掃除をするとはこういうこと

 翌日。

 レクトは朝からガンザスを発つフォルテたちを見送った後、そよ風亭で食事をとっていた。そよ風亭で朝食をとるのは、早出の人達が多いのですでに客足のピークは過ぎている。席にも余裕があるので、のんびり食事をしても問題はない。


 朝食は、堅焼きパンにスープ。そして、カリカリに焼かれたベーコンだ。ちなみに、ルナルもテーブルの上で同じものを食べている。そして、それを咎めるような人もいなかった。貴族階級ならばともかく、一般大衆はその程度のことを気にしたりはしない。ペット枠の小動物が人間と一緒の食事をしたとしても、出てくる感想はせいぜい『変わっているな』くらいのものだ。不衛生だという考えがそもそも出てこない。


「美味しい」

「あはは、それなら良かった」


 レクトが漏らした呟きに、通りがかったセーニャが拾う。そして、そのままレクトの向かいの席に座った。


「レクトは、これからどうするつもりなの?」

「仕事を探す」

「あら、そうなの? そんなに急がなくてもいいんじゃない?」

「もっと色々食べるため」

「もしかして、足りなかった? 別にもっと食べてもいいのよ?」


 しかし、レクトは首を横に振った。量が不足しているわけではないらしい。困ったセーニャは解説役へと視線を転ずる。ルナルは手に着いたパンくずをちょこちょこと払い、セーニャの体によじ登ると小声で耳打ちした。


「森の中だと食料に偏りがあったから、いつも決まったメニューばかりだったのよ。ご主人……レクトの育ての親が食事に頓着しないタイプだったから特にね……。だから、こっちで色々食べれるのがうれしいみたいなの。たぶん、食べ歩きとかしたいじゃないかしらね」

「なるほどねぇ」


 その話を聞いてセーニャは納得した。

 彼女はガンザスの出身で、裕福とまではいかないが、食事に不自由するほど貧しさはなかった。しかし、冒険者をやっていたことから、粗末な食事を続けるという苦痛は十分に理解している。長期間の遠征に出たりすると、味よりも保存性を重視した食事で飢えをしのぐ必要があるのだ。数日間とはいえ、これがなかなかつらい。さすがに樹海での生活でも冒険者の保存食ほど酷いものは食べてはいないだろうが、少ない選択肢の中似たようなものをずっと食べ続けるのもそれなりの苦痛がありそうだ。それが街での生活で選択肢が広がるとなると、色々食べたくなるもの頷ける話だった。


「そういうことなら、お金があった方がいいね。うちで色々と出してあげてもいいけど、自由にあれこれ選ぶのだって楽しいだろうから」

「そうね。レクトには良い経験だと思うわ」


 とはいえ、実際のところ、都市部で何の伝手もなく仕事を探すのはなかなか難しい。人手が必要な場合、普通は親類や信用できる人からの紹介で人を雇うからだ。そういう伝手がない場合は、何らかのギルドに所属するのが手っ取り早い。例えば、冒険者ギルドならば低ランク向けに雑用仕事などを用意されているので、何らかの仕事にはありつけるだろう。


 問題は、レクトがギルドに所属して上手くやれるかということ。

セーニャもレクトが規格外な存在であることを理解している。どんな仕事もなんだかんだ上手くこなすのではないだろうか。手段を問わず、だが。

 セーニャには、レクトがやりすぎてしまう未来しか見えなかった。それは予感ではなく確信と言っていい。


 いきなり、ギルドで仕事を受けさせるのはよくない。ストッパーとなるべきルナルも、レクトに甘すぎてあまり機能しているとは言い難い。ひとまず様子を見た方がいい、とセーニャは判断した。


「だったら、うちで働いてみない?」

「料理、あんまりわからない……」

「仕事は料理だけじゃないよ。レクトに頼むなら……。そうね、お店の掃除とかお皿を洗ったりとかはどう?」

「それならできる!」

「そうでしょう? で、どうかな?」

「やる!」


 そういうわけで、レクトはそよ風亭で働いてみることになった。お昼前の客が完全にはけたところで、セーニャから仕事を教わる。


「テーブルに残った食器は洗い場に持っていくのよ。その後は、このふきんでテーブルを拭いていくの」


 ひとつひとつ丁寧な説明に、レクトがふむふむと頷く。特に難しいことでもない。レクトも樹海の家で手伝っていたようなことだ。問題がないと判断したセーニャはテーブルの拭き掃除をレクトに任せて、洗い場に向かった。


 残されたレクトがまずやったことは……。


「できた!」


 ふきんに魂宿しと使うことだった。そして、自動修復と富裕能力を付ける。加えて、水生成、乾燥、浄化の魔術を使えるようにするとテーブルの上を掃除するように命じた。すると、複数のふきんがふよふよと宙を舞い、次々にテーブルを拭き掃除していく。なかなかのホラー現象だが、これこそがレクトの良く知る掃除の風景だった。


 ふきんの様子に満足したレクトは、次にモップにも同様の処置を施した。モップには念動能力をもたせたので、テーブルも持ち上げてから床掃除をしてくれる。


 次に目を付けたのは、外掃除用の箒だ。箒にも魂宿しを実行しようとしたところで、ルナルに止められた。


「レクト、外はやめておいた方がいいわ。もう十分だと思うから、セーニャに報告しにいったら?」

「そう?」


 レクトにとって、掃除とは意思の宿った道具たちに指示を出すことだった。なので、箒に魂宿しを使うことに問題など感じてはいない。何故止められたのかはよくわかっていないものの、ルナルの指示に従ってセーニャに仕事の報告に向かった。


「あら、レクト。どうしたの?」

「やることなくなった」

「え? もう、掃除が終わったの?」

「掃除は今、やってる」

「ん? どういうこと?」


 セーニャはレクトの魂宿しについて実際に見たので知っている。しかし、どれだけ手軽に使うか、そのことは理解していなかった。まさか、たかだか掃除をするために、掃除道具を伝説級のアイテムにしてしまうなんて想像もしていなかった。


「あのね、セーニャ。まずは落ち着いてちょうだい。そして、何事にも動じない強い心で向こうの部屋を見てきて」


 レクトと違い、やらかしたという認識があるルナルは隣の食堂スペースを見るように促す。


 ルナルの言葉に不穏なものを感じ取ったセーニャは、足早に隣の部屋に向かい――そして悲鳴を上げた。その悲鳴が、目の前の怪奇現象をみたせいなのか、それとも期せずして伝説級のアイテムを手に入れることになったせいなのかは定かではない。

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