苦労しなければわからない

「弟子にしてください!」


 ひとまず作成途中だった魔力回復ポーションの瓶詰めまで終わった段階でレティカがそう切り出した。錬金調薬師としては当然の行動かもしれない。なにせポーション作りはそれなりに時間がかかるのだ。成分の抽出や、均一になるまで混合する作業は慎重さと根気が必要となる。それが一瞬で終わるのだからレクトたちの技術は錬金調薬師たちにとって夢のような技術だ。しかも、レティカの見立てでは作成されたポーションの品質も最高品質かそれに近い出来だ。錬金調薬師としての向上心があるならば、なんとしてでもその技術を学びたいと考えるだろう。


 これ以上レクトたちに迷惑をかけてはいけないと考えていたレティカが、そのことを忘れて衝動的な行動を取ってしまっても仕方がない。


 しかし、レクトの返事はすげないものだった。


「無理」

「そう……だよね。それだけの技術だもん。秘伝の技術だったとしてもおかしくはないし。だけど……!」


 技術は仕事の種。簡単に教えてもらえるものではないとレティカも理解している。だからといって、諦めることもできなかった。


「お願いします! どうか私にその技術を教えて下さい」


 レティカは深々と頭を下げた。対するレクトはというと面食らった様子でオロオロとしている。二人の間で「そうじゃない、無理」「お願いします」というやり取りが繰り返され、時間だけがいたずらに過ぎていく。


「はいはい、そこまで。このままじゃ話が進まないから口を出すわよ」


 様子を見ていたルナルが、仕方なく間に入った。


「まずはレクトね。アナタはもう少し話す練習をしたほうがいいわね。『無理』だけじゃさすがに伝わらないわ」

「うん……」


 少しうつむいた格好でレクトが頷く。さすがに堂々巡りのやり取りが堪えたのか珍しく反省したようだ。


「そして、レティカね。まずはお説教よ。わかってるとは思うけど、簡単に弟子なんて取れないわ。レクトには弟子を取るメリットがないもの。見返りもなく技術を教えてもらおうだなんて虫のいい話よ」

「そ、それはわかってます! 私にできることならなんでもしますから……!」

「覚悟はあるのね。でも、ごめんなさい。レクトが無理だといった理由はまた別なの。私たちの技術は、なんというか特殊な素養が必要なのよ。どんなに努力してもレティカに同じことはできないわ」

「そんな……」


 ルナルは素養という言葉を使ったが、もちろんそれは異界の魔術を使うための器のことだ。赤ん坊の頃に処置をしない限り魔術の器を得ることはできない。いくらレクトたちの技術を学んだとしてもレティカに同じことはできないのだ。


 ルナルの話を聞いてレティカを大きく肩を落とした。一方、レクトは助かったと安堵しているようだ。


 二人の様子を見てルナルはニヤリと笑った。


「という話をしておいてなんだけど、レクトはレティカを弟子にしなさい」


 今までの話と間逆の展開。話の流れについていけず、レクトとレティカはポカンとした表情を浮かべた。


 思った通りの反応にルナルは少し上機嫌だ。そのまま調子よく、意図を説明し始めた。


 まずは、軽々しく人前で異界魔術を使ったレクトに反省を促すため。面倒ごとを避けるために魔術を控えるように言っておいたにも関わらずホイホイ使っているので、実際に大変な目にあったほうが実感できるだろうという判断だ。


 また、師匠としてレティカに指導することで会話の練習になるのではないかと期待している。これはレティカにも負担が大きそうだが、これこそがレティカが提供するレクトへのメリットだ。つまり、会話の練習に付き合う代わりに、錬金調薬の技術を教えるという取引となる。


 最後に、レティカに教える技術。レクトたちが使う異界魔術そのものを伝えることはできないが、まったく教えることがないかというとそうではない。レクトが使った技術は結局のところ幾つもの処理を連続して行うだけのもの。個々の処理を自動的に最適化して高品質と高速化を実現している。それらの処理を解析すれば、こちらの一般的な魔術でも再現できることはあるはずだ。


「というわけよ。どうかしら?」

「是非お願いします!」


 いち早く賛同したのはレティカだ。話し相手になるだけで、錬金調薬の知識が得られるのならお得な取引に思える。もしかしたらレティカの想像以上に大変なのかもしれないが、一度は何でもやるとまで口にしたのだ。ここで引き下がるつもりはない。


 レクトはというと難色を示している。ルナルの言い分はわかるのだがそれでも気は進まない。とはいえ、暴走していないときのレクトは姉に弱い。渋々とだが提案を受け入れることになった。


「それでは、レクト師匠。これからよろしくお願いします」

「うん……」

「がんばるのよ~。あ、レティカは無理に敬語を使わなくていいからね。レクトと専門的な内容をやり取りするのはすごく大変だと思うから慣れない言葉だとすぐに疲れちゃうわよ」

「そうかな? そういうことなら普通に話すね。レクト師匠もそれでいい?」

「大丈夫」


 弟子入りは決まったとはいえ、まだまだ準備が足りていない。レティカは納品期日までにポーションを作らないとならないし、レクトは自動化している処理の内容を確認し解析しないといけない。それらをこなすために本日のところは解散することになった。

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