いきなりの特級

「人化、ね。できなくはいんだけど……」


 言いよどむルナル。できないことはできないとはっきり答える性格だけに、こんな反応は珍しい。理由がわからず、レクトは首を傾げた。


「できないの?」

「できないわけじゃないのよ。でも、疲れるし、ちょっと威厳がないというか……」

「嫌なの?」

「そういうわけじゃないんだけど……」


 ルナルはなおも煮えきらない様子だ。

 じれったくなったのか、レクトはルナルを抱えあげると目を合わせて言った。


「嫌じゃなかったら試して欲しい。僕はもっとルナルとおしゃべりしたい。ルナルは?」

「それは……、私だってそうよ」


 レクトにしては珍しく長い言葉での意思表明。それだけに思いの強さが伝わり、ルナルは少したじろいだ。


 ルナルが人化を渋っているのは、あまり得意ではないからだ。不自然でない人の姿をとることはできるが、自由にその姿をコントロールできるほどではない。ある決まった姿にしかなれないのだ。その姿にルナルは納得がいってなかった。


 しかし、レクトにこうまで言われてはルナルに断ることはできない。ルナルとしても自由に話せる環境というのは望ましいのだ。


 ルナルはようやく覚悟を決めた。


「わかったわよ。ちょっと試してみるから」


 言うやいなやルナルはレクトの手から離れ、床に飛び降りた。後ろ足だけで直立し、やや俯いた格好で目を閉じた。


 変化はすぐに訪れた。子狐の体が眩い光に包まれてみるみるうちに膨れ上がっていく。やがてレクトと同じ程度の背丈の人の姿を形取った。徐々に光は収まっている。完全に光が収まったとき、そこにいたのは狐耳を持つ少女だった。


「ど、どうかしら?」

「おかしなところ、ないよ」

「そうですね。獣人と言われても違和感を覚える者はほとんどいないと思いますよ。それに姉と弟みたいに見えますから、二人で行動するのならちょうどいいかもしれませんね」

「あ、姉!? そういえば、前に人化したときよりも視点が高いわ! 人化したときの体が成長したみたいね」


 ギルドマスターの評価を聞いて、明らかにルナルの期限が急上昇した。というのも、ルナルが人化を渋っていた理由は、人化したときの姿が幼すぎたからだった。今のレクトよりも幼く、幼女そのものといった姿だったのだ。レクトの姉を自負するルナルとしては、そんな姿を見られなくはなかった。しかし、数十年の間に人化した姿も成長していたようだ。これならばあと姉としての威厳も保てる。


「人化したときは姉弟として振る舞いましょうか。そのほうが自然よね! ねえ、レクト。試しにお姉ちゃんって呼んでみてよ」

「お姉ちゃん?」

「うふふ、いい響きね。うふふふふ」

「……!」


 トリップしたように笑うルナルにレクトは困惑気味だ。ルナルが何を喜んでいるのかわからずに戸惑っている。彼にとって、ルナルはどんな姿をしていても姉みたいな存在だった。今更、『お姉ちゃん』と呼ばれて喜ぶ心理はピンときていない。ただ、ご機嫌なルナルを見て、なんだかわからないけど喜んでるからいいか、というのがレクトの心境だった。


 しばらくはルナルがデレデレと笑う様を見守る時間が続いたが、いつまでも終わる様子がない。さすがに止めねばとギルドマスターが大きく咳払いをしたところで、ようやくルナルは正気に戻った。


「ともかく、人化は大丈夫のようですね。その姿で話すぶんには全く問題無いでしょう」

「そ、そうね! まあ、威圧感には乏しいから、結局は絡んでくる奴はいそうだけど」

「それに関してはギルドの方で手を打ちましょう。レクト様を特級従魔師として登録しようと考えています」


 ギルドマスターは自信ありげに提案した。しかし、レクトにはピンとこない。そもそも、特級従魔師とは何なのか、それがわからなかった。ルナルも知らないようで、小首を傾げている。

その様子を見たギルドマスターが解説を入れた。


「特級従魔師は特別な技能があったり、大きな貢献があったりする従魔師に与えられる称号でしょうか。従魔師ギルドが推薦し、貴族の認定を受けることで授与されます。ギルドの重要人物を貴族の後ろ盾で守ってもらうための制度ですね。辺境伯様に認定をいただければたいていの面倒ごとははねのけることができるでしょう」


 たしかにハルフォン辺境伯領で辺境伯以上の後ろ盾は存在しない。よほどの馬鹿でない限りは辺境伯の後ろ盾がわかった時点で手を引くだろう。

ただし、貴族が何の見返りもなく、後ろ盾になるとは思えない。


「貴族ねえ。面倒がさけられるのはありがたいけど、貴族との付き合う自体が面倒ごとなのよね。後ろ盾を得るってことは、向こうからの口出しも受ける必要があるんでしょう?」


 気だるげな表情でルナルが言う。少女の姿には似つかわしくない顔つきや所作もルナルがすればしっくりとくるのは、それだけ世間の柵を熟知しているからか。


 ギルドマスターは苦笑いを浮かべて頷いた。


「本来ならばそのとおりです。ですが、レクト様に関してはきちんと根回ししておきますので、特に干渉などを受ける心配はありませんよ」

「へえ? 従魔師ギルドってそんなに力がある組織なの?」

「いえ。私ではなくレクト様たちの力ですね。辺境伯様も伝承の会に所属していらっしゃるので、話を通せばすぐに認定して貰えるかと」

「なんで辺境伯なんて大物が、そんな組織に属してるのよ!」

「ここらの周辺諸国の上層部はみんな所属してますよ。それだけ、リンデルーダ様の与えた影響は大きかったということです」


 思っていた以上にリンデがこちらの世界の上層部に与えた影響は大きかったようだ。たしかに、嫌がらせとしてキンデリアの城の壁という壁を塵にして風通しをよくしたし、夜な夜な王族をはじめとした王国上層部の寝室に忍び込んでは、額に犯罪者と悪戯書きをした。差し向けられた兵や刺客は無力化したあと、王城の庭に植物代わりに植えたりもした。しかし、勇者召喚という強制拉致や命を狙われたことの報復としてはささやかものだとルナルは思っている。にもかかわらず、大袈裟なことだ。


 とはいえ、それがレクトにとってプラスになるのなら文句などあるはずもない。こうして、レクトは特級従魔師としての立場を得たのだった。

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