「暁の刃」ここに参上!

 エミリアを救うべく、おかしな五角形の石棺に飛びこんだ、おれたち。

 どこまでも続く暗闇の中を、真っ逆さまに落ちて行ったのだ。

 それにしても、どうなっているんだ、このトンネルは?

 みんなの言うには、五芒星城塞につながってるはずなんだが。

 とにかく、はやいところ、エミリアを助けないと!

 おれたちが行かなかったら、エミリアがやられてしまう!

 おっ?

 なんだ? なにか行く手に光がチラチラと。

 着くのか、出口か?


「うっひゃあああ!!」


 いきなり、まぶしい光の中に飛び出し、おれは目がくらんだ。

 何が何だかわからない。


 ぐわっしゃ——ん!


 おれの体は、なんだかピカピカ金色に光る、硬いものの上に墜落した。

 衝撃で、けたたましい音を立てる。


 カラカラカラ……


 ついで、何かが遠くに転がっていく音。

 なんだ、いったい何が起きたんだ?

 くそっ、なんだよ、この足場の悪さは?

 ぐらぐらして、まともに立てやしない。

 目もチカチカするし……。

 おれがじたばたしていると


「ア、アーネスト! あんた、なんでここに?!」


 懐かしいエミリアの声だ。

 声のした方を見ると、おお、我らのエミリアが目の前に尻餅をつき、目を丸くしておれを見ていた。

 疲労困憊した顔をしているが、大きな傷はないようだ。

 ちゃんと手足は揃っている。

 首も胴体に繋がっている。


 よかった、エミリアは無事だ、たぶん。


 ああ、本当に良かった。

 必死でがんばった甲斐があった。

 おれたちは間に合ったんだ!

 それなのに、エミリア、「あんた、なんでここに」とはひどいぞ。


「エミリア……なんでって、そりゃあ、お前を助けるために決まってるだろう」


 あたりまえじゃないか。


「大ピンチなんだろ、エミリア」

「それはそうなんだけど……」

「おれたちは、四人で『暁の刃』なんだから、何があってもお前を一人で死なせはしない!」


 おれは胸を張った。


「うん、それはありがたいんだけどさ……。あんた、なんでいきなり天井から落ちてくるのよ」

「うむ、それはだな……」


 おれがいきさつを説明しようとしたとき、


「うわわっ、何だこれ?」

「ひゃあっ!」


 どさっ、どさっと音がして、振り返ると、ヌーナンとパルノフも落ちてきたところだった。


「「イタタタタ……」」


 どこかぶつけたようだ。


「ヌーナンと、パルノフまで……天井から落ちてきた……」


 エミリアは驚いている。


 よし、これで全員揃ったな。


 おれは、誇り高き『暁の刃』のリーダーとして、メンバーに呼びかけた。


「ヌーナン、パルノフ」

「「お、おう!」」

「やるぞ!」


 そしておれは、高らかに宣言した。


「お待たせしました、スーパーパーティ『暁の刃』ここに参上!」

「「われら『暁の刃』、おう、おう、おう!」」


 見ると、エミリアの向こうに、『白銀の翼』の御三方、アマンダさん、アナベルさん、ケイトリンさんがいる。

 アマンダさんとアナベルさんは、どちらも仰向けに倒れている。

 これはいけない、どうも怪我をしているようだ。

 二人の横でケイトリンさんが心配そうに寄り添っている。


「『白銀の翼』の皆さん、おれらが来たからには、もう安心ですから! 任せてください!!」


 おれは、どんと胸を叩いた。


「ゲホッ」


 そして、むせた。


「ゲホゲホっ……ヌーナン、パルノフ、『白銀の翼』の皆さんに手当てを」


 おれはむせながらも、冷静に指示を出す。


「「わかった!」」


 急いで三人に駆けよる、優秀な我がメンバーたち。


「「さあ、皆さん、これをどうぞ」」


 二人が次々に取り出したのは、小瓶に入った大量のポーションだ。

 回復ポーションと治癒のポーション、それも、最高級品である。

 何しろ、パーティ唯一の魔導師エミリアがいないとなると、おれたちは戦闘でも魔法で回復ができない。

 それでは心もとないので、この間の活躍でかなり稼いだお金をつぎ込んで、おれたちは大量の高級ポーションを買った。そして肌身離さず持ち歩いていたのだ。なにかあったら怖いからね。

 それがここで役に立った。

 うむ、これを先見の明というのだ。

 さすがはおれである。


「予備なんか気にせず、全部使っちゃってもいいからな」


 かっこよくて、すてきな『白銀の翼』の皆さんのためだ。惜しんでいるばあいではない!


