街の雰囲気

 レクトたちは手続きのために、門のすぐそばにある衛兵詰所に向かった。手続き自体は大した手間もない。名前と訪問目的を問われたので、それに答えただけですぐに終わった。訪問目的に関しては「リンデに言われたから」とだけ答えて、衛兵のソーグを少し戸惑わせたが、クレシェがフォローして何とかした。今回の場合だと、居住目的だといっておけば特に問題はない。

 しばらくして、聞き取り結果を帳面に書き付けていたソーグが金属片のようなものをレクトに差し出した。


「これは識別票。街の入り口に出入りを監視する魔道具が設置されているんだ。識別票を持たずに出入りした場合は、不審者とみなされるから忘れずに持ち歩くようにね」


 そもそも、この手続きの主な目的はこの識別票の配布と説明にあった。シェルシェ王国の主要都市ではこの識別票で人の出入りを把握しているのだ。その詳細については公開されていないが、人の出入りと認識票の有無を判別して記録しているという。従って、街を出入りするときには確実に識別票を持ち歩かなければならない。


「クレシェは?」

「私はもう持ってるよ。ほら」

「……? 模様が違う」

「ああ、それは所属とかを示しているからだね」


 識別票には、身分証としての意味合いもあり、所属を示す紋様が刻まれていた。冒険者ギルドなど、特定の組織に所属したり脱退したりすると、紋様が自動的に変化するようになっている。勝手に紋様を刻印したとしても、いつの間にか修復されるらしい。


「不思議」

「レクト君でも仕組みはわからないのか。まあ、神聖魔術の領分だからなぁ」


 識別票の仕組みには神聖魔術が関与している。神の魔法の力によって運用されているシステムなので、偽造はほぼ無理で、高い信頼性が保たれていた。


「さて、手続きに関してはこれでおしまいなんだけど。君の肩に乗っている子に関してはどうしようかね」

「ルナル?」

「ルナルっというのかい。子狐、でいいのかな?」


 手続きの間、ルナルは一言もしゃべらず大人しくしていた。そして、今もだんまりを決め込んでいる。おそらく、子狐を装うつもりなのだろう。見かけは子狐そのものなので、しゃべりさえしなければ見破られることはまずない。ソーグもただの子狐と判断したようだ。


「魔物やある程度大きな獣の場合、従魔登録をしてもらう必要があるんだ。登録はここみたいな衛兵の詰所か、あとは従魔師ギルドや冒険者ギルドでできるよ。まあ、その子くらいなら問題ないかな。大きくなりそうだったら、ちゃんと登録してくれるかい」

「わかった」


 ルナルはすでに百歳余り。そもそも、子狐は仮の姿でしかない。これ以上大きくなることはないので、人前でしゃべることさえなければ従魔登録をする必要はないだろう。とはいえ、ルナルからすれば、それは不自由な状態だ。自由に話せる環境を作るために、人の言葉を話せる幻獣として登録するのも選択肢としてはあり得る。その場合、どうしても目立つことは避けられないだろうが。

 ルナルはひとまず判断を保留した。クレシェたちに相談したほうが良いだろうという判断だ。この件に関しては、レクトは相談してもあまり意味がない。なぜなら、ルナルがしゃべると騒ぎになるという認識がそもそもないからだ。


 手続きを終えた後は、詰所を出て北に向かう。西門の出入りは少ないとはいえ、西部区域に人が少ないわけではない。特に、東門から続くメインストリートは人でごった返している。慣れないレクトは油断すればあっという間に人の波にさらわれてしまうことだろう。


 手を引かれながら、レクトはきょろきょろと周りを見回した。通りには露店が出て、盛んに商品をアピールしている。それに対する反応も様々で、興味を持って商品を眺める人もいれば、足早に立ち去る人もいる。

 通りを歩く人々の多くは人族だ。シェルシェ王国は多民族国家だが、人族の割合が一番多い。ガンザスのある領地、ハルフォン辺境伯領は他種族が多い土地柄ではあるが、それでも半数ほどは人族が占めている。

 次に多いのが、獣人族。見た目はレクトの育ての親であるリンデとほとんど変わらない。ただ、彼女ほど長寿というわけではなく、寿命は人族とほとんど変わりがない。人族より力や俊敏性に優れているが、やや単純思考な傾向にあると言われている。しかし、それほど明確な差があるわけではなく、個人差によって容易に覆る程度だ。獣人族よりも屈強な人族もいれば、人族よりも賢い獣人族もいる。

ちなみに猫耳や犬耳というように異なった特徴を持っていても、同じく獣人族という同一の種族である。猫耳族や犬耳族のように細かい氏族に分かれてはいない。獣人族たちからすれば、それらの違いはただの個性にすぎないようだ。実際、猫耳の父、犬耳の母から、熊耳の子が生まれたりするので別の種族だという考えにはならないのだろう。

 その他には、少数だがフィーナと同じエルフもいる。ずんぐりとした体形をした髭面の男性は、おそらくドワーフだろう。エルフとドワーフは相性が悪いと言われているが、種族的な対立があるわけではない。ハルフォン辺境伯領では、エルフとドワーフが友人同士ということも珍しくはなかった。


 メインストリートを抜けて、小さめの通りに入ると、人の流れはかなり落ち着く。少し入ったところでクレシェが立ち止まった。


「ここが目的地ね。『そよ風亭』っていう食事処だよ。私たちが、よく使うお店なんだ」

「食事処……。ご飯食べるところ?」

「そうそう。お金を払わないといけないけどね。そういえば、お金については知ってるの?」

「知ってる。けど使ったことはない」

「そっか。お金とかもどうするか考えないとなぁ。まあ、ともかく入ろうか」


 会話をしながら、ドアに近づく。が、ドアには『閉店中』と書かれた札が下げられていた。


「閉まってる」

「うーん、夕方の仕込みで、一旦閉めてるのかな。ん、でも鍵はかかってない。じゃ、問題ないね。入ろう」

「ちょっ!? 閉店中でしょ。勝手に入っていいの?」

「大丈夫、大丈夫。知り合いのお店だからね」


 子狐のふりも忘れてルナルが突っ込みを入れた。しかし、クレシェはまるで取り合わず、躊躇なく店に入っていく。自分だけ残っていても仕方がないので、レクトも後を追った。

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