石棺の謎とエミリアの悲鳴
うわあ、これは、どう考えてもまずいだろ!
おれは、慄然とした。
五芒星城塞を探索に行った結果、無残な骸となってしまった魔道具ハンター、ハモンドさん。
経験を積んだ有能な魔道具ハンターが、強力な魔道具ヴァルサーの鍵を手に、万全の準備をしていったはずなのに、けっきょくこのありさまだ。
このままじゃ、エミリアたちは、ハモンドさんの二の舞じゃないのか?!
おれは居ても立ってもいられない気持ちになった。
ああ、しかし、エミリアがいるのは、ここから遠く離れた五芒星城塞なのだ。
おれにはどうすることもできない。
おれが途方に暮れていると
「みんな、玄室をしらべるぞ」
サバンさんが言った。
そうだ。
ひょっとしたら玄室には、なにか手がかりがあるかもしれない。
エミリアを助けるなにかのヒントが……
いや、まてよ!
玄室には、アレがいるじゃないか!
おれの頭に浮かんだのは、前回、おれがやられそうになったあの恐ろしい黒雲。
あいつに取り巻かれたときのあの、右も左も、上下もわからなくなる、不気味な感覚。
ひぃいい!
無理無理、あれは無理。
とても、おれたちに太刀打ちできるような代物じゃあない。
おれはビビった。
「開けよう」
サバンさんの言葉に、
「うむ」
ニコデムス師が、怪しげな古代文字が浮き彫りにされた玄室の扉に近づく。
そのしわのある長い指が、おれたちが貼ったお札を、ペリッとはがした。
とたんに、一枚岩に垂直な線が現れ、観音開きの扉となる。
「よし、行くぞ」
狂戦士のたくましい腕が、重い玄室の扉をひらく。
そうだ、いまはサバンさんも、ニコデムス師もいるじゃないか。
いざとなったら、この人たちが……。
よおし、行くぞ。
急に元気が出た。
待ってろエミリア!
なんとかしてやるから!
「むう?」
「これは……」
サバンさんを筆頭に、はじめて玄室に入った人たちは、興味深そうにあたりをみまわしている。
おれたちにとっては、あの時のままの玄室だ。
どこにも、特段の変化はない。
あの、おっかない黒雲が出てきた石棺の蓋も、おれたちが逃げ出したときのまま、ぴったりと閉じている。
「これは、おそらく、墓ではないな」
と、ニコデムス師。
「そうですね、こんな形式の墳墓なんてきいたこともないです。副葬品の形跡もないし、そもそも、この五角形の——」
フローレンスさんも言う。
「そうじゃ、こんなものに遺骸を安置するなぞ、ありえぬ」
「これは、なんというか——」
バルトロメウスさんがつぶやく。
「まるで、井戸じゃな……」
パルノフとヌーナンが、
「ここから、へんな黒い雲がでてきて、おれたちはさっと逃げたけど」
「そうです! どんくさいアーネストが、まんまとつかまったのです」
説明をするが、
おいっ、お前ら!
その言い方!
「黒い雲、か……」
サバンさんが、大剣をにぎる手に力をこめる。
ニコデムス師は、杖をかまえ、すぐにも魔法を詠唱できる体勢だ。
フローレンスさんも、ヴァルサーの鍵/ヴェルサリウスの匙を、その手に握った。
「油断するなよ!」
サバンさんがその大剣の先を、石棺と蓋の隙間にさしこみ、ぐいっと力をいれた。
おそるべし狂戦士。
重い石棺の蓋が軽々ともちあがり、
ガラン!
床に転がる。
でるか?!
おれたちは、緊張して身構えた。
だが、しばらくまっても何事もおこらない。
石棺から何かが飛び出してくることもない。
「あれっ?」
おれは拍子抜けした。
サバンさんがゆっくりと石棺に近づき、中をのぞきこむ。
「ん……?」
眉をひそめた。
「なんじゃ、サブマスター?」
「うむ、まあ、見てくれ」
みんなが石棺のまわりに近づき、そして中をのぞきこむ。
「ひぃっ」
おれは、声を上げた。
石棺の中には、闇がつまっていたのだ。
例のアレか?
