贅沢な強化案

「ところで、スライムのエサはどうするの?」

「何でも食べる」

「でも食べるものによって成長も変わるんじゃないかしら」

「むむむ……」


 スライムは最弱の魔物として知られているが、ごく稀に巨大で強力な個体が出現することがある。そういった個体は強い魔物が出現する地域に現れるため、たまたま強い魔物の死骸を捕食して生き残った個体が成長したのではないかと言われていた。実際にルナルはレクトがオダイン樹海の奥地で、強力なスライムと出会ったことがある。ルナルにとっては敵ではなかったが普通のスライムとは比較にならない強さだった。


「たぶん、魔力が豊富なものを食べると強くなんじゃないかと思うのよね」

「……魔力回復ポーションは?」

「えっ? ああ、贅沢な話だけど悪くはないかもしれないわね」


 エサと言われてポーションを思い浮かべる者はあまり多くはないだろう。ルナルにもその発想はなかった。もし、発想があったとしても試す者はまずいない。ポーションはそれなり高価な品物だ。毎食のエサをポーションで賄えば金銭的な負担はかなり大きい。おそらく、スライムのエサとして魔力回復ポーションを与えるのは初めての試みだろう。


 狙い通り強くなるのかは未知数だし、強くなってもスライムはスライム。普通ならばコストに見合わないと考えるところだが、レクトにとってスライムの強化は手段ではなく目的。最強のスライムを育て上げる敏腕トレーナーになるために妥協は許されないのだ。


「材料を探す!」

「まあ、買うには高いものね。でも、そう簡単に見つかるかしら」


 魔力回復ポーションの材料はそこまで珍しい素材ではないが、流石にどこにでも生えているわけではない。森の中ならばどこかに生えている可能性はあるが当てもなく探すのは時間がかかりすぎる。


「聞いたほうが早い?」

「そうね。一旦戻りましょうか。この子も従魔登録しなくちゃね」

「うん」





 プニョの従魔登録は西門の衛兵詰所で行った。従魔タグはというと、金属プレートのタグを渡された。スライムの場合、タグ付の首輪なんかをつけてもスルリと抜けてしまう。なので、これを体に取り込ませておくようだ。きちんと言ってきかせれば、溶かさずに留めておけるらしい。意外に器用な生き物だ。


 残念ながら特級従魔師と言えど、従魔登録料は必要となる。レクトはまた300ルトを失うことになった。これで今週のお小遣いはもうほとんどない。そのことに気がついたレクトは、少し涙目だった。


 街に戻ったレクトたちは、昼時だったこともあり、そよ風亭で昼食を取ることにした。冒険者だったセーニャたちもいることだし、魔力回復ポーションの素材が採取できる場所について話も聞けるかもしれない。


「あら、レクトと……とそっちの子は初めてね。友達ができたの? 可愛い子じゃない」


 店に入ると、すぐにセーニャに声をかけられた。ルナルをルナルと認識できずに初対面の少女だと思っているようだ。セーニャと人型の姿で対面するのはこれが初めてだった。


「ふふふ、私は友達じゃなくって姉よ! ねえ、レクト?」

「んー……? うん」


 ルナルの姉アピールが強くなっていることを不思議に思いながらもレクトは頷く。セーニャはというと、一瞬訝しげな顔をしたもののすぐに正体に気がついたようだ。


「もしかしてルナルちゃんなの……?」

「そうよ。というかルナルちゃんはやめなさいよ。私はアナタより年上よ」

「え、ああ、そういえばそうなのよね。でも、見た目でルナルさんって呼ぶのも違和感があるわ」

「ルナルでいいわよ」


 そんなやり取りをした後、昼食をとる。メニューは基本的にフレトスのオススメだ。今までに一度も外れがないので、きっと腕がいいのだろう。


 ちなみにプニョのことも紹介して、エサを用意してもらった。エサと言ってもただの野菜くずだ。スライムに与えるエサとしてはこれでも上等な部類らしい。


 食事を済ませ、客が少なくなった頃を見計らってレクトは再びセーニャに声をかけた。


「魔力回復ポーションが作りたい」

「ん? 買うんじゃなくて作る気なの?」

「うん。たくさん作る。だから材料が欲しい」


 レクトたちはセーニャに事情を説明した。主に説明したのはルナルだが、レクトもいつもにくらべれば口数が多い。それだけスライム育成に熱が入っているのだろう。


「強いスライムを育てるために魔力回復ポーションを使うのか。それはなかなか贅沢な話ね。でも、ごめんなさい。アタシは薬草とかその手のことには詳しくないのよ」

「冒険者のときは?」

「手を出してなかったわ。意外と難しいのよね、薬草の採取依頼は。知識がないと判別が難しいの」

「むぅ……」


 残念ながらセーニャからは情報を得られなかった。しかし、代わりに詳しい人物を教えてくれるという。


「まあ、レティカのことなんだけど」

「隣のひと?」

「ああ、そういえば錬金調薬師っていってたわね」


 アパートで隣室に住むレティカは初対面のときに錬金調薬師を名乗っていた。まさにポーションを作る専門家である。素材の植生についても詳しいとは限らないが、お金がない駆け出しの錬金調薬師が自分で素材の確保をすることでコストを抑えることはよくある話だ。話を聞いてみる価値はある。


 レクトたちはセーニャに礼を行って店を出た。そして、そのままアパートへと向かう。自室に向かう途中で隣室をノックしてみたが反応はなかった。


「留守?」

「そうみたいね。夜には帰ってくるんじゃないかしら」


 レティカは夜型の人間で仕事も夜にやっているらしい。アパートの壁はあまり厚くないので、割と作業音が聞こえてくるのだ。レクトはまるで気にしていなかったが、神経質な人間には耐えられないだろう。


 どうせ帰ってきたら音でわかるのだ。レクトたちは自室に戻ることにした。


 しかし、その日はいつまで経っても、隣室は静かなままだった。

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