エミリアの魔法と、アンバランサーの剣
今、この瞬間に「黒き腐れの獣」と戦えるのは、あたしだけ。
どうする、あたし?!
何かないか、何か今できることは?
それがどんなちっぽけなことでも。
たとえだめかもしれなくても、なにもしないよりはまし。
あきらめたらダメ。
あっ?!
そのとき、あたしの頭に閃くものがあった。
あれか? あれでいけるか?
わたしは、急いで詠唱する。
「水と風の精霊よ、この地に大いなる恵みをもたらせ
「えっ? なっ?」
アマンダさんが驚いた顔をする。
そりゃそうだ。
この魔法は、攻撃魔法なんかではなく、ただの――。
……ポタン
……ポタン
……ポタン
詠唱に応じて、空中から水滴がしたたり、
ザアアアアッ!
やがてそれは激しい雨となって、部屋に降り注ぐ。
それだけ。
そうなんです。
この魔法は、日照りの時によくつかわれる雨乞い魔法なんです。
ゲアッ?
魔獣も拍子抜けしたような様子だ。
びしょぬれになって、水がその身体をながれているが、それで何かがおきることはない。
でも、いいんだ。
これでいい。
あたしの狙いは、その次のこれだ!
「四大よ高き低き陰陽の極をなせ! いれくとろきゅーと!」
いれくとろきゅーとだ!
これなら、あたしの今の魔力でも使える。
そして、この雨の中なら、ヤツも水の中にいるのと、たぶんいっしょだ。
「いけっ、いれくとろきゅーと!!」
天井に発生した青白い光の帯が、雨の中を下り、
グアアアアアアア??!!
魔獣が苦痛の咆吼をあげて、痙攣しながら、のたうちまわる。
なんと、効いた!
効いちゃったよ!
苦し紛れとは言え、自分でも驚く。
さすが、アンバランサー・ユウさまの考案した魔法だ。
理屈がこの世界のとはちがうんだ、きっと。
だから効いたのかも?
それはよかったのだが、
「「「「う・あ・あ・あ・あ・あ!」」」」
当然ながらあたしたち全員が濡れている。
いれくろときゅーとのおこぼれが、あたしたちにも回ってきて、全員が電撃のショックを受けて、ビクンビクンと、ころげまわった。
ごめん、みんな!
まきぞえにしちゃったあ。
でも、それも実は怪我の功名だったのだ。
今のショックで、気を失っていたケイトリンさんも、アナベルさんも意識を取りもどしたようだ。
頭を振りながら立ち上がった。
だが、さすがに、いれくとろきゅーと一発で、恐るべき黒き腐れの獣を斃すことはできなかった。
横倒しになり、六本の足をビクビクさせていた腐れの獣も
ゲアアアアアアア!
怒りの叫びを上げながら、立ち上がった。
縦の目が憤怒に燃えている。
うう、これからどうする?
あたしは、もはや種切れだ。
ところが、アマンダさんとアナベルさんが顔を見合わせ、うなずき合った。
アマンダさんの右手、アナベルさんの左手には、アンバランサーの剣。
その剣が、今、明滅していた。
アマンダさんの剣が光り、消える。
アナベルさんの剣が光り、消える。
二つの剣が、連絡し合うように交互に光を放っている。
「いくぞ、アナベル!」
「おう、アマンダ!」
二人は、たがいに駆けよった。
そして、走り寄った二人の剣がふれあった瞬間、
デュワッ!
らせん状のまばゆい光がはじけて
「ええっ?」
「な、なにこれ?!」
あたしとケイトリンさんは我が目を疑った。
光が消えた後、そこに立つのは、神剣を高くかかげた、力溢れる、銀髪の凜々しい一人の女性。
「が、合体しちゃった? アマンダとアナベルが?」
「なんで? どうして?」
その女性(アマンベルというべきか、アナンダというべきか?)は、目を丸くしている、あたしとケイトリンに、神々しく笑いかけると
「「アマンダの刀は陽極、アナベルの刀は陰極、帯電した二つの刀をふれあわせよ――」」
二人の声で言った。
「「エミリア、あなたのいれくとろきゅーとを浴びたときに、アンバランサーさまの声が、あたしたちの頭にひびいたのよ」」
「アンバランサーさまの声が?」
「アンバランサーさまが、どこかであたしたちをみてるの?」
アマンベルが、首を横に振る。
「「どうも、この剣を調整したときに、そういう仕掛けがしてあったみたい」」
「そんな……」
「「さすが、アンバランサーさまの調整した剣ね」」
アナンダが爽やかに笑う。
いやいやいや、それは、いくらなんでもめちゃくちゃではないのでしょうか。
(どう、みんな? ちょっと工夫してみたけど、面白いでしょ?)そう言って笑う、アンバランサーさまの顔が浮かんだ。
「「でも……この姿は、わたしたちには負担が大きすぎる。一発できめるわ」」
アマンベル=アナンダは、アンバランサーの神剣をふりかざして突進すると
「ディヤアアアアア!!!」
目にもとまらぬ剣風で、黒き腐れの獣を、叩き切った!
獣の身体がいくつもに切り分けられ、べしゃっと飛び散る。
「とどめだっ! ダアアアアアッ!!」
アマンベル=アナンダが、獣の眉間に、神剣をズブリと突き立てた!
ギィエエエエエエ!
獣の叫び、爆発するような白銀の輝きが空間に充ち、そしてその光がうすれたあとには、獣の消えた床に、すわりこんだアマンダさんとアナベルさんの姿が。
「あっ、もどった」
「アマンダ、アナベル!」
あたしたちは、二人に駆けよる。
「「ハアッ! ハアッ! ハアッ!」」
二人とも疲労困憊した様子だ。
立ち上がることもできず、肩で息をしている。
「ハアッ、さすがに、あれは、ハアッ……きついな、アナベル……」
「まったく、ハアッ……だな、アマンダ……」
二人が息も絶え絶えに言う。
「あっ、剣が……」
見ると、二本の剣は、溶けてねじれ、絡み合ってしまっていた。
「せっかくいただいた剣が……」
「これでは、もう使えぬ……」
まさに、満身創痍。
刀折れ矢尽きた状態のあたしたち。
ケイトリンさんもがっくりと膝をつく。
ヴァルサーの鍵がなくなってしまった今、ケイトリンさんも、この場の呪いから無事ではない。
今、この瞬間も、どんどん体力が消耗しているのだ。
あたしの魔力も、おそらくもうあとわずか。
解呪の魔法をあと一回使えるか、どうか?
そして、あたしたちにはまだ、斃さなければならない敵が。
ゴトン!
あたしたちの後ろで、重いものが動く音がした。
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