界隈では有名人
「冒険者になる」
突然、レクトがそんなことを言い出した。レティカの部屋でいつものようにポーション品質改善について研究していたときのことだった。
「レクト師匠が冒険者? なんでまたいきなり?」
「教えることがない」
レクトの言葉通り、レティカは錬金調薬師として十分な実力をつけている。治癒ポーションや魔力回復ポーションといったメジャーなポーションならほぼ確実にBランクで作製することができた。これより上質のポーションを作るには、もっと高品質な素材を使ったり、作成器具の改良が必要だったりと、実力以外の改善が必要だった。
「そっか……」
そのことはレティカも薄々気がついていた。レクトのポーション作成方法に関して、一般的な魔術で再現できそうなものは全て試していた。残るのは素材の潜在能力を引き出すだの、特殊空間を作って環境による干渉を極限まで抑えるだの、一般的の範疇を越えるものだ。
これでレクトとの師弟関係も終わるのかと、レティカは物寂しさを感じていた。レクトとの不思議な師弟関係を気に入っていたのだ。錬金調薬師の師匠であり、一方で会話が苦手で世話の焼ける弟のような存在だった。それが今後はただの隣人に変わるような気がして、寂しさを覚えたのだ。
しかし――
「何かわかったら、また教える」
レクトはまだまだ師弟関係を解消するとは考えていなかった。
先ほどあげたような一般的とは言い難い技術も異界魔術で実現できている以上、同様のことはこちらの魔術でも実現できるのではないかとレクトは思っている。とはいえ、魔術の体系が大きく異なるため、一朝一夕で成し遂げられることではない。だから、つきっきりで教えるのは一旦やめようと考えたのだ。
「そっか、そっか! ということは、レクト師匠はレクト師匠のまんまってことだね! というか、まだまだ言葉が足りないよ。会話のトレーニングは続けないとね。だから、ちゃんと私のところにも顔を出すんだよ」
「むぅ……。わかった」
レクトの言葉の意図を理解したレティカは途端に上機嫌になった。そして、会話トレーニングという名目の雑談を始める。
そう言われると、レクトとしても付き合わざるを得ない。というより、レクトはどうも姉的存在に弱いようだ。
結局、その日はレティカのおしゃべりにつき合うことになり、冒険者ギルドには顔を出せなかった。
■
翌日、レクトは冒険者ギルドに向かった。ルナルとプニョも一緒だ。
冒険者ギルドはメインストリートの東寄りにある。東門のすぐそばなので、レクトのアパートからだと少し遠い。人通りの多いメインストリートをどうにかこうにか分け進みレクトは冒険者ギルドにたどり着いた。
「疲れた……」
「ふふ、冒険者をやるんなら人混みになれないと駄目ね」
「……がんばる」
依頼を受けるためには冒険者ギルドに立ち寄らなければならない。それを考えるとレクトはげんなりとした。ルナルに返す言葉にも力がない。
「それにしても、なんでいまさら冒険者になろうと思ったのよ」
「お金が足りない……」
「ああ、プニョね」
プニョには魔力回復ポーションをエサとして与えていた。材料の確保からポーションの作成までレクトがやっていたから、お金はかからないはずだった。
しかし、最近事情が変わってきた。レクトが気まぐれで与えた串焼き肉がきっかけだ。どうやら、プニョはそれで美食に目覚めたらしい。それ以降、レクトが屋台巡りをすると、自分にも欲しいとプニョがねだるようになったのだ。
レクトはペットに甘やかすタイプだったようで、プニョの求めに応じて次々に食べ物を与えた。
プニョの正体は巨大スライムである。その食欲に際限などない。そうなると、レクトのお小遣いはあっという間に消えてしまった。
「それで冒険者ねえ。まあ、これも経験かしら」
お金を稼ぐだけならば、もっと効率の良い方法はある。例えば、ポーションを作って売ればいい。レティカを仲介役として卸せば、あまり目立つことなくお金を得ることができるだろう。
しかし、ルナルは敢えて指摘することはなかった。レクトが考えて行動したことであるし、色々な経験を積むことは、街にきた目的とも合致している。自分が細かく口をはさむことでばないと考えたのだ。
レクトを先頭に建物に入る。
正面にはカウンターがあり、幾つかの受付に別れていた。向かって左側の掲示板には幾つも紙片がピン留めされている。依頼票と呼ばれるものだ。冒険者はこの依頼票から自分にあった仕事を探すのだとレクトはフォルテたちから聞いて知っていた。
依頼票は気になるが、まずは冒険者として登録する必要がある。レクトはキョロキョロの受付を見回した。何故かひとつだけ列のできていない受付があったので、そちらに向かう。
そこには強面の男が退屈そうに座っていた。レクトが近づくとニヤリと笑う。なかなか獰猛な笑みだ。気の弱いものなら卒倒してもおかしくない。もちろん、レクトには関係のない話だが。
「おう、坊主。よく来たな。どういう用事だ?」
「冒険者になりたい」
「なんだ。登録希望なのか」
そう言うと強面の男はレクトをジロリと見た。
「規定として十五歳までは正式な冒険者にはなれないぞ。見習い登録はできるが、最下級のF級から昇格できない。当然、依頼も制限されるな」
正確な年齢は不明だが、レクトはだいたい十二歳くらいだ。体つきは年相応なので、十五歳と詐称するのは無理がある。
「むぅ……。採取依頼も駄目?」
「納品系か。一応、持ち込めば規定の報酬は支払うが、功績としてはカウントされんぞ。まあ、見習いにはあまり関係がないが」
「だったら登録する」
功績に関してはランクアップの条件となっているが、レクトには関係のないことだ。お金さえ貰えればそれでいい。
「そうか。まあ、無理はするなよ。識別票を提示してから、この登録書を記入してくれ」
強面の男の指示に従って、レクトは識別票を取り出す。それを見た男の表情が変わった。
「特急従魔師!? ま、まさか、レクト様ですか!」
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