魔法のような力

「頼む。やってくれ」


 コーダの言葉に、レクトはコクリと頷いた。改めて、フォルテに向き直り手をかざすと、レクトはその力を行使した。


「……対象をスキャン……呪いの根源を探知……解析……成功、治癒反転の呪いと特定……」

「えっ!? なに? これは……もしかして魔法なの!?」


 魔術師であるクレシェは魔力の流れを見ることができる。そして、魔術の発動であれば、魔力の流れから効果をおぼろげながら推測することも可能だ。にもかかわらず、クレシェにはレクトのやっていることが全く理解できなかった。魔力を制御していることはわかる。しかし、その動きがクレシェの知る魔術の理論とはかけ離れているのだ。


 魔法という言葉がクレシェの脳裏によぎった。


 魔法とは超常的な力で世界へと干渉する術。神代の昔、天地創造のために振るわれた力だと言われている。それが真実だとすると、世界を書き換えることすら可能ではないのか。古今東西、そのように考えた多くの学者たちが魔法を解き明かそうとし、挫折を重ねてきた。しかし、その努力が全くの徒労だったというわけではない。魔法そのものを扱うことはできなくとも、その力の一端を制御し行使する理論が構築されていった。それこそが魔術である。


 魔術による世界への干渉は魔術言語によって規定される。いや、正確に言えば、人の力が及ぶ範囲を魔術言語という形に落とし込んだのだ。従って、魔術言語に存在しない事象・概念は、決して魔術で実現することはできない。一部例外として、神聖魔術に関しては魔術の範疇にない奇跡を起こすことができる。だが、それは術者本人が成しているわけではなく、魔術による神との交信の結果、祈りを聞き届けた神が力を揮っているに過ぎない。

 そして、解呪もまた魔術の範疇の外にある。もし神に頼らず、自身の力でそれを成したのなら、それは定義としては魔術ではなく魔法と呼ぶしかない


「……詳細解析……復元情報取得……成功……復元により呪いを完全に排除……整合性チェック……許容範囲内……全工程を終了」


 何をやっているか理解できないながらも、状況の変化は冒険者たちにも理解できた。

 レクトの呟きの途中で、フォルテの体から黒い靄のようなものがにじみ出て立ち消える。その直後から、フォルテの呼吸は次第に落ち着きを取り戻したのだ。処置が終了するころには表情も穏やかになり、少なくとも見た目の上では呪いの影響は排除されたように見えた。そして、すぐに、見た目だけのことではないとわかった。


「ついで」


 レクトが治癒能力を行使し、フォルテの傷を癒したのだ。治癒能力は反転することなく効果を及ぼし、少しの傷跡も残すことなく完治した。つまり、間違いなく呪いは払われたということ。


「おお、すげえ! レクトって言ったか? 助かったぜ!」

「本当に。あなたのおかげよ、ありがとう」


 コーダとフィーナが感謝の言葉を告げる。特に、コーダはレクトの頭に手をおき、ぐりぐりと撫でまわしている。感情が高まっているせいか、なかなかの勢いで頭をシェイクされるので、レクトは目が回りそうだった。ただ、喜んでもらえていることはわかったので、その口の端が少し上がっている。感情が表情に出にくい性質ではあるが、決して感情に乏しいわけではない。むしろ、人に喜ばれるとうれしいと感じる素直な性格だった。


 さて、素直に喜んだ二人に対してクレシェはというと、あまりの衝撃に動きを止めていた。フォルテが回復したことは素直にうれしい。しかし、レクトがやってみせたことは、クレシェにとって、いや全魔術師にとって看過できないことだった。喜びを一旦棚上げして、魔術による実現の可能性を考える。


 可能性としては、解呪の力を解き明かし、魔術言語に概念として組み込んだということ。魔法の力を解析し、一部を使えるようにしたのが魔術なので、新しい発見があれば領域が広がることはあり得る。隠遁した賢者がそれを成したと言われれば、完全に否定することは難しい。

 とはいえ、レクトは魔術言語による詠唱をしていなかった。なにか呟いてはいたが、それは日常で使う言葉だったので魔術的な意味はない。つまりは、無詠唱による力の行使。詠唱を言葉にせずに魔術を行使することはクレシェにもできる。しかし、それとて脳内で魔術言語による術式の組み立てはやっているのだ。従って、魔術発動時の魔力の流れは詠唱の有無にかかわらず同じになる。しかし、レクトのそれは明らかに既存の魔術の発動とは異なっていた。魔術言語の一部が拡張されているというよりは、使用言語が違うというほうがしっくりとくる。


 考えれば考えるほど、レクトの力は魔術ではないという結論に達する。こうなれば、居ても立ってもいられなくなるのが、魔術師というものだ。仲間の命の危機を救った恩人に対して不躾な行動をとるわけにはいかないという自制心はあるものの、それでも止められないほどの知的欲求がクレシェを動かす。立ちふさがる巨漢を普段からは想像もできない力で押しのけて、レクトの両手をがっしりと握った。


「ねえ、今の魔法? それとも別の技術? 既存の魔術とは明らかに違うのはわかったけど、仕組みがさっぱりわからなかったよ。レクト君はどうしてそんな力が使えるの? 誰かに教えてもらったの? だとしたら、私にその人を紹介してもらえないかな。もちろん、その技術の重要性はわかるよ。もしかしたら、その人はこの技術を世に出すことを望んでいないのかもしれない。でも……」

「おい待て待て、急にどうした。レクトの奴が目を回してるぞ」

「それはコーダのせいじゃないかしら……。まあ、二人とも落ち着いた方がいいわね」

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