緩い師弟関係

 レクトがレティカを弟子にしてから一ヶ月ほどが経過した。師弟と呼ぶには緩い関係だが、思いの外うまく行っている。


 まず二人はポーションの品質改善に取り組んだ。ポーションは品質によってランク付けされる。弟子入り前のレティカが作ったポーションはDランク。普及品としては十分な品質だが、その分買い取り価格も安い。品質改善が図れればレティカの生活も余裕が出るだろうという目論見だ。


 ちなみにレクトが作ったポーションは鑑定に出したことがないので正式なランクはわからない。だが、レティカに言わせると明らかに高品質らしく、Aランク相当だと考えているようだ。


「レクト師匠、ついに私のポーションがBランク評価になったよ!」

「おめでとう」

「ありがと! 卸値も上がったし、作業効率も上がったから仕送りしても余裕があるんだ。レクト師匠のおかげだよ」

「良かったね」

「うん! でも、そこはもっと感情を込めて言ってよ。淡々というと初対面の人には嫌味に聞こえちゃうよ」

「むぅ。難しい……」

「最初のころよりはだいぶよくなったと思うけどね」


 レクトの会話能力も多少は向上した。口数が少ないのは相変わらずだが、相手に伝えようという意識を持つようになったので、以前ほど意図が伝わらないという場面は減っている。とはいえ、レクトに慣れていないものにはまだまだスムーズな意思疎通は難しいかもしれない。


「それでね。Bランクポーションが作れるようになったから弟子を取ってみないかって言われてるんだけど……」

「取るの?」

「いや、無理だよ。私だってまだまだ勉強中なのに人に教えてる余裕なんてないよ~。それに弟子っていっても私より年上の人なんだよ?」

「レティカも僕より年上だよ?」

「うっ……。それはそうなんだけど」


 短期間でポーション作製の腕前をあげたレティカは調薬ギルドでも注目されていた。上達の秘密を探ろうという動きもあり、弟子入りの話もその一環である。情報を探る役割も兼ねているせいか、弟子候補も若手とは言えない年齢だったりする。そもそも、見習いでもレティカより若い錬金調薬師はほとんどいないのだが、それにしても年が離れすぎだった。


 愚痴をこぼすが、そういうレティカ自身も年下のレクトに弟子入りを申し込んでいる。それを指摘されると何も言えない。


「はぁ。私ってレクト師匠にかなり無理言ってたんだね。ごめんね」


 似たような立場になってみれば、その大変さが理解できる。一月前のことを振り返って、レティカは申し訳なく思った。余裕がなかったとはいえ、随分無理なことを言ったと、今では恥ずかしくなるくらいだった。


「大丈夫。今は僕も助かってる」

「わぁ。レクト師匠は素直で良い子だねぇ。よしよ~し」

「むぅ」


 レティカの弟子入りについてはレクトにも助かっている面があった。例えば、レクトのポーション作製方法をレティカにも再現可能な方法に落とし込む過程で、一般的な魔術で何ができて何ができないのかということが知れた。街のこと、世界のこと、レクトの知らない常識も色々と教えてもらえた。まだまだ馴染んだとは言えないが、それでも知識だけは身についた……はずだ。


 そのことを伝えると、レティカは仲の良い弟に接するようにゆっくりと頭を撫でた。とても、師匠が弟子にとる態度ではないが、これが二人の師弟関係だった。


「弟子、嫌なら断ればいい」

「んー。それで納得してくれるかなぁ」


 結局のところ、調薬師ギルドの面々が知りたいのは高品質ポーションの作り方だ。弟子を断ったとしても、簡単に諦めたりはしないだろう。もしかしたら、もっと乱暴な方法で探りを入れてくるかもしれない。


「ある程度の知識は小出しにして教えてあげたらいいんじゃない? もちろん、レティカの優位性を損なわない程度に、だけど。ギルドへの貢献にもなるし、恩を売っておけば、後々助けになってくれるかもよ」


 話を聞いていたルナルがアドバイスする。知識を与えればそれである程度は納得するだろう。それに小出しに情報を与えれば向こうもレティカを無下にはできなくなる。下手なことをして敵対すれば、情報が得られなくなるからだ。


「ルナルさんたちは、それでいいの?」

「別に構わないわよ。私もレクトも錬金調薬師じゃないからね。レティカさえ良ければ問題ないわよ」


 高品質ポーションの数が少なければそれだけ価値が上がる。そして、作り手の立場も上がる。そういった理由で技術は秘匿されることが多い。しかし、レクトたちはポーション作製を仕事としているわけではないので、価値が変動しようと関係がなかった。


 むしろ、高品質ポーションの作り方は広まった方がいいと思っている。世のため人のためではないが、悪用されるものでもないので品質向上にデメリットはほとんどない。既存の作り手にとっては従来の品質では通用しなくなるという難点があるが、大衆にとってはプラスに働くことだろう。自分たちが直接教えるのは面倒だが、レティカが矢面に立ってくれるのなら知識を広めるのも吝かではないのだ。


「そっか。じゃあ、今度、ギルドの人と相談してみるよ」

「そうしなさいな」


 弟子問題はどうにか解決できそうだとレティカは胸を撫で下ろした。せっかく、新しい技術を学べる機会があるのだ。ギルド相手に腹の探り合い――というより一方的に探られるだけだが――をして時間を無駄にしたくはない。


「さあ、レクト師匠。今日は何を検証しようか」

「並行処理の方法、とか?」

「ん・、それは私には難しくないかな?」

「魔道具を使えばなんとかなる、かも?」


 こうして今日も二人は協力して、ポーションの品質向上について研究するのだった。

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