任務の終了


「うーん、これはまた、ずいぶんからみ合ってるねえ」


 と、仮面をかぶったままのおれを見て、アンバランサー・ユウさまは言った。


「幸い、加護のおかげで支配されてないけど、仮面から伸びた呪力繊維が、アーネストの神経系にかなり食いこんでる。これはなかなか面倒だねえ」

「ええっ?!」

「ま、なんとかなるとは思うけどね」


 世界を救ってきたというのに、まったく緊張感のない声で、ユウさまが言う。


「じゃあ、とりあえず、やってみるかな」

「お、お願いしますっ!」


 アンバランサーがその手を伸ばし、おれの仮面に触れる。


「ギィヤヤヤヤヤヤメロナニヲスルヤメロヤメロワレニフレルナ!」


 おれの頭の中で仮面が絶叫する。

 ああ、やかましい。


「お前はそもそもこの世界にいるべき存在ではないよ。もといたところに送り返してあげるから」

「イヤダムコウハオソロシイオクリカエサナイデクレギヒイイイヤメロヤメテクレッタノム!」


 仮面は必死に叫び続けるが、アンバランサーの途方もない力が、情け容赦なく侵入し、


「ギャアッ!……ア……ァァッ!!」


 仮面の中から、なにかが力ずくで引っこ抜かれ、どこか遠くに吹っ飛んでいくのがわかった。


「ァ………ァァ………ァ…………」


 あとは沈黙。


「あっ、なんか静かになった……」


 おれが言うと


「うん、その仮面に潜んでいた精神体を、物質から引きはがして本来の世界に投げこんでやった。今はもう、その仮面はただのモノでしかないから」

「帰ってきませんか?」

「無理じゃない? 凄く遠いところだよ。それに、ちらっと見ただけだけど、あっちはかなりたいへんそう。たぶん、着いたとたんに、まわりのやつに喰われて、存在しなくなっちゃうんじゃないかなあ……」


 おそろしいことをサラリと言った。


「ユウ、わたしにも、それちょっと貸して」


 ルシアさまが言って、すっと手を伸ばし、おれから仮面をはがした。

 仮面が取り払われたおれの肌に、さわやかな風が。

 ああ気持ちがいい。

 よかった、こんなものを十年かぶるはめにならなくて………。


 ルシアさまは、手に取った仮面をしげしげと眺め、


「ふうん、これが、伝説の最凶最悪、呪いの蒼仮面ねえ」

「「「ああっ!!」」」


 自分の美しい顔に、ためらいなく、ぱさりとかぶせてしまった。


「「「ルッ、ルシアさま!」」」


 『雷の女帝のしもべ』以外のみんなが、顔を引きつらせて、思わず叫んだ。


「……」


 ルシアさまは、首を傾け、吟味するようにしばらくかぶっていたが、また、仮面を外し、


「まあ、いまとなっては、これはただの抜け殻、単なる作り物ね」


 嫣然と微笑むのだった。


「はいっはいっ! あたしにもかぶらせて!」


 と、横から、ジーナさまが手を出す。

 ジーナさまも仮面をつけて、


「フハハハハハ、我は呪いの仮面なり! 呪われよ、へなちょこ魔導師ライラ! 汝、我にひれ伏せ!!」

「もう、ジーナ、やめなさいよ!」


 ライラさまが叱る。

 おっかない最凶最悪の呪いの仮面なのに……。

 おかしい、この人たちはやはりおかしい。


「あ、アーネスト、それからねえ」


 と、仮面をかぶっておどけるジーナさまを横目で見ながら、アンバランサーさまが


「実はね……」


 すまなそうに言った。


「えっ、まさか、なにか失敗?!」

「うーん、なんというか……これって、なんだろうね」

「どうしたんですか」


 おれはドキドキしながら聞いた。


「仮面の精神体を引きはがしたら、どういうわけか、いっしょに、加護まではがれちゃったみたい」

「ええっ?」

「うん、せっかくアーネストについてた『絶対反呪術』の加護まで消えちゃった……ごめんね」

「ええーっ、そんなあ」


 神さまの絶対の加護を使って、スーパーのろいハンター、アーネストとして売り出すおれの夢は、露と消えた。


 おれががっかりしていると


「それはきっと、アーネストさんの加護は、まさにこの呪いの仮面と戦うために授けられた加護だったということではないでしょうか?」


 話を聞いていたフローレンスさんが、言った。


「そうじゃな。神から与えられた使命を果たしたから、もう用済みとなり、消えたんじゃよ」


 とバルトロメウスさんもいう。


「そうなのか? うーん、なんだか損したみたいな」

「何言ってるのよ、アーネスト! そういうのに頼らず、自分の腕を磨くのよ」

「う、うん。まあ、そうかな、そうだよな、うん」


 エミリアに諭されるおれだった。


「アーネストはそういうヤツだからなあ……」

「なんていうか、少しでも楽をしようというか………姑息な……」


 ヌーナンとパルノフが後ろで言う。


「おいっ、だからお前ら! 仮面がなくてもちゃんと聞こえてるぞ!」


 そんなおれたちを、『白銀の翼』が、笑いながら見ていたのだった。


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