攻撃ではないので落ち着いて
「これは……んー、普通」
「うん、そうね。肉串は昨日食べたのが一番かしら」
レクトとルナルはアパート前の敷地で肉串を食べながら、味の感想を言い合っていた。ここ数日のお昼はこんな感じだ。そよ風亭のある通りに出ている屋台はほぼ制覇した。とはいえ、この通りは屋台の数が少ないので数日もあれば制覇できるのだが。
今の時間、そよ風亭はちょうどランチタイムで忙しい時間なのだが、レクトは手伝いに行っていなかった。というより、セーニャたちから泣きが入って、手伝いは中止となったのだ。そもそも、当初頼まれていた掃除の手伝いは、魂宿しで意思を宿した掃除用具を作り上げたことでやることがなくなってしまった。だからといって、他の仕事を割り振った場合、新たなマジックアイテムが誕生することは目に見えている。
問題となったのは金銭関係のこと。セーニャ、フレトス、ルナルの三者協議により、レクトには掃除仕事に人を雇った場合にかかる費用の半分を小遣いという形でしばらく支給することになった。自己判断で掃除を行うマジックアイテムの制作代金としては破格の安さではあるが、セーニャたちが依頼して作ってもらったわけではないのでこういう形に落ち着いた。セーニャたちは恐縮していたが、こういう風にしなければ善意の押し売りになってしまう。
そもそも、自動で掃除をする上に掃除用とはいえ幾つもの魔術を扱える魔道具など王侯貴族でも容易には手に入れられないものなのだ。まともに料金を支払えば、そよ風亭の経営は一気に傾くことになる。そんなことはルナルもレクトも望んではいない。
そよ風亭の手伝いができなくなったことは少し残念であったが、レクトの本来の目的は買い食い資金の確保。小遣いが貰えるのならば、無理に仕事をする必要もない。そういうわけで、貰った小遣いを握りしめて、買い食いライフを楽しんでいるのだった。
「ところで、レクト。そろそろ従魔登録した方がいいんじゃないかしら?」
「そうだった!」
不逞の輩がルナルにちょっかいを出さないとも限らない。それを少しでも抑止するために、従魔登録をしておこうという話になっていたのだ。
屋台制覇が楽しくてレクトはすっかりと忘れていた。ルナルはもちろん覚えていたが、レクトに甘い彼女はしばらく好きにさせていたのだった。しかし、別の通りの屋台にまで手を伸ばし始めたらさすがに先が長すぎるので、このタイミングで声を掛けたのだ。
従魔登録は衛兵の詰所や冒険者ギルド、それに従魔師ギルドでできると聞いてあった。従魔師ギルドがどんなところか気になったので、レクトたちはそちらで従魔登録をすることに決めた。
従魔師ギルドはこぢんまりとした建物だった。入口をくぐると「こんにちは」と声を掛けられる。レクトがそちらに視線を向けると、そこには受付カウンターがあった。糸目の若い男性が、穏やかに微笑んでいる。
「従魔師ギルドへようこそ。初めての方ですよね? 今日は従魔の登録ですか?」
「うん。ルナルの登録」
「ルナルちゃんですか。可愛らしいですね」
従魔師ギルドに努めているだけあって、動物好きなのだろう。ルナルを見て、ニコニコと笑っている。
「登録には費用として300ルト必要となります。大丈夫ですか」
300ルトといえばそれなりの金額である。そよ風亭のランチなら10回くらい食べられる。幸い、レクトは一週間分の小遣いをまとめてもらっていたので支払うことはできる。とはいえ、これでしばらく買い食いは抑え気味にしなければならないだろう。
レクトは断腸の思いで登録費用を支払った。
「それでは書類の記入をお願いします。読み書きは問題ありませんか」
「大丈夫」
「そうですか。では、こちらをご記入ください」
レクトは手渡された書類に目を通す。レクト自身の記入が必要な項目は、それほど多くはない。しかし、自分自身の名前、そしてルナルの名前を記入したところで、レクトの手が止まった。次に記入すべき項目は従魔の種族名だ。
「種族名……」
「ああ、ルナルちゃんの場合でしたら、狐で大丈夫ですよ。危険な獣や魔物の場合は、きちんとした種族名が必要ですけど」
「わかった」
一応、ルナルのことはただの狐ということで押し通すことに決まっていた。受付の男性もただの狐と思っているようなので、気づかれることはないだろう。
「はい、書類の方は大丈夫ですね。あとは、ルナルちゃんに従魔のタグをつけてもらう必要があります。ルナルちゃんにはこれがいいかな?」
受付の男性が用意したのは、小さめのスカーフだった。布地の端にワッペンのようなものが取り付けられている。あれが、タグなのだろう。
レクトはちらりとルナルに目をやった。特に、嫌そうな素振りはみせていないので、男性からスカーフを受け取る。そして、ルナルの首元に巻こうとしたところで――バチンという音を立ててタグが弾けた。
「ええっ!?」
受付の男性が驚きの声を上げる。
そちらは放置したまま、レクトは弾けとんだタグを拾いあげ、ルナルとともに観察した。さきほどは気づかなかったが、よく見れば何らかの魔術の痕跡がある。詳細はわからないが、痕跡から推測した限りでは、気を静めるような魔術が仕込んであったようだ。おそらく、従魔の暴走対策なのだろう。
悪意ある魔術ではないのだろうが、それでも精神に干渉する魔術だ。精神干渉系の魔術は厄介な魔術が多く、特にルナルが元いた世界では術者の技量次第では洗脳や廃人化することも可能だった。その分、対抗手段も色々と開発されていたのだ。ルナルも精神干渉系の魔術に関しては徹底して対策をしていた。今回は、それが過剰に反応してしまったのだろう。
「ちょ、ちょっとお待ちくださいね!」
受付の男性は、そう言い残すと奥へと引っ込んでいった。非常事態を上司に報告しに向かったのだろう。
「潰す?」
「ちょっと、落ち着いて! たぶん、悪意があったわけじゃないから抑えて頂戴ね」
レクトは、ルナルが精神攻撃を受けたと判断して過激な発言をしている。自制するようには言ったが機嫌は悪そうだ。従魔師ギルドの対応によっては激発しかねない。厄介な状況にルナルは頭を抱えた。
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