第五の塔――扉は警告する。

 あたしたちは、ヴァルサーの鍵に導かれて、五芒星城塞の地下深くに張りめぐらされていた秘密の通路を通り、終点の大広間に到達した。

 あたしたちの目の前にそびえるのは、巨大な金属の扉。

 青い光沢を放つ、その扉は、岩壁にぴったりとはめ込まれた、どこにも継ぎ目のない一枚板だった。


「これが、第五の塔の入り口……」


 それにしても異様だ。

 扉の左右の端には、守護獣とおもわれる魔獣の姿が彫りこまれているが、魔獣の頭部とおぼしきものが下に、脚部と思われる部分が上に描かれている。

 よく見ると、そのほかの装飾も、その絵柄から見て天地が逆のようだ。

 これは、彫刻が逆に彫られているのではなく、扉自体の上下が逆なのだ。

 ということは、やはり、第五の塔は、地下に向けて、文字通り逆さまに建てられているのだろう。


 でも、なんのためにわざわざそんなことを?


 財宝を隠すためだけだったら、要は秘密の地下室を造ればいいでのあって、ごていねいに彫刻まで逆さにして、逆向きの建築をする意味はないと思うのだけど……。

 あたしのそんな疑問を察したように、ケイトリンさんが言った。


「呪術的に、この構造が必要とされたんだね、きっと」

「呪術的な……?」

「そうだ。これは強力な呪術的封印だよ」


 ケイトリンさんはニヤリと笑いながら


「魔導師のエミリアに、偉そうに解説するなんてね。実はこれは、オリザの受け売りなんだけど……本来、上に向かって建てるものを、細部も含めて、いっさいを逆向きにすることで、力の方向を変えたんだ。それほどのことをしなければ、封じこめることの難しい何かがここにある……」

「それは、つまり……」

「そのとおりだよ、エミリア」

「呪いの……蒼仮面……」


 あたしがその名を口にした途端に、まるであたしの言葉に反応したかのように、それまで扉の上を、当てもなく這いずるように動き回っていた怪しげな古代文字が、すばやく移動してきて、あたしたちの正面に整列した。

 もちろん、あたしなんか見たこともない文字であり、読めるはずもない。

 しかし、読めるはずもないその文字から、あたしの頭の中に直接、意味が形成された。

 それは――


「汝、この塔に立ち入ることなか

 その呪いは、人の力、およぶことあたわず

 しもべたる黒き腐れの獣

 あるじたる蒼き呪いの仮面

 ふれるべからず

 聞くべからず

 見るべからず

 ここに立つものよ、構えて扉を開けること勿れ

 さもなくば、汝の魂、ことごとく呪いに喰らわれて果つ――」


「うわあ……」


 あたしは、伝達されてきた内容に、背中がぞくりとした。

 それは、この扉を閉じた者からの強烈な警告だった。

 あたしたちは、だまってしばらく、その文字をみつめていた。

 やがて、文字は、また動き出し、ずるずると扉の表面を這いずっていった。

 ケイトリンさんが


「まあ……いいたいことは、よおくわかったけどね」


 と、苦笑し、


「だからって、ここで、ひきかえすわけには、ねえ。そうだろ、みんな」


 あたしたちに声をかける。


「われわれは、もとより、覚悟はできている。ただ、エミリア……」


 と、アマンダさんが、あたしを見た。

 アマンダさん、ご心配なく。


「……大丈夫です。あたしも、こうしている今は『白銀の翼』なんですから。アマンダさん、行きましょう」


 あたしは答えた。

 せいいっぱいの勇気かもしれないけど。

 アマンダさんがうなずき、それ以上は聞かない。


「で、この扉はどうやって開けるんでしょうか……」


 とてもこんなものが動いて、通れるようになるとは思えない。

 蝶番のようなものもなく、ただぴったりと岩壁にはまっているだけだ。

 開くような継ぎ目もない。

 アナベルさんが、扉に近づいて、その手を近づけると


  バジッ!


