隠し部屋の主(あるじ)

 ゴトン……。


 死力を尽くし、かろうじて、黒き腐れの獣を斃したあたしたち。

 疲労困憊して、床に座りこんだあたしたちの、その後ろで、重いものが動く音がした。

 ぎょっとしてふりかえる。

 すると——。

 あたしたちが、この場所に入ってきたとき、まわりは、白いつるりとした壁でしかなかった。

 その壁に、アマンダさんとアナベルさんが、アンバランサーの剣で切り飛ばした、黒き腐れの獣の身体が叩きつけられて、大きな黒い染みができている。

 その染みのついた壁から、レンガのように石材がせり出し、そして床に落下した。


 ゴトン!

 ゴトン!

 ゴトン!


 壁の一部分が、次々に崩れ落ちていく。

 そして、闇におおわれた、壁の向こうの空間があらわになる。

 あれが——、まさに、五芒星要塞の隠し部屋だ!

 黒き腐れの獣を斃したことが鍵となって、第五の塔の最深部、呪われた隠し部屋が、今、その姿を現したのだ。

 そして、その部屋に封じられているものこそ……。


 ああ、もう勘弁して!

 あたしは、魔力をふりしぼり、


「四大よ光の網と剣もて善なるものを……」


 解呪の魔法をみんなに掛ける。

 呪いに塗まみれ、疲労困憊したあたしたち。

 少なくとも、このままの状態では戦えない。

 少しでも回復を。


「光よ呪縛を断ち切るべし!」


 あたしの魔力はほとんど尽きたが、全員の身体はわずかに軽くなり、なんとか立ち上がることができた。

 立ち上がったあたしたちは、開かれた隠し部屋の空間と対峙した。


 聞こえてくる。

 隠し部屋の中から、つぶやくような声が。


 ……モルテ ノルテ チキ メンド……

 ……モルテ ノルテ チキ メンド……


 唱えている。

 何者かが呪文を唱えている。

 いるのだ。

 隠し部屋の主がそこに。


 ……。


 呪文がやんだ。

 そして、


 ……カイホウノトキ、キタレリ……

 ——解放の時、来たれり——


 と、聞こえた。


 ガチャリ


 ついで、金属のふれあう音。


 ガチャリ……

 ガチャリ……

 ガチャリ……


 近づいてくる。

 部屋の中を、歩いている。

 鎧をきたなにものかが、一歩、一歩、歩く音だ。

 あたしたちは、固唾をのんで、崩れた壁をみつめていた。

 とうとう、そのものが、ゆらり、と姿を現した。


「うわっ!」


 異様なその姿。

 黄金の鎧をまとった、二メイグは優にある、長身。

 細身のその身体に、筋肉はほとんどない。

 その腕は六本。

 最上部の二本の腕を高くかかげ、あとの四本を身体の前で、合掌するように合わせている。

 首は異常に長く、今にも折れそうに、不自然な形に傾いている。

 そして、頭部。

 むき出しの、蒼黒い口腔の中で、赤い二枚の舌がひらひらと動いている。

 ああ、そして、その腐った口の上には。

 ——蒼く輝く異様な仮面。

 獣の耳のような、ひろく広がった両耳。

 薄い板のような、頭の上まで伸び上がった鼻梁。

 そして、その目。

 あたかも蟹の眼のように、眼柄をもって顔から突き出し、縦割れの瞳をもつ、異様な目。

 これが、呪いの蒼仮面——。

 この世界には、こんな姿のものはいない。

 言い伝えのように、外の世界からやってきたのか?

 その飛び出した目が、あたしたちを見た。

 いや、この、へなちょこ魔導師エミリアだけを、突き刺すように見た。

 それがわかった。


「マッタゾ、チカラアルマドウシヨ」


 二枚の舌がうごめき、言葉を発した。


 ——待ったぞ、力ある魔導師よ


 そう、言ったのだ。

 言葉は続く。


「ワガシモベヲウチヤブルホドノマリョクヲモツマドウシヨ」

 ——我が僕をうちやぶるほどの魔力をもつ魔導師よ


 え?

 ちょっと待って。

 それって、あたしのことですか?

