リビング・ベッド
ぐるんぐるんと頭を撫でられ目を回したところに、早口でまくしたてられて目を白黒させていたレクト。どうにか解放されて、ポツリとつぶやいた。
「助かった……」
好奇心が暴走してしまったクレシェもさすがにばつが悪くなる。冷静さを取り戻すためにひとつふたつ深呼吸をすることで、頭も冷えて落ち着きを取り戻すことができた。
クレシェは改めて、呪いを解いた力についてレクトに尋ねた。
突然詰め寄ってまくし立てのだから、怯えさせてしまったかもしれない。そう考えていたが、レクトは意外にも気にした様子もなく受け答えをしている。
「魔法……? リンデは魔術って言ってた」
「そうなんだ。そのリンデっていうのは保護者の人かな。その人に教えてもらったの?」
クレシェの問いに、レクトはコクリと頷く。
「ねえ、レクト君。できれば私にその人を紹介してもらえないかな」
「おい、クレシェ。さすがにそれは厚かましいんじゃねぇか?」
「いやいや、魔術の話を抜きにしても、どのみち挨拶にいかないとダメじゃない? お礼の話についても、レクト君に直接聞いたってよくわからないんじゃないかな?」
「それはそうかもしれないわね。こんな森の中だもの。お金なんて貰っても仕方がないでしょうし」
「……たしかにな」
レクトの力に並々ならぬ興味を抱くクレシェを、コーダはたしなめようとした。しかし、礼をするにも保護者への挨拶は必要と主張されると、頷かざるを得ない。
仲間の命を救ってもらったのだ。簡単に返せる恩ではないのは明白である。子供の欲しがる程度のものを与えて、それでさようならとはいかない。少なくとも、きっちりと恩を返したいと考える義理堅さをクレシェたちは持ち合わせていた。礼として一番わかりやすいものといえば金銭だが、樹海では無用の長物に思える。それならば、保護者に面会し、レクトに必要なものを把握してから、きちんとした形で礼をしたいところだ。
「大丈夫。家に連れていく」
「本当? 良かった!」
幸い、レクトから許可は得られた。クレシェの喜びように少し不安を感じたものの、さすがに恩人やその関係者に失礼な真似はしないだろうと考えてコーダとフィーナは何も言わなかった。
「さてと。そうなるとフォルテを運ばねぇといけねえが……。レクト、お前の家は近くか?」
「……ちょっと遠い、かも?」
森という歩きづらい場所で、意識のない男一人を運びながら移動するのはかなり骨が折れる行為だ。しかも、ここはオダイン樹海。いつ魔物に襲われたとしてもおかしくない。移動の困難さを想像して、コーダは少しげんなりした。だからといってフォルテをおいていくわけにはいかないのだが。
「大丈夫。ちょっと離れて」
コーダの内心を察してか、レクトはひとつ頷くとみなに下がるように言った。三人の冒険者は理由がわからないまま、それに従う。すでに一度仲間の命運を託した相手の言うことだ。何か意味があるのだろうと、特に抵抗もなく受け入れた。
「……ネル、来て」
フォルテの傍にそれなりのスペースを確保したレクトは、その場所にあるものを呼び出した。ネルと呼ばれたそれは、どこからどう見てもベッドだ。それも藁敷きの安っぽいベッドではなく、貴族階級でもなければ使うことなどほとんどない羽毛布団の高級仕様だった。
「えっ、なっ! 召喚魔術……? いや、違う……」
「いったいどうなってんだ……?」
「ベッド……よね? 夢でも見てるのかしら」
戸惑う冒険者たち三人。何もないところにベッドが忽然と現れれば当然の反応だろう。
クレシェは召喚魔術かと考えたが、一瞬でそれを否定した。さきほどと同じく、既存の魔術とは異なる魔力の流れを感じたからだ。加えて、召喚魔術は召喚契約を結んだ魔物や使い魔を呼び出す魔術であって、ベッドのような器物を転送できたりはしない。
「これはネル。リビング・ベッド」
少し誇らしげに胸を張るレクト。その様子には子供が玩具を自慢するような微笑ましさがあったが、冒険者たちはそれどころではない大騒ぎだ。なぜなら、レクトの紹介にあわせるように、ベッドの掛け布団がばさりばさりとひとりでに波打ったのだから。
「な、なんだ? このベッド、生きてるのか?」
「魔物……なの? リビング・デッドなら聞いたことがあるけど。クレシェは知ってる?」
「知らない! 知らないよ! もう私の常識はめちゃくちゃになりそうだよ! いや、でも、ベッド型のゴーレムを作れば召喚魔術でも同じことはできるかも……?」
ちなみにリビング・デッドは動く死体。アンデッド系の魔物だ。当然ながら、リビング・ベッドとは何の関係もない。偶然名前が似ているだけの別物だ。
「とにかく乗せる」
動揺の激しいクレシェたちをよそに、レクトはフォルテを抱えてリビング・デッドのネルに乗せようと奮闘していた。しかし、体格差があるため、なかなかうまくいかない。その様子を見てようやく正気に戻った――というよりも、諸々の感情を棚上げした――コーダが抱え上げることで、どうにかフォルテを抱え上げてベッドに乗せることに成功した。
「すまんな。せっかくのベッドが汚しちまって」
「大丈夫。ネルは綺麗好き。ほっといても自分で綺麗にする」
「お、おう、そうか。なんかすげえな」
とりあえず、深く考えるのは止めておこうとコーダは思った。レクトのやることに常識は通じないと学習したのだ。ひとつひとつに驚いていたら、きりがない。
「それで、これからどうするんだ?」
「こうする。ネル、飛んで」
レクトの言葉に応えて、ネルが宙に浮かんだ。クレシェがまた何か騒いでいたが、コーダは乾いた笑いしか出てこなかった。
「この人はネルが運ぶ。ついてきて」
そのまま、てくてくと歩いていくレクト。その後ろを空飛ぶベッドが続く。さすがに木々が邪魔になるのか、ベッドは森の上空を飛んでいくようだ。
ともかく、このまま呆けていると置いて行かれかねない。三人の冒険者たちは慌てて後を追った。
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