色々と力技

「えっ、レティカが帰ってないの?」

「うん。昨日音がしなかった」

「今朝、扉を叩いてみたけど反応はなかったわよ」


 結局、昨日はレティカに会うことはできなかった。おそらく部屋にも戻っていない。外泊した可能性もあるが、一応セーニャに確認してみたのだ。


「おかしいわね。納品期日が近いから、しばらくは仕事漬けだって言ってたのに」

「そうなの? 昨日で納品が終わったのかしら?」

「そんな感じでもなかったけど……。あの子、まさかまた一人で素材を取りに行ったんじゃ……」


 セーニャが不安げな顔で呟く。どうやら以前にも同じようなことがあったらしい。そのときは魔物に襲われて逃げ回ったあげく、木の上で夜を明かし、翌日ボロボロの姿で戻ってきたようだ。


「護衛を雇って行ったのならいいんだけど……」


 そんなことがあったので、セーニャは素材集めをするなら冒険者を雇うように説教したらしい。しかし、レティカが言うことを聞いたかどうかはわからない。むしろ、レティカはお金を必要としているので、護衛料をケチってひとりで素材集めに向かった可能性が高いそうだ。


 レティカの身を案じるセーニャ。レクトはその姿をじっと見たあとニカっと笑った。


「大丈夫。僕が探してくる!」

「レクトが?」


 セーニャは驚いてレクトを見つめた。その顔には自信が溢れているように見える。普通の子供ように見えて、とんでもない能力を持っていることは既に身に沁みてわかっている。レクトが探してくれるというのならこれほど頼りになることはない。


「それは助かるけど……」

「まあ、セーニャには世話になってるし、いいんじゃないかしら。それに私たちも用事があるわけだし」


 冒険者でもない子供に頼んでもいいものかとセーニャは躊躇した。しかし、ルナルからも賛同の声が上がったことで心は決まる。やはり、レティカのことが心配だったのだ。


「そう。だったらお願いしてもいいかしら」

「任せて!」


 レクトはそう請け負うと外に飛び出していった。ルナルも慌ててその後を追う。


「それでどうするつもりなの?」

「人探しの魔術を使う」

「なるほどね。でも本人に縁のあるアイテムが必要よ」

「大丈夫。部屋にある」

「え? 鍵がかかってるんじゃない?」

「大丈夫」


 レクトはレティカの部屋の前まで行くと、ドアを開けようとした。しかし、ルナルの指摘したとおりドアには鍵はロックされている。そのことを確認したレクトは躊躇なくドアを魔術で分解した。


「な、何をやってるのよ、レクト!」

「大丈夫。後で復元の魔術で直す」

「そういう問題じゃないんだけど……。まあ、非常事態だからセーフってことにしておきましょうか。あ、こっちに櫛があるわ。髪の毛が残ってるし、これならかなりの精度で探せるわね」


 こうして、レクトたちはいささか乱暴な方法で捜索のための手がかりを得たのだった。



 レティカは巨木のうろの中で体を縮こまらせていた。息を潜めてできるだけ気配を消すように。気配隠しの香は既に効果が切れてしまっているだろう。少しでも音も立てれば、それが命取りになる。外では今でもアイツがうろついているのだから。


 レティカはそれなりに魔術の腕に自信があった。ポーションの材料を採取するために一人で森に入ることも多いが、一対一ならたいていの魔物は倒すことができた。数が多いと倒すのは無理だが、それでも逃げ果せる自信があった。


 しかし、アイツにはまるで歯が立たなかった。この森では普段見ることのないワーウルフ。しかも、アイツは『呪い持ち』だ。対峙してすぐには気が付かなかったが、アイツの視線を受けると少しずつ体が石になっていくようだ。その影響は視線が外れても残るのか、今でも少しずつ石化が進行している。このままではいずれ全身が石化してしまうだろう。


 いや、そもそも、そんな先のことを心配する余裕もない。アイツは今も近くをうろついている。切り札だった幻惑の煙幕も気配隠しの香もすでに使ってしまった。今度見つかれば、逃げるとこはできないだろう。


 徐々に石になっていく手先が勝手に震え出す。抑えなければと思えば思うほど震えは大きくなっていく。両手を抱え込むように体に押し付けて、ようやく震えは止めることができた。


 気づかれなかっただろうか。


 レティカがうろの外に目をやると、そこにはニタリと笑う狼の顔がコチラを覗いていた。


 ひぃと息が漏れた。体が強張り制御が効かない。頭が真っ白で何も考えられない。いや、違う。ただ一つのことしか考えられない。


――死にたくない。死にたくない。死にたくない。


 何がおかしいのか、ワーウルフは嗜虐心に歪んだ笑みをますます深くして――――そのまま頭を吹き飛ばされた。あまりに綺麗に飛んで行ったものだから、首から下はそのまま取り残されている。


「え?」


 唐突な展開に、レティカは驚きの声を上げた。恐怖心が限界に達して、自分に都合のいい幻覚を見せたているのだろうか。そんな考えが頭をよぎる。


 しかし、間近に迫っていたはずの死はいつまで経っても訪れない。代わりに少し時間をおいてうろの外からドサリという音が聞こえた。頭部を失ったワーウルフの胴体が崩れ落ちた音のようだ。


「……助かったの?」


 強張っていた体が弛緩して力が抜けていく。体を支えれずにレティカはうろの壁にもたれかかった。


 ふうっと息をはき、視線をうろの外に向けたところで、どこかで見たことのある少年と目があった。

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