「うっ!」


 扉と近づけた手の間に、閃光がきらめき、アナベルさんの手はつよくはじかれた。


「ふう……」


 アナベルさんは、はじかれた手を二度三度と振った。

 しびれたようだ。


「扉自体に、かなりの呪力がこめられているんだ。そのままでは、触ることもできない……エミリア、解呪の魔法を使ってくれ」


 ケイトリンさんが、あたしに言う。


「扉に向けて、解呪の網を。その全体を覆うように頼む」

「はい」


 あたしは、魔法を詠唱する。


「四大よ光の網と剣もて善なるものを縛る忌まわしき絆をとらえ断ち切れ 解呪!」


 詠唱によって生じた光の網が、大きく広がって、扉全体にかかった。

 すると、古代文字に変化が生じた。

 扉の全面をあちこちと彷徨っていた文字が、扉の中心部、やや左寄りに集結し、縦長の長方形の輪郭をつくるように並び始めたのだ。


 「よし、あそこだな」


 ケイトリンさんが、ヴァルサーの鍵を手に、近づいていく。


  ヴヴヴヴヴヴ……


 すると、ヴァルサーの鍵の先端、匙のようになった部分の周囲に突き出ているギザギザが、ゆっくりと回り始めた。

 ケイトリンさんが、回転するギザギザの部分を、整列した文字に近づける。

 回転するヴァルサーの鍵は、扉がまるで柔らかい砂でもあるかのように、その表面に潜りこんだ。

 ケイトリンさんは、柄まで潜りこんだヴァルサーの鍵を、整列した文字がつくるラインに沿って、うごかしていった。

 その動きにつれて、扉の金属が切り開かれていくようだった。

 やがてヴァルサーの鍵が、長方形の四辺を一周し、切れ目がつながった。


「これで……いけるだろう」


 ケイトリンさんが、ヴァルサーの鍵を引くと、造られた長方形の部分が、縦の一辺を軸にしてこちら側に回転し、そこに、人一人が通れるほどの大きさの入り口が開いた。


「よし、通路が開いたぞ。ここから入れる」


 そういって、中をのぞきこむ。

 あたしは、すかさず、灯火の魔法、日輪の燭台をとなえて、ケイトリンさんを補助する。


「……ん……? そうか」

「どうした、ケイトリン」

「とりあえず、この向こうの空間に、今のところ敵対するものはいない。ただ、アマンダ、またエミリアを負ぶって入った方がいいな」

「そうか?」

「ちょっと段差があるんだ」

「わかった」

「行くぞ」


 ケイトリンさんは、ぽんと中にとびこむ。

 あたしを背負ったアマンダさんも続く。


「ああ、なるほど」


 と、落下しながらアマンダさんが言った。

 扉の向こう、第五の塔の第一階層の床は、大広間の床より数メイグ下にあったのだ。

 これぐらいの高さは、アマンダさんにとってはなにほどのこともない。

 あたしを背負ったまま、とん、と着地する。

 その横に、続いてアナベルさんも飛び降りてきた。

 見上げる位置に、今、あたしたちが通ってきた長方形の通路が見えたが、全員が通り終わってすぐに、また元通りにとじてしまった。


(なんか、これ、進むたびに帰り道がなくなっていくような気がするんだけど……)


 あたしたち、どうやって帰るんでしょうか。


 今、あたしたちは、円形の大きなホールのような場所にいた。

 平らな床はゆるやかに湾曲して、中央部でくぼんでいた。


「それにしても、扉との、この段差はいったい――?」


 頭上を見上げ、すぐにその理由に思い当たった。


「逆さま……だからだ」


 あたしたちの頭の上、ホールの天井には、居並ぶいくつもの彫像や、棚、テーブルや椅子らしいものが、逆さまに固定されていたのだ。

 そう、第五の塔は、完全に上下を逆にして建築されている。

 したがって、あたしたちが今立っているのは、実は、第五の塔の、基底層の天井なのだ。

 あたしたちの頭上、感覚的にはこのホールの天井に思えるところが、実は、この塔の床なのだった。

 扉は当然、階層の床の方にそろえてしつらえてあるわけだから、扉の上部から天井までの距離が、この段差になるわけだ。

 ああややこしい。

 幾つかの彫像は、この歳月で固定が緩んだのだろうか、床に(本来の天井部に)落下し、砕けていた。

 そして、ホールの隅には階段があった。

 塔の第二層に上るための階段だが、しかし、その階段も、逆向きとなり、裏返しに段を下にむけて、上から下に向けてつくられている。

 あたしたちにとっては、まったく役に立たない。

 階段は、床、つまり本来の天井を突き抜けて、第二層に向かっていた。

 その先も、おそらく逆さまに続いているのだろう。


「ヤモリみたいに、逆さまに歩くわけにもいかないから……まあ、さっきみたいに、どんどん飛び降りていくしかないねえ」


 と、ケイトリンさんが言う。

 そして、第二層への降り口(上り口)に向かって歩き出すあたしたちを、かすかな異変がおそうのだった。

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