樹海の一軒家
レクトの足取りは森の中を歩いているとは思えないほどに淀みない。子供の歩幅なので、冒険者である三人が置いて行かれることはなかったが、比較的体力のないクレシェにとっては少し負担に感じるほどだ。
幸い、魔物との遭遇もなかったので、驚くほど順調に森を進むことができた。
「ここ」
三十分ほど歩いただろうか。森の切れ間となっている場所で、レクトは振り返った。そこには確かに家が建っている。それほど大きくはないが、森の中とは思えないほど立派なつくりだ。
家の前でネルからフォルテを下ろす。ネルに乗せたまま通れるほどのドア幅がないので仕方がない。フォルテを下ろした後、ネルは現れたときと同様に瞬時に消えた。
クレシェが何か聞きたそうにレクトをちらちら見たが、さすがに空気を読んだのか何も言わなかった。
ドアを開ければレクトを迎えたのは一人の女性。名前はリンデルーダという。レクトがリンデと呼ぶ、親のような存在だ。見た目は二十代前半。だが、それはあくまでも人族を前提とした話だ。彼女は人族ではないし、年齢も百を超えている。
人族と明確に異なるのは耳。側頭部ではなく上側にぴょこんと狐のような耳が生えている。この世界では獣人と呼ばれている種族に見られる特徴。だが、リンデは獣人というわけでもない。よく似ているが別の種族だった。
「ただいま」
「おかえり、レクト。なんだかぞろぞろいるな。どうしたんだ」
「拾った」
レクトのあんまりな言い草に、リンデは苦笑いを浮かべた。
「まあいい、とにかく入ってくれ」
身元の知れない冒険者たちを、リンデはあっさりと迎え入れる。少なからず警戒されるだろうと考えていた冒険者たちからすると拍子抜けだった。
危険な森の中に隠れ住んでいるからには、人との関りを断ちたい何らかの事情があるのだろう。そんな人物が無条件に人を信じたりはしないはずだ。しかし、リンデに冒険者たちを警戒する様子は見えない。少なくとも表面上は。
とはいえ、むやみに警戒されても話がしづらいだけだ。自分たちに都合がいいのだから構わないと、冒険者たちは特に気にしないことにした。
すでにレクトという規格外の人間を見ていたこともある。彼の保護者が凡庸な人間のはずもなく、ひょっとしたら自分たちは警戒にも値しないのかもしれない。
それはそれでモヤモヤするが、だからといって突っかかるほど彼らは愚かではない。
「それで、どういう状況なのか説明してもらえないか。この子は口数が少なくてね。詳しい事情を聴こうとすると時間がかかって仕方がない」
「そう?」
「そうだよ。まあ、森の中で人と関わらず生きているんだ。仕方がないとは思うがね」
冒険者たちを招いたリンデは自己紹介もそこそこに、彼らに事情の説明を求めた。当然、レクトから話を聞くつもりはあるが、彼の言葉は端的すぎて要領を得ないことが多い。他にも事情を知るものがいるのなら、そちらから聞いた方が手っ取り早いのだ。
「ん……、ここはいったい?」
「おお、フォルテ! 意識が戻ったか!」
そのとき、フォルテも意識を取り戻した。すでに呪いの影響はなく、傷も治療済みとあって足取りもしっかりとしている。
ちょうどよいタイミングだったこともあり、フォルテとの情報の共有も含めて、コーダとクレシェがこれまでの状況を説明していった。
「なるほど、事情はだいたい理解した。たしかに魔物は増えているな。私の方でもある程度は間引いているが、さすがに対処できる数ではない」
「そうか……。いや、情報提供、助かった」
そもそも、『導きの天風』がオダイン樹海に入ったのは調査のためだ。近頃、樹海から迷い出る魔物の数が少しずつ増えていた。そのため、森に異常がないか調査するように依頼されたのだ。
縄張り争いの結果として少数が森から出てきた程度ならば問題はないが、森全体で魔物が増えているのなら明らかな異常事態。原因の調査は二の次。何よりも早期報告が必要となる事態だ。冒険者たちは顔を見合わせて頷き合った。調査はここで終了し、報告に戻ることを無言のうちに確認したのだ。
「改めてになるが。レクト、お前のおかげで助かった。レクトがいなかったら今頃俺は死んでいただろう。感謝してる」
「んん。大丈夫。大したことしてない」
フォルテの率直な言葉に、レクトは俯きながら首を横に振った。子供らしく照れている様子だ。
「いやいや、十分に大したことだ。少なくとも俺たちにとってはな。礼がしてぇんだが、何か欲しいもんはないか?」
「リンデさんも何かないかしら? 私たちにできることならば、できる限りのことはするつもりだけど」
「ふむ。それならひとつ頼みたいことがあるが……。まあ、それは後にしよう。そちらの……、クレシェといったか。彼女に聞きたいことがあるようだからな。まあ、だいたい想像はできるが」
コーダとフィーナの申し出に、リンデは少し考える素振りを見せた。だが、それは一旦保留にして、代わりにクレシェに話を振る。何故なら、さきほどから話に加わらず、そわそわとしていたからだ。クレシェとしては平静を装っていたつもりだが、周りからはバレバレだった。仲間たちの微妙な視線を気にしながらも、質問を許されたのならその機会を逃すクレシェではない。
「ありがとうございます。えっと、レクト君の力について聞きたいんですけど……。あれって魔法じゃないんですか? 少なくとも私の知っている魔術とは全く違います」
「やはりそのことか。私の認識からすると、あれは君たちが言うところの魔術にあたるものだと思うよ。ただ、君たちが使う魔術とは別物であることも確かだ。ああ、この話をする前に言っておくべきことがあった」
リンデはここで一呼吸おいた。誰かの喉がごくりと音を鳴らす。どんな些細なことも聞き逃すものかと澄ましていただけに、その音がクレシェにはやけに大きく聞こえた。
「まず、私はこの世界の人間ではない。君たちからすると異世界人というわけだな」
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