙ぎ払う。わずかに遅れて、もう一条。同じ軌道をなぞるように稲妻が奔り、確実に命を刈り取っていく。
魔物は倒れ、だがすぐにその死骸をかけ分けるように別の魔物がクレシェに迫る。
「これじゃ、きりがないよ!」
喚くように声を上げたあと、クレシェは再び魔術の詠唱を始める。弱音を吐いている場合ではない。手を休めればたちまち魔物の群れに飲み込まれてしまう。
「だから、元凶を叩くしか無いんだろ!」
フォルテが怒鳴るように言った。その間にも剣は振り続けている。その一閃は確実に敵を切り裂く。だというのに、魔物は怯むことなく押し寄せて来た。
「そりゃそうだが、これ以上は進めねぇぞ!」
「ここで留まるよりは、一旦退いたほうがいいわ」
フィーナが放つ矢がキラキラと輝きながらオーガの頭を穿つ。さらに、氷属性が付与された一撃により、傷口を中心にオーガの体が凍りついていく。その影響は全身に広がり、たちまちにオーガの動きを封じた。
フィーナの一射と同時に幻影体がそれぞれ別のターゲットを射抜いている。付近には氷の彫像が出来上がった。
そこに飛来した大盾が追い打ちをかけた。彫像は衝撃で粉々に砕け、氷の粒がキラキラと舞った。盾はそのまま、後方の魔物たち吹き飛ばしたあと、逆再生のように持ち主であるコーダの手に戻った。
フォルテたち『導きの天風』はオダイン樹海の深部を目指している。だが、彼らの総力を尽くしても、辿りつくことは叶わなかった。既に、襲いかかってくる魔物に対処するだけで精一杯だ。このままではいずれ体力が限界に達し、死を迎えることになるだろう。
「クソっ! 仕方がない! 一旦――」
フォルテが撤退の判断を下そうとしたときだった。
「待って! レクト君が来てるみたい! ピカがそう言ってる!」
「おいおい、マシか!? 状況はよくわからねぇが頼もしい援軍だな」
クレシェが魔導杖のピカを通してレクトが近くに来ていること知り伝えた。崩れかけていた士気が持ち直す。
以前、見せてもらった実力だけでもBランク相当だった。それも魂宿しなどの常識外の魔術を見る前の評価で、だ。本当の実力がどれほどなのか、彼らには知る由もないが、それでもレクトならこの状況を打破してくれるのではないかという期待がある。
「ああ……、いつかの巨大スライムが見えるわ。きっと、アレね。やっぱり、レクト君に関係してたみたいね」
その期待は遠目に見える巨大スライムだけ見ても裏切られることはないだろう。本来ならば相対したくない存在だが、味方ならば頼もしい。
「よし、レクトが来るまでは踏ん張るぞ。情けない姿を見せるわけにはいかない!」
フォルテの号令を受けて、『導きの天風』は奮戦を続けた。
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