だが、どうも違うようだ。
あの不気味な、襲ってくる黒雲ではなく、ただ、暗いだけだ。
そうだ、バルトロメウスさんがいったな、まるで井戸みたいだって。
たしかにこうしてのぞくと、そんな感じだ。
深い深い井戸をのぞきこんだように、五角形の石棺の中は暗く、底が見えない。
「なんだこれは? 床に穴が掘ってあるのか?」
サバンさんが、腰の袋から、銅貨を一枚つまみだした。
石棺の中に放りこむ。
銅貨は、暗闇に吸いこまれ——————。
長い時間のあとに、
……チリーン……チリ……チリ……
かすかに聞こえた。
「いや、これ深すぎるだろう。どうなっているか、わかるか、ニコデムス師?」
ニコデムス師は、瞑目し、なにか詠唱をしていたが
「サブマスター、これはとんでもない代物じゃ」
そういった。
「……呪術で、空間が操作されておる。この暗闇の先は、どこかの、はるか遠い地点に接続されてるとおもわれる」
「転移魔法か?」
「ちがうな。われわれの知らない技だ。未知の方法で、直接、空間がつながっているのだ」
「いったい、どこへだ?」
「それは——」
そのとき、フローレンスさんが言った。
「その先は、
ニコデムス師がうなずく。
「ここが、五芒星城塞とつながっているからこそ、ひいおじいさまがここで」
「そうじゃ。そう考えると、いろいろと説明がつくな」
なるほど!
おれたちが以前ここに来たときに、なぜ、ハモンドさんが中にいるのに、外からお札が貼ってあるのかと話し合ったが、そういうことだったのか!
ハモンドさんは、五芒星城塞からここまで逃げてきて、そして外に出る前に力尽きたんだ……。
あとちょっとだったのに。
「となると、ここを入っていけば、五芒星城塞に」
「しかも、出口は呪いの隠し部屋——そうでないにしろ、すくなくとも、その付近に開いている」
と、とんでもないことになっているじゃないか。
ここはいったん引き返した方が。
そして陣容を整えて、万全の体制でかからないと、ダメなんでは……。
おれは思い切り腰が引けた。
ところがそのとき
……きゃあぁぁぁ……
石棺の暗闇の中から、おれの耳に、かすかな声が聞こえてきたのだ。
その声には聞き覚えがある。
聞き覚えどころの話じゃない。
「エ、エミリア?!」
あれは、エミリアの悲鳴だ!
「たいへんだ、この向こうでエミリアが!」
おれは、半分逃げかかっていたのだが、エミリアの声をきいて、石棺にとびついた。
「どうした、エミリア! おい、だいじょうぶかー?!」
叫ぶが、返事はなく
ゴオオオオオオオオッ!
帰ってきたのは、腹にひびくような魔獣の咆吼。
そして、
あああああ!
誰かの悲鳴。
これはエミリアではない。
「ケイトリン! 大丈夫か!」
ああ、この声はアマンダさんだ。
白銀の翼だ。
ゴオオオオオオオオッ!
ふたたびの咆吼。
まずい、これはまずいよ。
おれは思わず、石棺に足をかけた。
「待て、アーネストっ!」
サバンさんがおれを止める。
「お前がいってもどうにもならんぞ」
「でも、このままではエミリアが——」
「無謀なことをして、犠牲をふやすわけにはいかん」
「じゃあ、どうするんですか!」
「おれが行く」
「ええっ?」
サバンさんは、石棺をのりこえ、躊躇いなく中に飛びこんだ。
いい人なのだ。
ゲフッ!
「おわっ!」
ところが、中に飛びこんだはずのサバンさんの巨体は、頭まで入ったところで、ぴたりと止まり、石棺から吐き出されてしまった。
放り出され、床をゴロゴロ転がる。
「くそっ! もう一度だ」
ゲフッ!
「どうなってんだよ……」
何度やってもサバンさんは、入れない。
「では、わしが先導しよう」
ニコデムス師が飛びこむが
ゲボッ!
同じ事だった。
「だめじゃ……入れない……」
「ひょっとして、一方通行なのか、これは?」
ゴオオオオオオオオッ!
「
「おうっ!」」
そうしている間にも、向こう側では熾烈な戦いが続いているようだ。
「エミリアーっ!」
だめだ。今すぐ、なんとかしないと!
間に合わなくなる。
「おれも、飛びこんでみます!」
おれは、サバンさんに叫んだ。
「いや、きっと通れないだろう。それに、もし行けたとしても、お前では」
「むこうでなんともならなくても、行きますよ。おれたちは、みんなで『暁の刃』なんで。ひとりでも欠けるのはだめだから」
「「そうです!」」
と、パルノフとヌーナンも言う。
「アーネスト……お前たち……」
……ひぃいいいい……
エミリアの声だ。
「今行くぞ、エミリア!」
おれは、石棺の縁から、目をつぶってジャンプした。
「うわっ!」
いきなりどこかが引っかかって、身体がぐるりとまわり、真っ逆さまに。
そして、凄い勢いで落ちていく。
「うひゃあああ————」
「「アーネスト、おれたちも続くぞー」」
暗闇の中、後ろからパルノフとヌーナンの声がついてくる。
おう、入れた!
吐き出されない!
なぜだか知らないが、おれたち三人はここを通れるんだ。
待ってろ、エミリア、いま『暁の刃』の仲間が助けに行くぞ!
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