帰還

 おれたち、つまり『暁の刃』四人と、『白銀の翼』三人、そしてフローレンスさん、バルトロメウスさんは、ルシアさまの拠点、孤児院ドムス・アクアリスに向かった。

 サバンさんとニコデムス師は、業務のため、やむを得ずギルドに戻るそうだ。


「アーネストよ」


 と、サバンさんが別れ際に言う。


「おれは、やむを得ずお前たちについていけないが、くれぐれも、道中、うかつな行動をするなよ」


 不本意である。

 おれの頭は仮面ごと、ケイトリンさんのミスリル鎖でぐるぐる巻きにされ、しかも、なぜかその鎖の端をエミリアがしっかり握っている。

 これじゃあまるで、罪人の搬送か、よくて犬の散歩だ。

 うかつな行動なんてとりようがないじゃないか。


「頼むぞ、アーネスト、とにかくみんなの言うとおりにするんだ。お前は、自分の頭でなにか考えるな。いいな? 頼んだからな?!」


 なんだかひどいことを言われてるような気もするが、サバンさんは、怖い顔でなんども念を押して、ニコデムス師とともに去っていったのだ。



 ほどなく、おれたちは孤児院につく。

 静かな門の前に立って


「そういえば、ルシアさまたちは、全員で、世界の危機を救いに出かけたんじゃなかったのか? ぶじに帰ってきてるのかなあ?」

「うーん、どうなんだろ」


 なにしろ、相手は世界の危機である。

 あの方たちの、超絶の力をもってしても、そんなすぐに片が付くとは思えない。

 それこそ、半年とか一年とか、下手したら十年とか、かかっちゃうんじゃないのか?


 ゲッ!

 そうしたら、おれは、十年このままかよ?!

 そ、そんなあ……。


「アーネスト様、心配はいりません」


 いきなりおれの横で、そんな声がして、


「うわっ、出たっ!」


 おれは肝をつぶした。

 いつのまにか、おれの横に立つ、謎に包まれた小柄な男は――『時の監視者』ゴッセンさん。


「なっ!」


 いったい、いつどうやって現れたのか。

 ゴッセンさんは、ごく当たり前のようにそこに立っているのだった。

 おれ以外のみんなも仰天している。


「どうして、まったく気配がないの……」


 ケイトリンさんもつぶやいている。


「よくぞ戻られました、『白銀の翼』の皆さま。お疲れさまでした」


 ゴッセンさんがねぎらいの言葉をかける。

 次いで、エミリアに笑いかけ、


「エミリアさま、ちゃんとアーネストさま、パルノフさま、ヌーナンさまが助けてくださったでしょう?」

「は、はい。……ゴッセンさんは、最初からこれがわかってたんですね?」

「ええ。わたくしは『時の監視者』ですから」


 そしてゴッセンさんは、二人に向き合うと、


「お初にお目にかかります、フローレンスさま、バルトロメウスさま。わたくしは、ゴッセンと申します。『司るもの』から、『時の監視者』の任務を仰せつかっております」

「と、?!」

「まさか…、ゴッセンさま?!」


 たちまち、二人は顔面蒼白となり、その場にひざまずいた。


 えっ?

 ゴッセンさんて、なにかとてもえらい人だったのか?


 おれはそれを見てびっくりした。

 なにかへんなことを言う、どうにもうさん臭いおっさんだって思ってたけど?


「お立ちください、お二人とも」


 ゴッセンさんはにこやかに言う。


「あなたがたは、ここドムス・アクアリスの大切なお客様ですから。気楽になさってください」


 ゴッセンさんに案内され、おれたちは孤児院の中へ。

 うーん、なんかこの人、移動するのに、足が全く動いてないような気がするんだよなあ。

 どうやって歩いてるの?

 ほんとうに不思議だ。

 おれたち一同は、ルシアさまの、広い院長室に通された。


「しばしお待ちください」


 おれたちがソファに腰を下ろすと、ゴッセンさんは、また、いつの間にか消えていた。

 いついなくなったのかもわからない。


「……本当に、おそろしい……」


 ケイトリンさんが、青い顔でつぶやく。


「あの……」


 おれは、フローレンスさんに聞いた。


「あのゴッセンさんて、すごい人なんですか?」


 フローレンスさんが、緊張した顔で答えた。


「探求者の間では、神話の存在です……」

「なにしろ、この世界を『司る』お方の代理人だから。ほぼ、ヒトではないな」


 とバルトロメウスさんも補足する。


「まさか、この目でその存在を確かめることができるとは……」

「伝説はほんとうだったのじゃ……」


 二人は、その目に感動をたたえてうなずき合った。


「ふえぇっ!」


 そこまでか?!


