コーヒー王女とティー少女
「ねえ、聞いた? あのお二人が、コーヒーと紅茶のどちらが優れているかで勝負なさるそうよ」
「じゃあ、近頃お二人がピリピリしているのは、『コーヒー王女』様が紅茶が広まっていることにご不満だからって噂は本当だったの?」
「さあ……。でも、『ティー少女』が紅茶を広めたのは数年前でしょう? ずっと仲良くなさっていたのに……」
「私は、次に国交を結ぶ西の国の方々を、コーヒーと紅茶のどちらでもてなすかで揉めてしまったって聞いたわ。それで、陛下が明日の勝負で勝った方の飲み物になさると……。まあ、確かなことは知らないのだけど」
この国では元々嗜好品としてコーヒーが常飲されていた。
特に、王女は幼い頃からコーヒーをこよなく愛しており、王宮内外で「コーヒー王女」という愛称で呼ばれているほどである。
それにちなんで、数年前にこの国に紅茶を伝えた金髪の子供が「ティー少女」と呼ばれるようになったのは自然な流れだった。
ティー少女のいれる紅茶の味は某国一であり、それ故に貿易のためにこの国に遣わされた。彼女はその腕前と王女と年が近いことを気に入られ、この王宮に身を置くことになったのだった。
紅茶の給仕係兼、王女の遊び相手としてこの国に留まることとなった少女には教養があり、将来は王女の補佐となるべく王女と共に学び、遊び、時には同じ席で食事をすることもあった。
コーヒーを愛する王女と、紅茶を伝えた異国の少女、二人は生まれも身分も嗜好も違ったが、王宮内唯一の年の近い友人として、仲睦まじく過ごしていた。
身分など気にしないと言わんばかりの闊達な王女と、王女を敬いながらも臆さずに年相応の言葉を交わす少女の姿は、かつて「王宮の華と安らぎ」と呼ばれるほど周囲に快く思われていた。
また、二人は互いの存在だけでなく嗜好をも尊重しており、ときにはコーヒーと紅茶をいれ合い、傍から見ても親友と呼ぶに相応しい関係に見えた。
その様子が変わったのは半年ほど前、西の国の使節団がこの国を来訪してからであった。
王宮内で、二人の関係が変わるきっかけを直接目にしたものはいない。
しかし、その日を境に二人に距離ができたのは明白だった。
ティー少女のコーヒー王女に対する仕草や言葉は不自然に恭しくなり、口数の多いコーヒー王女がティー少女に話しかけることが減った。
今では二人の、——少なくとも表面上の——関係は、王族と家臣のそれとなっていた。
二人の関係が変わり始めた当初、「コーヒー王女がティー少女の馴れ馴れしい振る舞いを咎めた」という噂と、「ティー少女が何かに怒ってわざと慇懃無礼に振る舞っている」という噂が流れた。
しかし、ティー少女がコーヒー王女に遠慮なく接するのはコーヒー王女の要望からであったし、思いやりのあるティー少女が性根のいい王女に怒る様子は誰もが想像し難かった。
そこで噂は噂を呼び、「実はコーヒー王女は最初から紅茶が広まることに不満があったのではないか」と囁かれるようになったのだが、結局噂の正誤は今日まで分からずじまいである。
とにかく、二人は毎日のように交わしていた愛する嗜好品の話すらもしなくなり、今では「コーヒー王女とティー少女」という一対の愛称だけが宙に浮いている有様だった。
「まあ、それも明日になってみれば分かるかもしれないわね」
——考えても仕方のないことに時間を費やすのは愚かだわ、悩みも、噂もね。
これは早熟なコーヒー王女の口癖である。
噂話をしたからとて王女が罰を与えることはないだろうが、きっといい気はしないはずだ。
ティー少女と違って動きやすく質素な服を身にまとったメイドたちは、王女らしくない、しかし気の優しい主人に仕えることを誇りに思っている。故に、王女を慕うものから順に下世話な雑談は尻すぼみになってゆき、彼女らは早々に仕事に戻るのだった。
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