お助けアイテムを作る
フォルテたちに気負った様子はないが、レクトは少しだけ心配そうな表情を浮かべていた。
「大丈夫?」
「魔物討伐の話か? たしかに、『呪い持ち』には不覚を取ったが、討伐自体は難しくない。深層の魔物でも出ない限りはな」
オダイン樹海にも魔物の分布に偏りがあり、基本的には奥に行くほど強力な魔物が住み着いている。樹海と平原の境界付近に出現する魔物は、一般人には脅威だが、フォルテたちにとっては余裕をもって倒せる程度でしかない。
そういうこともあって、フォルテは問題ないだろうと言ったのだが、レクトの表情は晴れない。
「でも、リンデいないよ」
「ああ、そうね……。ここのところ増えていた魔物は、大部分をご主人が狩っていたのよ。それがなくなったとしたら、あなたたちが思っているよりも魔物が増えているかもしれないわね」
レクトの懸念をルナルが補足する。それを聞き、フォルテたちも思い出した。レクトの保護者であるリンデが、増えた魔物に対処しているという話を聞いたことを。リンデの正確な実力は知らないが、相当な戦闘力を持っていることは勇者召喚に関するエピソードから想像がつく。その実力者が抜けた穴は、たしかに大きいのかもしれない。
「てぇことは、なおさら行かなきゃならんだろ」
「そうよね。増えすぎると手が付けられなくなるわ」
コーダとフィーナの言葉にためらいはない。それは『導きの天風』全員の総意だ。どのみち誰かがやらなければ樹海から魔物が溢れて、辺境伯領は蹂躙されることなる。だとしたら、上級冒険者に位置づけられる自分たちが率先してやるべきだ。そんな覚悟が彼らにはあった。
「呪いは?」
「一応、聖水は補充したわよ。今回は領軍も出るし、教会の支援も受けられるはずだけど……」
「教会がどのくらい本腰を入れるか、だな。高位の神聖魔術の使い手が派遣されるならいいが」
「聖水の効き目がなかったことは報告したんだがなぁ。ギルドマスターは信じたとしても、教会が信じるかぁ? 自分たちの威信が揺らぐような報告だぞ」
「どうかな。でも、万一『呪い持ち』に遭遇して、そのときに解呪できなければ、それこそ威信が揺らいじゃうよ。そう考えると、高位の使い手を派遣する可能性もある……とは思うけど」
レクトの不安は魔物の多さにもあったが、呪いへの対処にもあった。それに関してはフォルテたちも同様の危惧を持っている。『呪い持ち』の出現頻度は本来ならばかなり低いのだが、今は魔物の大量発生という異常事態のさなかだ。その異常事態が、『呪い持ち』の出現率に影響を及ぼしていないとは限らない。
しばらく考え込んでいたレクトが、不意にクレシェへと視線を向けた。頭から足先までじっくりと観察するように視線を動かしていく。あまりに不躾な視線に、クレシェは少したじろいた。
「え? 何? どうしたの?」
「それ」
レクトが指し示したのは、クレシェの持つ杖だった。
「それ貸して?」
「え、これを? いやいや、駄目だよ。魔物討伐に必要だからね。さすがに杖なしで魔物討伐には行けないよ。もうちょっと時間があれば、別の杖を用意してあげるんだけど……」
魔術師の持つ杖は、投射系の魔術の射出精度の向上や、魔術制御の補助、魔力消費の効率化といった役割を担う。魔術師にとっては重要な道具だ。しかも、クレシェが愛用しているだけあって、その性能はかなり高い。恩人が相手でも、さすがにほいほいと貸せるものではなかった。翌日にハードな展開が予想される魔物退治に出かけるとなればなおさらだ。
しかし、レクトは首を横に振り、譲らない。
「ちょっとだけ。すぐに返す」
「ほんとに? それならいいけど……」
クレシェは渋々と杖を手渡した。受け取ったレクトは満足げにうなずく。
杖を借りてどうするつもりなのか、と一同が訝しげに見守る中、ルナルが諫めるようにレクトの頭をていっと小突いた。
「……何をするつもりか、大体は想像がつくけど、自重しておきなさいよ」
「大丈夫」
「レクトの『大丈夫』はあんまり信用できないのよね……」
ルナルの指摘に小首を傾げたものの、特に止められたわけではないと判断したようだ。杖を両手で握った状態で、目を閉じ、ぶつぶつとつぶやき始める。
「え、魔術……? 一体何を?」
「まあ、見てなさいよ」
愛用の杖がどうなってしまうのか、クレシェとしては気が気ではない。しかし、ルナルは結果がわかっているかのように落ち着いている。いや、実際にわかっているのだろう。その上で落ち着いているというなら悪いことにはならないはずだと、クレシェはどうにか気を落ち着かせた。
そうなると、未知の魔術への興味が湧き上がってくる。クレシェは慌てて、レクトの呟きに耳を傾けた。
「……顕在化成功……処理を継続……余剰領域確保……機能転写……」
拾えた単語からクレシェは想像を膨らませた。
顕在化といえば、さきほどまで話していた魂宿しによる意思の顕在化が思い浮かぶ。しかし、話を聞いた限りではあまり便利な魔術ではなかったはずだ。それなのに、いったい何故。
「できた。はい」
「え、ああ、うん」
考えに耽っている間に、いつの間にか処理が終わっていたようだ。レクトが手渡してくれた杖を受け取ると、クレシェはその様子をまじまじと観察した。見た目には何の変化もない。そう思ったとき、杖の先端に取り付けられた宝珠がピカリと光った。
「うわっ、何!?」
クレシェが驚きの声を上げる。
その間も宝珠は明滅を繰り返していた。まるで早口でまくし立てている感じで、自己主張がかなり激しい。
その様子にレクトが、少し顔をしかめた。
「クレシェに似てる……」
「え!? どういうこと? これ、意思が宿った状態なの?」
「そう。名前は……ピカ!」
「ピカ……。ピカかぁ……」
あんまりに安直なネーミングに、少し肩を落とすクレシェ。それでも、異議を差しはさむような真似はしなかった。大人なので。
「……まあ、自重したといえば、したのかしらね」
「ばっちり」
「もうちょっと能力を落としてもよかったと思うけどね」
ルナルが少し遠い目をしながら杖の評価を下す。レクトは自信たっぷりだが、ルナルは気が重いといった様子で少々不穏な空気を感じざるを得ない。
「えっと……? それで、私の杖はどうなったの?」
「そうねぇ……。端的に言うと、こっちの世界では伝説級の魔道杖になったわね」
「えぇ!?」
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