初手土下座、再び

 男の騒ぎ声で、冒険者ギルドが一瞬で静まりかえった。


 訪れた沈黙も長くは続かない。周りの冒険者たちがひそひそと囁く声で、建物内はざわめいている。


「特級従魔師? あいつ、何者だ?」

「あのギルドマスターが様付け!?」


 聞こえてくる内容は、だいたいそんなものだ。どうやら、強面の男性は冒険者ギルドのマスターらしい。何故、受付で退屈そうにしていたのかはわからないが。


「はぁ……。特級従魔師になったの、失敗だったかしら」


 ルナルが少し顔をしかめて呟く。


 厄介ごとに巻き込まれたときのお守りとして特級従魔師になったのだが、立派過ぎて少々目立ってしまうのが難点だ。


「でも、あると便利なときもある」

「まあ、そうね。たいていのことはスルーしてもらえるし」


 とはいえ、多少問題は目こぼししてもらえる効果は捨てがたい。特に衛兵など、辺境伯領関連の組織には効果覿面だ。それを考えれば、多少目立ってしまうくらい許容できる。


「あっ!? も、申し訳ございません! でかい声を出してしまい!」


 対応ミスを悟ったギルドマスターが謝罪するが、その声が大きい。そして、それを見た冒険者たちのざわめきも一層大きくなる。


「こちらへどうぞ。ギルドマスターもしっかりしてください!」


 隣の受付にいた女性が対応してくれたおかげで、レクトたちはその場を離れることができた。すでに噂になることは避けられないだろうが、あの場で値踏みされるような視線に晒され続けるよりはマシだ。


 女性の案内に従って歩いた先は執務室だ。中に入った瞬間にギルドマスターが土下座した。


「なんか、前も見た」

「あれは従魔師ギルドでしょ」


 レクトがデジャヴュを感じた理由は、ギルドマスターが同じような行動を取ったからだ。


「もういいから。普通にしてちょうだい」

「いや、しかし!」


 ギルドマスターは頑なに土下座をやめない。それを一喝したのは、先程の女性だった。


「ギルドマスター! お二人が困っています。即座にやめてください」

「はい!」


 女性の指示にギルドマスターは速やかに従っている。よくわからない力関係だ。


「助かったわ。あのままじゃ話にならなかったから」

「いえ。ギルドマスターが失礼しました。私はイリアと申します」


 イリアの話によれば、ギルドマスターは元Aランクの冒険者で、有事の指揮能力や冒険者たちの取りまとめ役としての腕を買われているようだ。一方で事務関係の能力はまるでなく、代わりに取り仕切っているのがイリアらしい。そのため、この手の仕事に関して、ギルドマスターはイリアに全面降伏のようだ。


「というわけで、私がサポートに入らせていただきます」

「わかったわ」


 イリアとルナルの間で話は進む。ビクビクとして役に立たないギルドマスターはほぼ置物状態だ。スムーズな進行のためには仕方がない。


「冒険者登録でしたね。ひとまず手続きを進めましょうか。識別票を貸していただけますか」

「わかった」


 レクトは識別票を手渡す。受け取ったイリアはそれを部屋の中にある魔道具らしきものにセットした。処理はすぐに終わり、識別票はレクトの手元に戻った。


「これでレクト君は冒険者見習いとなりました。特級従魔師の肩書きが優先されますので識別票の見た目にはほとんど変化がないですが、刻印が追加されています」


 イリアの言う通り、識別票は一見すると変わっていないように見える。冒険者見習いとして活動するときも、このピカピカの識別票を提示することになるらしい。なんともやりにくい。


 レクトがそんなことを考えて気分が沈んだ。注目されたりするのはまるで気にしないレクトだが、驚かれたり怯えられたりして話が進まなくなるのが苦手なのだ。


 とはいえ、納品依頼をこなすだけなら、識別票を提示することはまずない。大きな問題はないとレクトは気を取り直した。


「ありがとう。じゃあ、もう行く」

「あ、いえ。登録についてはこれで終わりなのですが――ギルドからレクト君たちにお願いがあります」


 用事は済んで帰ろうというとき、イリアが神妙な顔をして切り出した。置物になっていたギルドマスターが驚きのあまり、おかしな表情になっている。


「イリア君!? レクト様に迷惑をかけては駄目だよ!」

「ギルドマスター。既にそうも言っていられない事態ですよ。オダイン樹海の抑え込みに失敗すれば、領内は無事荒らされ、この街も無事ではすみません。そうなれば、かえってご迷惑をおかけすることになりますよ」


 オダイン樹海の魔物は増え続けているようだ。既に冒険者や領兵たちでは抑えきれない状態らしい。


「なるほどね。あんまりいい状態ではないみたいね」

「みんなが困る」

「そうね」


 レクトもガンザスに来て一月以上が経っている。街にはそれなりに思い入れもできているし、セーニャやフレトス、レティカといった仲の良くなった人たちもいる。以前ならともかく、今のレクトに黙って街を蹂躪させるという選択肢はなかった。


「どうすればいい?」

「協力していただけるのですか! ありがとうございます。現地の正確な状況は、私達もわかりません。どうしても情報の伝達に時間がかかりますから。現地では『導きの天風』というパーティーが中心になって対応していますので、そちらに話を聞いてもらえますか。紹介状を用意します」

「フォルテたち?」

「そうみたいね。だったら紹介状は必要ないわ。知り合いだし」

「そうなんですか!?」


 思わぬ偶然にイリアが目を白黒させる。

 もっとも、真実を知っていれば、あまり偶然とも言えないのだが。レクトの知り合いであるがゆえに破格の武器を手に入れ、同格や格上の冒険者たちよりも活躍することになり、対応の中心となったのだから。


 ともかく、そういうことなら話が早いとレクトは最速で現地に向うと決めた。レクトの最速といえばもちろん空間転移だ。


「じゃあ、行ってくる」

「あ、ちょ……」


 レクトは宣言すると、すぐに魔術を発動はさせた。ルナルが何かを言いかけたようだが、間に合わない。魔術はすぐに発動して、レクトたちの姿は煙のように立ち消えた。


「えっ!? な、何が?」


 取り残されたイリアは呆然とレクトたちのいた場所を見ている。その様子を見たギルドマスターが大きく息を吐いた。その意味が呆れなのか安堵なのかは本人にも判別がつかない。


「イリア君が思っている以上に彼らはとんでもない存在だぞ。まあ、今回は彼らが動いてくれて助かった。問題解決だな」


 いつものイリアならば楽観的だと断じるだろう言葉。しかし今は、妙な説得力を感じて否定することができなかった。

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