そんなことより素材の在りかを
人探しの魔術の結果、レティカは近くの森にいることがわかった。レクトがプニョを従魔にしたあの森だ。早朝から出かけたということでなければ、森で夜を明かしたことになる。おそらくは想定外の事態に巻き込まれたのだろう。
幸い、魔術の反応から生存していることは間違いない。レクトたちは魔術の反応を頼りに森の捜索を始めた。
プニョを見つけた場所より奥で、レクトは大樹の傍に立つワーウルフを見つけた。うろの中を気にしてこちらに気づいていなかったようだったので、容赦なく奇襲した。ろくに準備もせずに出てきたので、普段使う弓を持ってきていなかったが問題はない。魔術で風の刃を飛ばしてワーウルフの首を狙う。すると、ほとんど抵抗なくスパンと首は切り裂かれ、勢いよく飛んで行った。レクトがワーウルフを見つけてからわずか数秒のことだ。
「ワーウルフね。こんなところに出るなんて珍しいんじゃないかしら?」
レクトの後ろをのんびり雰囲気で後ろをついてきたルナルがそんなことを言った。のんびりといっても、実際は街からここまで爆走してきたので、あくまで雰囲気だけだが。
「そうなの?」
「たぶんね。樹海なら珍しくないけど、このあたりでは脅威なはずよ。出たら真っ先に討伐されるでしょうね」
ワーウルフは駆け出しの冒険者ではまるで相手にならない魔物だ。街の住人が出入りするような森に出没することは看過できないはず。おそらくは報告が上がれば、ガンザスの守備隊が出るか中堅冒険者のパーティーに依頼が入ってすぐに討伐されることになるだろう。
「うろを覗いてた」
「あら、もしかしてレティカって子が隠れてるのかもね」
「確かめる」
レクトがうろの中を確認すると、そこには確かにアパート前で出会った少女――レティカの姿があった。
「見つけた。だいたい無事」
「だいたいって何よ? あー……、石化してるわね。ワーウルフにはそんな能力はないはずだから『呪い持ち』だったのかしら」
レクトとルナルがそんな風に話をしているとレティカがおずおずと話し掛けてきた。
「助けてくれたんですよね? えっと、レクト君だったかな?」
「そう」
「私はルナル。レクトの姉よ」
「ルナル……? 確か子狐ちゃんの名前じゃ……?」
「あー……。まあ、同じ名前なのよ。気にしないで」
レティカと以前あったときに子狐の姿で紹介されていたことを忘れていたルナルは普通に名乗った。最初に遭遇して以来会っていなかったので、名前を覚えられているとは思っていなかったのだ。説明するのも面倒なので、ルナルはひとまず適当に誤魔化しておいた。
続いてレクトたちの事情を説明した。セーニャが心配していたことを話すと、レティカの瞳からポロポロが涙を溢れ出した。
「私、セーニャさんから護衛を雇うように言われていたのに……! 大丈夫だって話を聞かずに……」
レティカの口から後悔の言葉がこぼれる。彼女には金が必要だった。父はすでに亡なっており、母は病弱であまり働けない。彼女の仕送りが家族を支えているのだ。だから、彼女はできるだけ出費を避けたかった。森の魔物ならば自分だけで対処できると高をくくっていたのだ。その結果が今である。石化の呪いは高位の聖職者でなければ解けない強力な呪いだ。解呪には相応の寄進を求められる。駆け出しの錬金調薬師にはかなり重い負担だ。果たしてレティカに支払えるかどうか。支払えたとしても、仕送りは難しくなるだろう。
「私が……、私がセーニャさんの言うことを聞いていれば……!」
たらればを言っても仕方がないとはいえ、それでも後悔してしまうのが人間だ。悲しみと嘆きが心の奥底から分けだしてきて、レティカは両手で顔を覆った。そして、気がつく。
石になったはずの手先が元に戻っている。
「どうして……?」
「治した」
レティカが呆然とした表情で自分の手を見つめていると、自分を助けてくれた少年は何でもないことのようにそう言った。にわかには信じられない話だが、実際に手の感覚は戻っている。
「あ、ありがとう。でも、ごめんなさい。私はあんまりお金を持ってなくて……」
命の危機を救ってもらい、石化の呪いまで解いてもらったとなれば、何らかのお礼を差し出すのが一般的な対応だ。とはいえ、レティカに金銭的な余裕はない。そんな余裕があればそもそもこんな無茶はしなかっただろう。こちらから頼んだことではないので必ずしもお礼を返す必要もないのだが、だからといって開き直れるほど厚かましさをレティカは持ち合わせていなかった。
申し訳ないと思いながら金銭的な余裕のなさを吐露すると、レクトはふるふると首を横に振った。
「お金はいらない。聞きたいことがあったから探してた」
その言葉を聞いてレティカはホッとした。お金を支払う必要がないこともそうだが、何より自分に力になれることがあるとわかったからだ。
「聞きたいこと? 私にわかることなら何でも答えるよ」
レティカの言葉にレクトはひとつ頷くと自分の頭の上に手を伸ばす。そこには一匹のスライムがいた。従魔のプニョだ。レクトはプニョを両手で捕まえると、レティカの前に掲げた。
「スライムのプニョ。最強に育てるから魔力回復ポーションの材料が欲しい。場所を教えて」
「……はい?」
言っていることの意味がわからず間の抜けた声がレティカの口から漏れた。より正確に言えば、それぞれの言葉の意味はわかるのだが、繋がりがよくわからない。スライムの育成と魔力回復ポーションに関連性を見出せなかったのだ。
しかし、意図はわからずとも要求されていることは明瞭だ。ポーションの素材の在処についてならば、レティカは間違いなく力になれる。
「よくわからないけど……、魔力回復ポーションの素材なら何処に生えているか知ってるよ!」
素材の場所を教える程度では、自分の受けた恩は返しきれないだろうとはレティカにもわかる。だからこそ、こうしてコツコツと恩返ししていこうとレティカは思った。いつの間にか涙はすっかりと止まっていた。
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