「「了解だ」」


 二人は、さっそくポーションを惜しみなく使って、怪我人の手当てをする。

 ポーションが効果を発揮するときの、緑色の光が輝いた。


「うぅぅぅ……」

「ああ、痛みが……」

「よかったな、アマンダ、アナベル……」


 ケイトリンさんがほっとした声をだした。

 ずいぶん怪我はひどかったようだ。


 よし、こちらは大丈夫だ。

 となれば、次は——


「エミリア、それで、敵は——みんなを襲った敵は、どうなったんだ?」


 おれは、油断なく身構えながら、エミリアに聞く。


「どこにいる?」


 エミリアは呆れた声で言った。


「アーネスト……まだ、気がつかないの?」

「ん?」

「あんたの下……」

「なにっ?」


 おれは視線を下にむけ


「うわーっ!」


 悲鳴をあげて、飛び上がった。


「な、なんだこれはっ?!」


 おれは、とんでもないものの上に腰を下ろしていたのだ。

 黄金の鎧をまとった、腕が六本の化け物だ。

 細長い首は、途中でぽっきり折れて、その首の先には、まるでアンデッドのように半分腐った頭がついていた。

 おれの下敷きになり、その六本の腕をもぞもぞと動かしていた。


「ヒイッ!」


 おれは飛び退って、エミリアの横にぴったりと並んだ。

 みるからにとんでもない化け物だ。これは強敵だ。

 そいつは、おれがその体の上から退くと、ノロノロとした動きで、立ち上がってきた。

 そのとき、おれには稲妻のように直感が走った。


 このふらふらした動き!

 こいつは、おれからの不意打ち(といっても、まあ上から落ちただけだが)をうけて、かなり弱っている!

 今が倒すチャンスだ!


「エミリア、見てろ!」

「あっ、アーネスト、待って!」


 エミリアが止めるが、おれは勇気を振り絞り、そいつに突撃した。

 そいつは、突進して来たおれを、その腕でガッチリと受け止めた。

 それも、真ん中の腕二本だけでだ。二本の腕でおれの肩を押さえている。

 もはやおれは、ぴくりとも動けなかった。


 しまったあ!

 こいつ、みかけのわりに全然弱ってないじゃないかよ。

 どうすんだよ!


「アーネストっ!」


 エミリアの声。

 そいつが、首をぶるるんとふった。


「ヒイイ」


 折れた首の上にのった、朽ち果てた顔が、ぶらんと揺れ、逆さまになっておれの目の前に。

 虫のような複眼。

 青黒い口の中では、赤い二枚の下がひらひらと動く。

 全くもって不気味というほかはない。


「たっ、助けて……」


 だが——。

 そいつは、おれの肩に手をあてたまま、かすれる声で、確かにこういった。


「イセイノユウシャヨカンシャスル」

 ——異星の勇者よ、感謝する。


 次の瞬間、そいつはぐずぐずと腐って崩れてしまった。


 ガラン


 と、金色の鎧が転がった。

 あとには塵の山が残った。


「えっ?」


 これは、どういうことだ?

 おれは、わけがわからずエミリアを見ると


「たぶん、ありがとうって、言ったのよ、その人は」

「その人って? なんで?」

「呪いの仮面の支配から、解放してもらえたから」

「どういうこと? こいつが敵ってことじゃないのか?」

「違うの」


 とエミリア。


「その人は、呪いの仮面に支配され、操られていた、どことも知れない世界の人なのよ」

「えっ、そうなの?」

「とてもとても長い間、仮面に取り憑かれていた、かわいそうな人だったみたいよ」

「じゃあ、呪いの仮面は?」

「あそこ」

「なにっ?!」


 エミリアが指差すところを見ると、部屋のはしっこの床に、不気味な仮面が転がっていた。

 ぎゃっ、こいつは——。

 その飛び出した目に見覚えがある。

 あれだ、石棺の中で見た顔だ。

 まちがいない、こいつが悪者だ!


