仇討ち
そしてあたしたちは、第五の塔を下って(上って)いったのだ。
逆さまになった階段が、下の階(塔の構造から言ったら上の階)に接続する場所まで、床(本来は天井)を歩いて進む。
ケイトリンさんが、そのスキルで下の様子をうかがい、いけそうなら飛び降りる。
さきに降りたケイトリンさんの合図で、あたしと、あたしを背負ったアマンダさん、アナベルさんが後に続く。
その繰り返し。
塔は、びっくりするくらいに空っぽだ。
あたしたちが降りて(上って)いく各階には、ほとんどなにもない。
ただ、むき出しの壁と床だけの、がらんとした空間があるばかり。
もちろんその空間には、あたしたちをジワジワとむしばむ、呪いがみちているのだが……。
次の階への階段以外なんの装飾も設備もなく、しかし、おそるべき呪いが充ちているからっぽの塔。
この塔は、まさに、あの呪いの仮面を隠し持つためだけにつくられているのだ。
あるいは、呪いの仮面を封じておくためだけに。
そのためにつぎ込まれた、とてつもない労力と、それを成した執念——いや、これは恐怖の故というべきか。
「でも……」
あたしは、疑問を口に出した。
「……いったい、呪いの仮面って、いつからここにあるんでしょうね? だれがそんな、とんでもないものを、ここに持ち込んだのか……かつての領主さまですか」
「わからない」
と、ケイトリンさんが、首を横に振る。
「ひょっとしたら、仮面の方が、
「うむ……」
と、アマンダさんが続ける。
「五芒星城塞は、辺境の護りのために築かれたといわれているが、そうではなくて、あるいは、この呪いを世に出さないために造られたのかもしれない——」
この壮大な五芒星城塞は、呪いを外部に漏らさないための呪術的な封印……。
あたしは、隠された歴史ともいうべき、あまりに想定外な話に、気が遠くなった。
「そ、そんな……」
「とにかく、公式な記録では、『仮面』や呪いにはいっさい触れられていないんだ。あるのは、すごくあいまいな言い伝えや、散逸した文書の断片や……」
そして、ケイトリンさんが、誇らしげに言う。
「オリザは、とてもそういうのに詳しくてねえ。そんな、かすかな手がかりを集めて、ずっと研究していたんだよ」
「ああ、そうだったんですね。それでいろいろと……」
「うん。オリザによると、この、五芒星城塞のあるあたりは、大昔、『ザクル・プロクリヤーチ』と呼ばれていたらしいよ。もう滅びた古い言葉で、『星に呪われた土地』という意味なんだって」
「星に……呪われた土地、ですか」
「ある日、星が堕ち、そして大地が業火に焼き尽くされたのだという、また別の言い伝えもあるそうだ」
「星が落ちる……そんなことあるんですかね」
「うーん、なにしろ、遠い遠い言い伝えだから……」
話しているうちに、次の降り口に到達。
「ん…この下も大丈夫そうだな」
あたしは、ふうふうと息を切らせながら、ケイトリンさんに聞いた。
「はあ……ここまで、ふう……まったく……はあ……魔物の
あたしは、この塔に、生き物はおろか、魔物の気配さえないことが意外だったのだ。
「ああ。それは……たぶん呪いが強すぎて、ここでは、魔物でさえ長くは存在を維持できないのかもね」
とんでもないことをサラリと言うケイトリンさん。
「こんなところに平気で棲むことができるのは、まあ、よほどのヤツだろうな」
ひいいいい……。
「そろそろ、エミリアに解呪の魔法を使ってもらった方が、よさそうだ」
と、アマンダさんが言った。
「身体が、重い」
「うむ、そうだな」
アナベルさんも言う。
「この状態で、強い敵と戦うのは……な」
あたしも、あらためて気がついた。
いつのまにか、一歩足を踏み出すのに、かなりの努力が必要になっていた。
しゃべるのにも、息が切れていた。
塔に満ちている呪いは、徐々に影響が出てくるため、気がついたときには、状態異常が進行してしまっているのだ。
なんとも、やっかいだ。
「よし、エミリア、頼むよ」
「はい」
あたしは、杖を振り上げ、解呪の魔法の詠唱を始める。
「四大よ光の網と剣もて善なるものを……」
だが、その時、
「むっ?」
ケイトリンさんが、ふりかえった。
ケイトリンさんの鋭い視線は、あたしたちが先ほど飛び降りてきた、階段の出口に向けられていた。
「なにか、来るな……」
カツン カツン カツン
静かな塔に、何者かの足音が響く。
「上から、階段をおりてくるぞ。あたしたちの後をつけてきたのか?」
いや、階段を降りてくるって、階段は上下逆さになってますけど。
あれはふつう、歩けませんよ。
気をとられ、詠唱を中断していたあたしに、アナベルさんが
