プニョの腕試し

!意思を宿した道具を入魂器物としています。

!もっといい名前を思いついたら変更します。


――――


 弟子を取ったとはいえ、毎日ポーションの品質改善ばかりしているわけではない。その日、レクトはルナルと従魔のプニョを連れてオダイン樹海の一軒家にいた。


 本来ならば移動に数日を要するがレクトには異界魔術がある。空間転移の魔術を使えば一瞬で戻ってこれた。転移先にマーカーを仕込んでおく必要があるのでどんな場所でも無条件に転移するとはいかないが、それでも便利な魔術だ。アパートにもマーカーは設置済みなので帰りも一瞬で済む。


「リンデ、いないね……」

「そうね。百年も離れていたから向こうの状況もわからないし、しばらくはかかるわよ。戻ってくるって約束したんだから、元気出しなさい」

「うん……」


 わかっていたことだが、樹海の一軒家は無人だった。入魂器物によって維持されているため、掃除は行き届いているが、どこか物寂しい雰囲気がある。


 プニョがレクトの頭の上でぷよんぷよんと弾んだ。どうやら励ましているようだ。


「さあ、今日はプニョの成長を確認するんでしょ」

「そうだった。きっと最強になってるはず」


 レクトの期待に応えるように、プニョはぴょんと頭から飛び降りて、大きく伸び縮みしてやる気をアピールする。従魔にしたばかりの頃は、ちょっと跳ねただけで潰れていたというのに、今では激しく動いてもプルプルボディを維持できるようになっていた。


 家の外に移動すると、そこかしこから魔物の気配がする。目視できる範囲にはいないが、以前に比べるとかなり魔物の数か増えている。歓迎すべき事態ではないが、今回の目的に限っては都合がいい。プニョの実力を測るための相手には不自由しなさそうだ。


 魔力回復ポーションをエサとする試みは上手くいったと言っていい。プニョは間違いなく強くなった。少なくとも従魔となったスライムの中では最強と言っていいだろう。ガンザスの近場の魔物では相手にならないので、わざわざオダイン樹海までやってきたのだ。


 樹海を適当に歩けば、すぐに魔物が襲い掛かってくる。最初に遭遇したのはマーダーグリズリー。獰猛な熊の魔物だ。一軒家の周辺に出現する魔物の中では強い部類に当たる。中堅冒険者が万全の状態で戦っても苦戦を避けられない強敵。


「プニョ、がんばって!」

「プニョッ!」


 レクトの声援にプニョが返事をする。少しもおかしなことではない――とレクトは思っている。もちろん、一般的にはおかしい。スライムは鳴いたりしないというのが常識だ。しかし、プニョは鳴くどころか、人の声帯を模倣して喋ることができる。主人に似たのか、滅多に喋ることはないが。


 そうこうしているうちに、マーダーグリズリーが距離を詰めてきている。その狙いはレクトのようだ。


 本来ならばスライムなど、路傍の石と変わらない存在。敵が複数いるならば、まずは捨て置いて別の敵を叩くべきだ。マーダーグリズリーの判断は正しいといえる。だが、残念ながらプニョは普通のスライムではなかった。


 マーダーグリズリーが横を抜けようとした瞬間、プニョは勢いよく跳ねた。ちょうど標的の頭の位置まで飛び上がると、体の一部をハンマーのように変形させるとこめかみに強烈な一撃を加える。


 予想外の痛打を受けたマーダーグリズリーがふらつく。その隙を、プニョは逃さない。跳ねた勢いのままマーダーグリズリーに取り付き、首元まで這い寄ると、ぐるりと巻き付けて締め付けた。


 巨大な熊の首だ。人の手では到底締め上げることは叶わない。だが、プニョの攻撃は確実にダメージを与えている。マーダーグリズリーが苦しげに藻掻いているのが何より証拠だ。自らの負傷も省みず、マーダーグリズリーが首元に爪を立てた。その爪はズブリとプニョの体に沈み込んだ。が、それだけだ。プニョの締め上げは緩むことはない。それどころか、マーダーグリズリーの両手はプニョの体に食い込んだまま抜くことができなくなったようだ。こうなればマーダーグリズリーは抵抗らしい抵抗もできない。苦しげに藻掻く体も徐々に激しさを失い、やがて完全に動かなくなった。


「プニョォォ!」


 プニョが勝利の雄叫を上げる。殴りから締め上げという完全な脳筋スタイル。本来の武器である溶解液は使ってもいない。ここに従魔師ギルドのマスターがいれば、あまりの異質さに頭を抱えただろう。


「余裕だった」

「分身の小個体で、しかも物理攻撃だけで圧勝だものね」


 ルナルの言葉通り、今のプニョは分身体にすぎない。本体はもっと巨大で、とてもレクトの頭に収まるサイズではなかった。


 どうやら、スライムは魔力を含むエサを摂取すると、強く、そして巨大になるらしい。標準的なスライムの場合、攻撃手段は取り込みからの溶解なので成長の方向としては順当といえる。しかし、従魔として考えると巨大化はあまり歓迎できない。少なくとも街中を一緒に歩くことは無理だ。そこでプニョが編み出したのが分裂能力だ。


 分裂能力が一般的なスライムが有する能力かどうかは不明だが、少なくともプニョは自在に操ることができる。自らを複数の小さな個体に分けて、それぞれ独立して動かすことが可能だ。もちろん、即座に合体して元のサイズに戻ることもできる。


 これが分身ならば本体はどうしているかというと、プニョ自身が扱う魔術で亜空間に収納されている。知性のある普通の生物ならば何もない亜空間で長時間過ごせは発狂してしまうのだが、プニョは分身が外に出ているせいか特に問題がないようだ。


 ともかく、先ほどの戦いをプニョは分身というハンデ付きで完勝したのだ。つまり、プニョの実力はまだまだこんなものではない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る