 いやいや、あたしの魔法なんてほとんど何も。

 これは、なにかとんでもない誤解をされているような気がする。


「オマエノカラダヲワガモノトスル。コノカラダハモハヤクチテイル……」

 ——お前の身体を我がものとする。この身体はもはや朽ちている……


「キタレ、ワレノモトヘ。ソノミヲモッテ、ワガヨリシロトナレ」

 ——来たれ、我のもとに。その身をもって、我が依り代となれ


 ひいいいい!


 こいつ、とんでもないことを言っています!

 まずいです、これは!

 あたしは、思わず後ずさる。


あるじたる仮面——?」

「あの六本腕の化け物も、仮面に取り憑かれた、犠牲者ということなのか?」


 ガチャリ……


 仮面に操られた、どこのものとも知れない、その六本腕の種族が、また、一歩を踏み出す。

 あたしを目指して、


 ガチャリ……

 ガチャリ……

 ガチャリ……


 一歩、また一歩と前進してくる。


「トウッ!!」


 ケイトリンさんが、仮面に向けて暗器を放つが、あっさりはたき落とされてしまった。


「くそっ!」


 ガチャリ……

 ガチャリ……


 手をこまねく内に、すぐそこまで近づいた。

 合掌していた四本の腕が、まるで獲物を捕らえる網のように、大きく広げられる。

 その獲物は、あたし——。


「いけない、なんとしても、エミリアを護るんだ!」

「うむっ!」


 アマンダさんとアナベルさんが、素早くあたしの前に飛び出し、


「「デヤアッ」」


 同時に、電光石火の横蹴りを放った!


「ジャマダ」


 ドズツ!!!


「「うあっ?!」」


 目にもとまらぬ速さの、二人の足蹴りを、こともなげにそれぞれ一本の腕で受け止め、さらに上の腕で、足首を掴むと、二人を軽々と、持ち上げて逆さまにぶらさげた。


「「まずいっ!」」


 なんか身体をひねって逃げ出そうとする二人だが、がっちり掴まれた足首が外れない。


「ああ! アナベル、アマンダっ」


 ケイトリンさんが叫ぶ。

 次の瞬間、そいつの腕が人間ではあり得ない動きでぐるりと回転し、負荷に耐えかねた二人の——


 ベキベキッ!


「「ぐああっ!!!」」

「ああっ、アマンダさん、アナベルさん!」


 ——二人の足首が、音をたてて折れた。

 美しい顔が、苦痛に歪む。


 ひゅん、と腕が振られ、放り投げられた二人は、もつれ合うように吹っ飛んで、よけることもできないケイトリンさんに激突。


「グッ……」


 三人は床に叩きつけられ、もはや動けない。


「サアマドウシヨワガカラダトナレ」

 ——さあ、魔導師よ。我が身体となれ。


 そいつの、真ん中の腕が、あたしの両肩をがっしりと掴む。


 ひいっ!


 つかまれた場所から、なんとも不快な波動が伝わってくる。

 強い力でおさえられ、あたしはその場から一歩もうごけない。

 そいつの、一番上の二本の腕が、ゆっくりと持ち上がり、仮面に掛かった。


 ズルズルズル!


 不気味な音を立てながら、仮面が、そいつの顔から引き剥がされる。

 そして、あたしの顔に近づいてくる。

 その間も、仮面の突き出た目は、あたしから視線を外さない。

 その無機質な目に浮かぶのは、解き放たれる喜びか。


「ああああ、たすけてえっ!」


 あたしは悲鳴をあげた。


「エミリアァーっ!!」


 血を吐くような叫びが聞こえるが、どうすることもできない。


 いよいよおしまいか?

 ああ、あたし、この仮面にのっとられちゃうの?

 浮かぶのは、あたしの仲間たち、アーネスト、ヌーナン、パルノフの顔。

「暁の刃」の仲間たち。

 ごめん。待っててくれなんていったのに。

 あたしがいなくなって、あの三人は、大丈夫なんだろうか。

 だめだ。

 あきらめちゃダメ。

 もうこうなったら、最後の魔力で、なんでもいいからやってやる!

 自爆でもなんでも、あとは知るもんか!

 いくぞ!


 あたしが、覚悟をきめて杖をかまえたその時


「うっひゃああああっ!」


 すっとんきょうな声をあげながら、天井の五角形の井戸から飛び出し、仮面の化け物の上に墜落してきたのは——


「ア、アーネスト?!」

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