「エミリア、詠唱を続けろ」
「は、はいっ!」
あたしはあわてて、詠唱を再開する。
「……忌まわしき絆をとらえ断ち切れ 解呪!」
光の網が、あたしたちを包む。
そうしている間にも、
カツン カツン カツン……
足音は近づき、足音の主が、その姿を現す。
そのものは、ごく当たり前のように、天井(本来の床)に立ち、逆さまの状態で、あたしたちをねめつける。
「うわっ、あれは——ワイト?!」
その身体は腐り、顔も半分が白骨化しているが、身にまとう高雅な紫の衣や、輝く宝飾が、この存在が、本来高貴な者のなれの果てであることを示している。
眼球が腐り落ちた両眼窩の奥には、飢えと憎しみをたたえて、赤い光が瞬いていた。
王族に属するものが、なんらかの呪いをうけて、悪霊をとりこみ変成した存在、アンデッドの上位種。
それがワイトだ。
ワイトは、生けるものの、生命力を啜り、喰らう。
ワイトに襲われた者は、知能のないアンデッドに成り果てる。
そう、あの冒険者たちのように——。
ワイトが、笑った。
唇などない。むき出しの歯が並んでいるだけの口。
それでも、確かに笑ったのだ。
そして、
ゲベッ
なにかを吐き出した。
吐き出されたそれは、あたしたちの目の前にベタリと落ちた。
赤黒く、ズタズタになった肉のかたまり。
それは、そんな状態になっても、ピクリ、ピクリと拍動していた。
心臓——かみ砕かれた、人間の心臓だ。
「こいつが、あの子らを!」
あたしの中に怒りが膨れ上がる。
「エミリア、詠唱を止めるな」
静かに、アナベルさんが言う。
そうだった。
今あたしがすることは
「光よ呪縛を断ち切るべし!」
あたしは手刀をきり、あたしたちの呪いを解く!
「ガアアアアッ!」
ワイトが動き出した。
天井を一直線に疾走し、あたしたちに向かって突進してくるワイト。
ワイトは、その両手に、それぞれ片手剣レイピアをかかげている。
細身のレイピアの切っ先は、鋭く光っていた。
レイピアを操る技を磨くことは、すべての王族に課せられた義務である。王族ならだれでも、それなりにレイピアを使えるはず。
しかし、二刀流とは。
人間であるときは、かなりの鍛錬をつんだはずだ。
そして、こんな魔物に成り果てても、その技能は生きているようだ。
いや、魔物になったことでさらに恐るべき手練れとなってしまったのではないか。
ボシュツ!
ボシュッ!
人間を越えた速さで、レイピアの切っ先が繰り出される。
人には、避けることあたわず。
だが、こちらには、アナベルさんとアマンダさんがいる。
「白銀の翼」の両翼が。
この人たちもまた、常人ではない。
ガイン!
呪いの状態異常を解かれ、能力全開となった二人は、並び立ち、まるで一人の人間のように、それぞれの刃を振るい、ワイトのレイピアをはじき返した!
こちらも言ってみれば二刀流である。
「ゲァッ?!」
戸惑うワイト。
しかし、それも一瞬で、再び二刀流のレイピアをたてつづけに閃かせ、二人の急所を切り裂かんとする。
ガイン! ガイン! ガイン!
白銀の翼はそのすべての攻撃を跳ね返し、ついに、
ギンッ!
アンバランサーの調整した宝剣が、ワイトのレイピアを根元から切断した。
「いまだ、ケイトリン、やれっ!」
「おうっ!」
いつの間にか、ケイトリンさんがワイトの死角に回っていたのだ。
これが、
「このクソ野郎、塵に還れ!!」
ケイトリンさんは、かかげたヴァルサーの鍵を、ワイトの背後から思いきり突き立てた!
ギェエエエエエ!!
ワイトは、絶叫を上げると、背中からヴァルサーの鍵を生やしたまま、ばったりと前に倒れた。
グズグズとその身体が崩れていく。
さすが、ヴァルサーの鍵である。
ワイトから憑きものを祓い、本来の姿に戻したようだ。
ワイトの手から離れたレイピアが、ころころと転がっていき、壁にぶつかって止まった。
「やれやれ、これで、あの駆け出したちの仇はとれたかな……」
ケイトリンさんが、そう言って、ワイトの残骸から、ヴァルサーの鍵を回収しようと手を伸ばした。
その瞬間
バフンっ!
「うわっ?」
ワイトの残骸が、まるで意趣返しのように破裂し、もうもうと舞い上がった黒い塵がケイトリンさんを包む。
「ああ……やられた……」
ケイトリンさんが情けない顔をした。
「呪われた……ああ……力が……抜ける……」
がくりと膝をつく。
「油断大敵だな、ケイトリン」
アマンダさんが面白そうに言う。
「ハハハ……」
力なく笑うケイトリンさん。
もちろん、すぐに、あたしの解呪の魔法をかけてあげました。
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