「そいつが、さっきの人に取り憑いていたのよ。それで、こんどはあたしに取りつこうとして……」


 エミリアが震える声でいった。

 そうなのか!

 そういえば、おれが落ちてきた拍子に、ぶつかって転がっていったのがこれだな?

 おう、われながらナイスなタイミングだったんだ。


「ふん、いいざまだな。こんなになってはもう、なにも——」


 おれは、仮面に近づいた。


「あっ、気をつけて、アーネスト」


 エミリアが心配そうな声を出す。


「大丈夫だって。取り憑いていた六本腕の人は塵になっちゃったし。こいつだけじゃ、もうなにもできないだろ、それにしても、不気味な……」


 おれは、仮面に顔をちかづけた。

 大きな耳、薄く頭の上まで延びた板状の鼻、そして、何より異常な突き出した縦の眼——。


 バイィーン!


「おうわっ!!」


 床に転がっていた仮面が、おれが顔を近づけたとたん、なにか触手のようなものをつかって、跳ね上った。

 とたんにおれの目の前は真っ暗になった。


「きゃあっ!」

「「ああっ!」」

「「「たいへんだ!」」」


 おれの顔が何かに覆われている。

 肌の上を気持ちの悪いぶよぶよしたものがうごめく。


「ひいっ!」


 不快なその感触に、おれは悲鳴をあげた。


「また、どんくさいアーネストがやられたっ!」


 おい、今、叫んだのはヌーナンだな。

 だから、その言い方!


「あああ……アーネスト……」


 エミリアの悲痛な声。


「もうだめだわ……」


 なにがもうだめなんだよ。


「呪いの仮面が、アーネストを……」

「はあっ?」


 おれが、自分の顔に手をやると、固いものに触る。

 てさぐりすると、突き出た板のような鼻、飛び出した目。


「うわぁっ!」


 仮面はおれの顔にぴったりと張り付いていた!


「たっ、たすけてえ!」


 身体から力がぬけ、おれは立っていられず、がくりと膝をついた。


「オマエ」


 おれの頭に、気味の悪い声がひびいた。


「オマエノカラダヲツカワセテモラウゾ。ハナハダフホンイデハアルガ」

 ——お前の身体を使わせてもらうぞ。はなはだ不本意ではあるが。


 仮面の声だ。


「ひいいいいいいっ!」


 だけど、はなはだ不本意ってなんだよ。


 声は続けた。


「イマカラシンケイケイヲセツゾクスル」

 ——今から神経系を接続する


 まずい、これは絶対にまずい。

 仮面が何を言っているのかはサッパリわからないが、これは、きっと恐ろしいことを言われているのだ。


「マズシカクヲセツゾクスル」

 ——まず視覚を接続する


 そう聞こえた途端に、目の前が明るくなった。

 そして、仮面をかぶっているのに、おれの目は見えるようになった。

 いや、仮面のとびだした目を通じて、ものが見えているのだ。

 おれ自身の目よりも、視野が広く、くっきりとしている。

 目の前で絶望的な顔をしているエミリア。

 向こうの方に固まっている、ヌーナンとパルノフ、そして『白銀の翼』の皆さん。

 それだけじゃなくて、自分の後ろの壁も、天井も、全部がいちどに見えるのだ。

 すごいな。

 いや、これって要するに、仮面がおれの目を乗っ取りつつあるってことじゃないのかよ?!

 感心している場合じゃないぞ!

 どうすんだよ、おれ!


「ツギハチョウカクヲ——」

 ——次は聴覚を——。


 勝ち誇る仮面の声。

 ああ、異星の六本腕からも賞賛された、勇者アーネストは、もうだめなのか?

 だから呪いは嫌なんだよ。

 なんとか、なんとか打つ手はないか?!

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