変身という選択肢
ひとまず、ギルドマスターとの謝罪は受け、タグに仕込まれた魔術がルナル達を害する目的ではないことを共有した。タグの魔術の目的は予想通り、従魔の暴走対策だったそうだ。従魔が暴走したときに、遠隔でタグの魔術を起動して、精神を落ち着かせる効果があるようだ。事前の説明がなかったことは問題だが、予防策としては理解できたので、この件についてギルドを責めることはないと約束した。
「でも、ルナルには必要ない」
「まあそうね。効果も大したことがないみたいだし、身に着けるのは構わないんだけど、弾け飛んじゃうんならどうしようもないわ」
「それに関しては、魔術効果のないタグを用意しますので、そちらを使っていただければと……」
ギルドマスターの提案を受けて、見た目だけのタグをつけることで決着がついた。暴走抑止という点では問題かもしれないが、ルナルがレクトの意に反して暴走することはまず考えられない。ルナルが暴走しているときは、レクトが暴走しているときだろうし、そうなればタグがあろうがなかろうが誰も止めることはできないだろう。暴走したら止められないので、できるだけ逆鱗に触れないように便宜を図るというのがギルドマスターの方針だ。圧倒的な力に屈しているともいえるが、まともな抵抗などできないのだからどうしようもないと開き直っている。
「従魔登録の件はこれでいいとして。今更だけど、自己紹介しておこうかしら。私はルナル、ご主人――リンデルーダ様の眷属よ。そしてこっちの子がレクト。ご主人の養い子で、魔術に関しては弟子でもあるわ」
「で、弟子!? わ、わかりました! ルナル様に、レクト様、それにリンデルーダ様ですね! 失礼のないようにしっかりと伝承の会のネットワークに流しておきます」
「伝承の会ってなんなのよ……。あ、いや、いいわ。大体、想像がつくから」
ギルドマスターが言葉にした伝承の会とは、元キンデリア王国の関係者たちが中心となり結成した組織だ。キンデリア王国が亡国になるに至った経緯を伝え残し、同じ過ちを犯さないように教訓とするというのが主な活動内容である。また、かつて粗相をして怒らせてしまった人物に再び失礼がないように、目撃情報があった場合には速やかに情報共有するための組織でもある。あくまでも迷惑を掛けないようにするための情報網であり、危険人物の監視網ではないというのが組織員たちの主張だ。
ギルドマスターは危機感を募らせていた。
今、再び、緋色の魔女――改め、リンデルーダ様の関係者が活動し始めた。このことは最優先で情報網に流さなければならない。特に、レクト様のことは周知を徹底する必要がある。リンデルーダ様の関係者というだけで手出し無用の要注意人物だというのに、弟子だといならなおさらだ。子供と侮って馬鹿な真似をする愚か者が出ないように、少なくとも組織員たちには釘を刺しておく必要がある。
ルナルはそんなギルドマスターの心情を理解したが、特に口をだすことはなかった。手出しされないように手まわしてしてくれるのなら、レクトたちにとっては都合がよい。
「ともかく、先に手を出されない限り、こちらから攻撃することはないわよ。あと、変にかしこまらなくていいから、普通にしゃべりなさいよ」
「わ、わかりました。そういうことでしたら」
ギルドマスターはここに至ってようやく落ち着きを取り戻した。
リンデルーダやルナルは圧倒的な強者であるが、それでも無関係なものまで見境なく攻撃するような存在ではないことは知っていた。とはいえ、それは何十年も前のことである。樹海に籠っている間に憎しみを募らせているという可能性も十分にあったのだ。しかし、これまでの対応を見る限り、基本的なスタンスは変わっていないようだと知れた。不当な扱いをしない限り危険はないという確信を得て、ようやく冷静さが戻ってきたのだ。
「申し遅れましたが、私は従魔師ギルドのマスターでラルドロウと言います」
「ええ、よろしくね。ところで、私から少し相談があるんだけど」
「おしゃべりのこと?」
「そうそう」
ルナルがラルドロウにしたい相談事とは、街中で自由に話せるようにしたいというものだ。もちろん、現状でも話すことに制約はないのだが、しゃべる小動物など好事家にとっては垂涎の的だ。確実に面倒ごとに巻き込まれるだろう。そのたびに、いちいち返り討ちにしていては面倒なので、従魔師ギルドにも協力してほしいという要請したのだ。
「そのお姿で話をされれば、どうしても人目を引きますね。目立つこと自体は避けらないでしょうね」
「やっぱり、こっちでは珍しい存在なのかしら」
「そうですね。全くいないわけではないですが、基本的に人間より上位の存在ですね。そういう存在は、庇護者になることはなっても人に従属することはないですよ」
例えば、古代竜の呼ばれる存在。遥か古代より生きる彼らは、人間とは比べ物にならないほど強靭な体と聡明な頭脳を持つ。人間の言葉も彼らならば理解できるだろうし、高度な魔術によって会話のような形式で意思疎通も可能だろう。ただ、そんな存在が人間に従うはずもないのだ。
「庇護者、ね。そういう選択肢もあるかしら。元の姿に戻ればそれなりに威圧感は出るでしょうし」
「……元の姿とは?」
「見せてあげてもいいけど、ギリギリかもしれないわね。屋根は大丈夫かしら……」
「止めましょう! パニックになります! 従魔師ギルドでできることはしますから!」
ギルドマスターの執務室は立場に比べれば簡素な部屋ではあるが、それでもそれなりの広さがある。天井も高く、3mはあるだろう。にもかかわらず、天井の心配をするほどとなれば、よほどの巨体だ。そんな存在が街中を闊歩するようになれば、確実に騒ぎになる。
ルナルとしてはちょっとした冗談だったが、ギルドマスターの立場からすれば断固として止めなければならないと焦りもする。
そんなやり取りがされている横で、レクトはマイペースに一人で考えていた。そして、ぽつりとつぶやく。
「人に変身すればいい……?」
「うっ、それは……」
レクトの呟きを拾ったルナルは、なぜか小さくうめき声をあげた。
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