クレシェの弟子入り……失敗

 異世界人との告白に、冒険者たちはみな驚きの表情を浮かべる。しかし、クレシェには驚きの中にも納得があった。

 レクトが見せた魔術は、クレシェの知る魔術とはまるで異なっていた。発展形だとか派生形だとかを論じるにはあまりに乖離が激しかったのだ。それも異世界の魔術だというならば当然だろう。成り立ちも違えば、魔法を解析し模倣した範囲も違う。他に呼び方がないので魔術と言っているが、実質的には別物だ。あえて言うなら異界魔術だろうか。


「では、レクト君も?」

「どうだろうか。少なくとも、私とともにこちらに来たわけではないな。そもそも、私がこちらに来たのは百年ほど前だ。なんという名前だったのかは忘れたが、とある国が勇者召喚とかいうポンコツな儀式で私をこちらに召喚したのだ」


 勇者召喚というのは、神聖魔術の一種だ。世界に危機が迫ったときに、神に祈りを捧げ、救世の勇者を召喚する魔術だと一般には知られている。口さがない者は異世界の強者を強制的に拉致して戦わせる邪法だというが、リンデの口ぶりからすればあながち間違いでもなさそうだ。


 そして、百年前といえばクレシェには心当たりがあった。たしか、魔術学院の学生のころ、魔術史の授業で学んだ内容だ。

 百年ほど前、キンデリア王国という国が勇者召喚を行ったらしい。なんらかのトラブルで勇者召喚は失敗に終わり、王族含め上層部に壊滅的な被害をもたらしたという結末だったはずだ。今ではキンデリア王国という国は存在しておらず、代わりにいくつかの小国として生まれ変わっている。


 そうなると色々と見えてくるものもあるが、クレシェはひとまず聞き流しておくことにした。おそらく突っ込んで聞いても面白い話にはならない。それに強制的に呼び出されて戦うことを強要されれば抵抗されて当然だとも思う。抵抗の結果、国が亡ぶというのは理解を超えているが、被害が国の上層部だけなら自業自得だろう。咎める気もなければ、そんな勇気も実力もない。国を相手にして勝ちを拾える相手に喧嘩を売るなんて完全な自殺行為だ。


「ともかく、私は元の世界に戻る方法を探った。勇者召喚とやらの魔術陣も解析してみたがポンコツでまるで役に立たなかったからな。しばらくはこの世界を巡ったが手掛かりはほとんどなかったので、八十年ほど前からこの森に籠って魔術の研究をしている」


 リンデが勇者召喚をポンコツ呼ばわりしているのは、元の世界への帰還に関して役に立たないどころか何の参考にもならなかったからだ。まず、機能としては他の世界からこちらの世界に召喚するだけの一方通行。しかも、召喚元の世界を指定したり、人物を選んだりすることもできない。基本的に神と呼ばれる存在に丸投げという有様。それこそが神の意思ということなのかもしれないが、リンデからすれば適当に呼び出して運よく有用な人物にあたるまで繰り返せばいいという設計思想が透けて見える。そんな理由もあって、何の役にも立たない屑魔術という評価なのだ。


 その後も、二十年ほどかけてこちらの世界の魔術について調べて回った結果、概ね元の世界の魔術の方が優れているとリンデは判断した。それならば、自分で一から研究した方が早いと帰還のための魔術の研究を始めたのだ。

 問題があるとすれば、こちらの世界の魔術を調査する過程で自分の魔術の特異性を知られてしまったこと。クレシェのように、多くの魔術師は未知の魔術に目の色を変える。そういった者たちに付きまとわれるのを嫌って、森に隠れ住んでいるのだ。


 そうして、しばらくは一人で魔術の研究していたのだが。


「今から十年ちょっと前か。偶然、森の中で泣きわめく赤ん坊を見つけたんだ。周囲を探ったが、人はおろか、その痕跡もなかった。何故森の中にいたのか。理由はまるでわからなかったが、さすがに放っておくわけにはいかないだろう? 仕方なく、私が育てることにした。その赤ん坊というのが、レクトというわけだ」


 クレシェはチラリとレクトに視線を向けた。何故か、うんうんと頷いている。少なくとも、特に動揺はなさそうだった。元々知っている話だったのだろう。


「レクト君の魔術はリンデさんが教えたんですよね? リンデさんと同郷でないということは、私にも使えるのでしょうか」


 クレシェにとってはこれが本題。できればリンデに弟子入りしたいと思っているのだ。十九歳にしてBランク冒険者に至るほどの魔術の腕前を持つクレシェの客観的評価は、控えめに言っても天才魔術師。それでも本人としてはさらなる高みを目指したいという欲求があった。魔術を極め、いずれ魔法に至るのが魔術師の究極の目標。本来ならば遥か先に霞んで見えないほどゴールなのだが、ここに未知の魔術という手掛かりがある。それならば手を伸ばすのは魔術師とは当たり前のことだ。少なくともクレシェはそう思っている。


 だが、残念ながら現実は無情だ。


「無理だろうな。私たちの魔術には特別な処置が必要となる。これは自我の薄い赤ん坊のころにやっておかなければならない。大人になってからの処置は下手すれば廃人になるぞ」


 かつて、クレシェと同じようにリンデから魔術を教わりと申し出た魔術師は数多くいた。危険性を説くと大抵の人間は引き下がったが、それでも頼むといって聞かない者もそれなりにいたのだ。仕方なく処置を施したが、多くの者が記憶障害や知能の低下を引き起こしただけだった。


「それでもどうしてもというなら試してもいいが……おすすめはしない」

「……そうですね。やめておきます」


 クレシェはがっくりとうなだれた。さすがにそこまで分の悪い賭けに乗る気にはなれない。魔術を極めるにはコツコツと努力するしかないのだと再認識させられる結果だった。

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