「この世界に、記録というものが存在し始めたとき、すでに、そこには彼の存在が記されているのです」

「おそらく、時の始まりから時の終わりまでこの世界に存在する、そして、どこにでもいる存在。ある意味普遍的な……神に近い存在……たぶん、存在の位相がわしらとは違うんだな」

「あっ、アンバランサーさまもそんなこと言ってましたよ」


 とエミリア。

 たしかにそんなこと言ってた。なんのことかは、サッパリわからないけどな。


「お待たせしました」

「うわっ!」


 淹れたてのジーヴァ茶を載せた大きなお盆をもって、ゴッセンさんが、また、いきなり現れた。

 ドアが開いた気配もない。

 もう、心臓に悪い。


「さあ、お茶をどうぞ」

「あっ、すみません」


 おれはカップに手を伸ばす。

 のどはカラカラである。


「うーん、飲みにくいなあ」


 仮面の鼻が引っかかるのだ。

 そのかわり、ジーヴァ茶の馥郁たる香りが、これまでにないくらいの鮮烈さで感じられた。

 複雑精妙な匂いの粒子がからみあう、そのハーモニー。


「これは……すごいなあ、めちゃくちゃいい匂いだし、グビっ、うーん、美味しい!」

「みなさまも、遠慮なさらずにどうぞ」

「「「「「はい……」」」」


 おずおずとお茶に手を伸ばすみんな。


「ああ、ユウさまがシンドゥーから持ち帰った、グジャムンもどうぞ」


 そういって、ゴッセンさんが勧めてきたお菓子は、


「うおおっ! なんだこれは! とてつもなく甘いぞ!」

「ううー、甘い、甘くて頭がしびれるー」

「す、すごい」

「なんなのこれ?!」

「ありえない!!」

「…………!!!」


 その甘さと美味しさで、おれたち「暁の刃」全員に衝撃をもたらしたのだった。

 「白銀の翼」の方々は、グジャムンを口にするのはこれで二回目とのことだったが、みなさん、とろけそうな顔つきで口に運んでいる。

 みんながお茶とお菓子を堪能したのを見計らって、ゴッセンさんが説明する。


「……ルシアさまたちが戻られるまで、あと十日はかかります。その間、わたくしがここの管理を任されておりますので、必要なことは何なりとお申し付けくださいませ」

「ええーっ、十日もこのまま」

「何言ってるのアーネスト!」


 おれは、エミリアに、頭をぺしっとはたかれた。


「それくらい我慢しなさい! 一生そのままだと思ったらなんともないでしょう」


 きびしいぞエミリア。

 まあ、でもそれがエミリアだけどな。


 というわけで、おれたちはルシアさまたちの帰還まで、孤児院で過ごすことになった。

 仮面をつけたおれの姿をみて、子どもたちは最初びびっていたが、すぐに慣れたようだ。

 それから、おれたちは交代で子どもたちに勉強を教えたり。

 おれたちの英雄的な活躍を伝えたり(子どもたちが、おれの話をきいて、ゲラゲラ笑うのは何故だ? そこは、カッコよさにほれぼれするところだろうが)

 『白銀の翼』の方々に、おれたち『暁の刃』が稽古をつけてもらったり。

 許可を得て、ルシアさまの蔵書に目を通した、フローレンスさんとバルトロメウスさんが大興奮したり。


「ああ、この世の伝説が、すべてここにあるわ!」

「おお、あれはまさか……完全に散逸したといわれていたあの書が……」

「これは……バルトロメウスさん、これを見て!」

「な、なんと! これをこの目で確かめることができるとは……ああ、ありがたい、ありがたい……」


 二人で騒いでいるが、なんのことやらおれにはわからない。


 そうこうするうちに、十日目の夜、極彩色の光が孤児院ドムス・アクアリスをおおい、とうとう、あの方たちが帰還されたのだった。


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