今後の話
そよ風亭に戻ると、冒険者ギルドで用事を終えたフォルテたち三人が中で誰かと話していた。線が細くて、温和そうな印象の男性だ。彼は入ってきたレクトに気が付くと、会話を中断してレクトの方まで歩いてきた。
「キミがレクト君だね。僕はフレトス。この店の料理人だよ。そして、セーニャの夫でもあるね」
フレトスとセーニャは夫婦でそよ風亭を切り盛りしながら、隣のアパートのオーナーもやっているようだ。
「僕もセーニャも、元冒険者でね。いや、まだ所属したままだから、まだ冒険者なのかな。ともかく、以前はフォルテたちと組んで活動してたんだよ」
フォルテたちのパーティーである『導きの天風』はその前身となる二つのパーティーが合流してできたようだ。フレトスが率いていたパーティーにフォルテとコーダが、セーニャが率いていたクレシェとフィーナが所属していたらしい。
元々、その二つのパーティーは依頼を共同で受けることも多く、連携もうまくできていた。リーダー同士が結婚し冒険者を引退することを機に、メンバー不足を補うために合流したという経緯のようだ。
「それで、みんな仲がいい」
「そうね。アタシらと『導きの天風』は身内みたいなもんなのよ。とはいえ、クレシェはもう少しくらい遠慮を覚えて欲しいけど」
ほほうと頷きながらレクトが言った言葉に、セーニャが同意を示す。ついでに奔放な行動が多いクレシェに釘をさすが、残念ながら糠に釘だ。まるで反省した様子はなかった。
セーニャはため息をついて、気持ちを切り替えた。
「それで、レクトが恩人っていう話はどういうこと?」
さきほど聞き損ねたことについて改めて尋ねる。
これにはフォルテたちが中心となって答えた。ところどころ、レクトの補足……をルナルが補足する。事前に聞いていたのか、ルナルが人の言葉を話してもフレトスは大きく取り乱したりはしなかった。
そうして、レクトが森を出るところまで話し終えた。
「そういうことだったのね。ちょっと信じがたい話だけど、ルナルはしゃべるし、ベッドは浮くしで信じざるを得ないわね」
「え? ベッド?」
勇者召喚に異世界の魔術。突拍子がなく普通なら俄かには信じがたい話も、すでに実例を見せられているセーニャとしては受け入れるしかない。
一方で、ネルを見ていないフレトスは首を傾げた。そのあと、セーニャの話を聞いて興味深そうにしている。
「意思を持つベッドかぁ。それも異世界の魔術なのかい?」
「魂宿し」
「え? たまやどし?」
聞きなれない言葉にフレトスは戸惑う。が、レクトは説明した気になっているのか、それ以上言葉を続けるつもりはなさそうだ。そうなると、当然、一同の視線はルナルに向かった。
「魂宿しは器物に意思を宿らせる魔術ね。長い間使われたり、強い感情を伴って使われたりした器物には情念が宿っているのよ。それを顕在化するって仕組みね」
「なるほど。でも、意思を宿らせるのはともかく、空を飛ぶようになったのは何でなの?」
ルナルの解説にクレシェが質問を重ねた。
「器物に宿った情念によっては、意思を顕在化させるときに特殊な能力を持つことがあるのよ。ネルの場合は、レクトの見た夢が原因でしょうね。一時期、空を飛びたいって言って聞かなかったし」
「夢が原因なの? それってすごい話じゃない? うまく使えば、便利な道具がいろいろ作れそうだよね」
「そこまで便利でもないのよね。一つのことを願う純粋な情念というのは、なかなか存在しないものなのよ。たいていは、変な願望が混じっておかしなことになるし。特に、多くの人に使われる道具なんかは、どんな意思を持つか予想もつかないからね。強い恨みなんかを宿している器物に意思を宿らせたりしたら、目も当てられないわ」
「そうなんだね。ちょっと残念」
魂宿しがそれほど便利な能力ではないと聞いて、クレシェはガッカリとしている。その様子を見たレクトが不思議そうに首を傾げたが、肩に乗ったルナルがテシテシと頭を叩くのでそちらに気を取られてしまい、結局は何も言わなかった。
「まあ、ともかくだ。そういうわけで、レクトは俺の命の恩人なんだよ。アパートの賃貸費用くらいなら幾らでも出すさ」
「そういうことなら、うちで出す食事も無料でいいよ。フォルテの受けた恩は、僕たちの恩でもある」
「それは助かるわね。いずれはきちんと支払えるようにするつもりだけど、まずはレクトがこちらでの生活に慣れることを優先したいもの」
フォルテとフレトス、そしてルナルでレクトがガンザスに滞在している間の費用についての話が進む。レクト本人はあまりピンと来ていないらしく、他人事のように聞いているだけだ。そもそも、街での生活にはお金が必要だということを知ってはいても、まだ実感がなかった。
「まあ、これでレクトの生活はどうにかなりそうだな。フレトス、すまないが、レクトのことを気にかけてやってくれ。本当はしばらく様子を見たかったんだが、次の仕事が入ってしまってな」
「おや、そうなのかい? オダイン樹海から戻ってきたばかりだろうに」
「そのオダイン樹海が問題なんだよ。いつ魔物が溢れ出てくるかわからない状態だ。少しでも間引こうということで、俺たち以外にも複数のパーティーに要請が入っている。クレシェ、事後承諾で悪いが、そういうことになった」
「まあ、状況が状況だからね。仕方がないよ」
オダイン樹海の魔物が増えている件について、冒険者ギルドは複数のパーティーを派遣することで対応することに決めたようだ。そうなれば、Bランク冒険者である『導きの天風』にも声がかかるのは当然だった。断ることもできなくはないが、自分たちの力が及ぶ範囲で人々の助けとなることを厭う彼らではない。そもそも、ハルフォン辺境伯領の住人の気質として、魔物に対しては一丸となって戦うのはごく当たり前のことである。
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