城塞都市ガンザス

 暴走馬車事件の翌日、レクトたちは城塞都市ガンザスへ続く道を徒歩で進んでいた。ガンザスはシェルシェ王国の西端の都市。以西には二つ三つの小村があるくらいで、あとは平原を挟んでオダイン樹海が広がるのみ。整備された道などあるはずもなく、当然、乗合馬車の類も皆無だ。つまり、基本的は歩くしかない。その行程は旅慣れた者で五日ほどかかる。


 にもかかわらず、レクトたちは既にガンザスを目前とするところまでたどり着いていた。ネルを乗り物替わりに使うことで、移動時間を大幅に短縮したのだ。ベッドなので五人が乗り込むには狭いが、無理をすれば乗れなくもない。飛んで移動するので揺れることもなく、しかも並の馬車よりもよほど早い。風よけがないので寒いのだけが欠点だが、クレシェが気流制御の魔術を使えば問題がなかった。こうなると、ラッシュの存在意義がかなり怪しい。一応、速度はラッシュの方が圧倒的に早いので、用途はあるはずなのだが。


 ガンザスまで直接移動しなかったのは、間違いなく騒ぎになるからだ。騒動をさけるため、ガンザス直前の村の近くで降りて、そこから歩いて移動していた。


「お! レクト、あれがガンザスだ。見えるか?」

「見えた!」


 フォルテが指さす先には、ガンザスが誇る城壁が見えた。オダイン樹海に対する前線都市だけに、その城壁は特に堅牢だ。樹海から魔物が溢れ出て孤立状態になったとしても、城壁内に籠って抗戦できるように設計されている。とはいえ、都市計画時の想定以上に栄えてしまったため、食料備蓄の関係で当初見込んでいたほどの長期間の籠城はできないようだが。



 城壁が見え始めてから一時間ほど歩けば、ガンザスはもうすぐそこだ。見上げれば、その高さがはっきりとわかる。レクトで換算すると五人では足りないほど。そんな規模の壁が右も左も続いていた。


「でっかい!」


 レクトは目を丸くして壁を見上げている。心奪われたように、すっかり足が止まっていた。だが、それも無理はないというもの。高さと頑丈さに関してはシェルシェ王国で一番の城壁だ。初めて訪れた者の多くは、その威容に驚きの声を漏らすという。ましてや、樹海から出たことがなかったレクトにとっては、想像を絶する大きさだったのだ。


「そうだろ? 俺も初めて見たときは驚いたからな」

「うん……」

「森と違って、たくさん人が住んでるからな。きっと見たことのないものがたくさんあると思うぞ」

「うん……」

「あらら、完全に上の空みたいよ。よほど驚いたんでしょうね」

「うん……」


 フォルテの言葉も右から入って左から出ていくような状態。ルナルが肩にのって、頭をポンポンと叩いても反応が鈍い。とはいえ、ずっと壁を見上げているわけにもいかないので、クレシェが手を引いて歩くことにした。


「門もでっかい」

「そうだね。しかも二重になってるんだよ。尖ってる部分が見えるでしょ」


 レクシェが指さすのは城門の上部。扉は垂直方向にスライドする落とし格子で、その先端隙間から覗いていた。手前側にひとつ、奥側にひとつだ。


「でも、こっちの門は小さめだね。東側の門はもっと大きいよ」

「そうなの?」

「うん。西にはオダイン樹海くらいしかないからね」


 ガンザスには出入り可能な門が二つある。主に使われるのは東門だ。こちらは領都のイートスまで街道でつながっており、人の出入りも多い。対してあまり使われないのがレクトたちのいる西門だ。西門といっても、なぜか南側の壁の西寄りの端にある。オダイン樹海が出てくる魔物は基本的に西から来るので、耐久面で弱点となる門を西に配置するのを嫌った結果だが、どれほどの意味があるのかは不明だ。


 ガンザスの西側は、オダイン樹海を監視するための監視塔と小村がいくつかある程度だ。したがって、西門の利用者はそれらの関係者と冒険者くらいしかいない。今も、門を通過しようとしているのはレクトたちだけだった。


「おや、『導きの天風』がお帰りか。オダイン樹海まで行くんじゃなかったのか。それにしては早いが」

「まあ、色々あったんだ。だが、仕事はきっちり終わらせてある」


 門の前には二人の衛兵が立っている。その一人がフォルテに話しかけた。知り合いらしく、気安く言葉を交わしている。


「レクト君、あの人はソーグさんだよ。衛兵さんだから、困ったことがあったら相談するといいよ。きっと助けてくれるから。もちろん、私たちを頼ってくれてもいいからね」

「わかった」


 クレシェの説明にレクトが頷く。その様子を、ソーグと呼ばれた衛兵が不思議そうに見ていた。


「オダイン樹海の調査に行ったんだよな。それがなんで、子供を連れて帰ることに?」

「うまく説明するのは難しいな。あの子は、俺の命の恩人なんだ」

「は?」

「調査の途中で死にかけてな。あいつ――レクトのおかげで助かったのさ。その縁もあって、ガンザスで生活するための世話をすることになったんだ」

「死にかけたって……、大丈夫なのか?」

「見ての通り、今はもう何ともない。ともかく、詳しく話すには時間が足りない。ギルドへの報告もあるしな」

「そうか。それはともかく、その子が街の子じゃないなら手続きが必要かな」

「ああ、そういえばそうか」


 シェルシェ王国において、主要都市に初めて入る場合には手続きが必要となる。今回がガンザスへの初訪問となるレクトは、その対象だ。


「じゃあ、私がレクト君と一緒にいるから、フォルテたちはギルドに報告しといてよ」

「そうするか。合流は『そよ風亭』でいいな」

「ああ、うん。それがいいね」


 手続きにはそれほど時間がかからないとはいえ、何も四人で待つことはない。オダイン樹海の調査報告は急いだほうがいいという判断もあって、フォルテたちは二手に分かれることにした。フォルテたちは冒険者ギルドに向かい、クレシェがレクトの保護者として残る形だ。

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