古墳の壁画が告げる。

「さあ、開けるぞ」


 サバンさんが、古墳の扉を封じていたお札に手を伸ばす。

 すると、


「ギャギャギャーッ!」

「うわぁおぅっ!」


 森のどこかから大きな叫び声がきこえ、おれは腰をぬかしそうになった。


「でっ、出たっ!!」

「だからアーネスト、鳥の鳴き声だって。おまえ、学習しろよ」


 あきれたようにヌーナンが言う。

 そんなおれをジロリと横目でみて、サバンさんは、あっさりお札を剥がした。

 お札がとれたとたんに、それまで一枚の板のようであった青銅の扉の中央に、縦の分割線が出現した。

 魔封じが解けて、扉が扉にもどったのだ。


「おうっ」


 サバンさんは、たくましい両腕で、扉の両側にある取っ手を掴み、ぐいっと力をこめて引いた。

 軋みながらも扉は開き、そしておれたちの目の前に、あの暗い羨道が現れた。

 ニコデムス魔導師が、さっと杖をかざし、魔法の灯りをともす。

 頭上に浮かんだ光の球が、羨道を奥まで照らし出す。

 前回おれたちは、頼りない松明のあかりだったが、やはり魔法使いがいるとちがう。

 サバンさんが、片手で持った大剣を担ぐようにして、羨道に踏みこんだ。

 一同、そのあとに続く。

 羨道のなめらかな白い壁面には、前の時とおなじように、壁画がきざまれている。

 前の時と同じ?

 いや、ちがうぞ、これは!


「ん、どうした、アーネスト?」


 おれが壁画の前で動かないのに気づいて、サバンさんが聞いてきた。


「この壁の絵なんですが……」


 おれは報告する。


「おれたちが、前見たときと、絵が変わってるんです!」

「壁画が変わったってのか?」

「ほう、そのようなことが……?」


 とニコデムス師が興味深げにつぶやく。


「それで、どう変わってるんだ?」


 サバンさんに聞かれ


「この壁画は、絵物語みたいになっているんですよ。前回は、おれたちがここに到着して、中に入って行くいきさつが順に書いてあったんですが、今描いてあるのは――おれたちの事じゃなさそうで……ええと、次は?」


 壁画をみていったおれは、思わず、声をあげた。


「あっ、ちょっとこれは!」

「なんだ?」


 前回おれたちが見た壁画は、三人の、とてもかっこよくて、優秀そうな冒険者(ハハハ、つまりおれたちのことだが、な)が、油断なく古墳の前に立っているところから始まっていたのだが、新しい壁画の舞台は、どうもこの古墳ではなさそうだ。

 なにか大きな城のような石垣を前にして、四人の冒険者らしい人物が立っている。

 四人は、後ろ姿で描かれているが、そのうち二人は背が高く、髪の長い女性のようだ。一人は性別はよくわからないが小柄な人物で、あとひとり、杖をもった魔導師らしいのもいる。

 次の場面では、髪の長い冒険者が、杖をもった魔導師を背負って、宙に浮いており、そのすぐ下では、ギョロリとした目玉の魔物が、二人を捕えんと、うねうねした触手をのばしていた。

 ん、この魔物には見覚えがあるぞ。

 いや、見覚えがあるどころの話ではない。

 こいつは、おれがちょっと前に、ドブさらいをして喰われそうになった、水棲の凶暴な魔獣ハーヴグーヴァだ。

 そして、髪の長い冒険者に背負われた、若い女魔導師。

 その横顔が――。


「おい、エミリアじゃないか、これ!」


 となると、二人の髪の長い女性と、小柄なもう一人は。

 つまり、アマンダさん、アナベルさん、そしてケイトリンさん。

 これは『白銀の翼』だ!


「エミリア、お前、なにやってるんだよ! だいじょうぶなのか!? たいへんなことになってるんじゃないのか?」


 おれはとてもとても不安になった。


「この城は――」


 と、最初の絵をみたフローレンスさんが言った。


五芒星城塞ペンタゴーノンだと思いますね」

「ああ、やっぱり」


 おれはあわてて、次の絵を見た。

 その絵では、ジャングルを突き抜けてそびえ立つ塔を、四人が見上げているところが描かれていた。


「ふう、良かった。ちゃんと四人そろってる……」


 おれはそれを見て、ほっとした。

 とりあえず、エミリアは、ハーヴグーヴァにやられずにすんだようだ。

 まあ、よく考えると絵の通りになるとも限らないのだが、それでもおれは、エミリアがひどい目に遭っている姿を見たくなかった。たとえ絵としてもだ。


「へんだな……」


 とサバンさんがその絵を見て言った。


「この絵に描かれているのが、五芒星城塞なら、今のあそこには、こんな塔はないぞ」

「たしかに、そうですね」


 とフローレンスさん。


「ひいおじいさまの頃には、まだ、かろうじて倒れずに残っていた塔もあったようですが……」

「うむ、その後すべてが倒れてしまい、今はひとつも塔は残っていないはずだ」

「おおっ、この小柄な娘が手にしているのは、ヴァルサーの鍵だな」


 と、バルトロメウスさんが指摘する。


「うむ、まさにヴェルサリウスの匙じゃ」


 ニコデムス師がうなずく。


「この娘たち、よく手に入れたものだ……まあ、確かに、ヴェルサリウスの匙があれば、たいていの呪いはなんとかなるからな。悪くない考えじゃな」


 おれたちは、壁画を前にして、意見を交わす。


「それにしても、いったい、この壁画はなんなのか……侵入者に反応して、変化するようだが。その場の状況を映し出す働きがあるのだろうか……」

「でもどうして、今ここの、わたしたちではなく、遠い五芒星城塞の様子が表れているのでしょうか」


 フローレンスさんが首をひねる。

 次の絵では、地下道のようなところを進んでいく四人。

 その四人を、暗がりから見つめている一つの顔。

 その異形の顔は、瞳が縦になって、眼球から飛び出しているのが不気味だ。


「ああっ! たいへんだ!」


 その次の絵をみたおれは、大声を上げてしまった。

 その絵では、なにか黒く大きな化け物が立ち塞がり、エミリアたちがそれと戦っているのだが、アマンダさんかアナベルさんのどちらかは分からないが、女戦士の一人は凍りついたように手を伸ばしたまま倒れている。もう一人は、膝をつき、剣を支えにたちあがろうと苦闘しているところだ。すみっこでうずくまっているのがケイトリンさんだろう。そして、エミリアがただ一人、杖を構えて、健気にも何かの魔法を使おうとしていた。

 これはどう考えても負けいくさじゃないか……。

 そして、壁画はそこで終わっているのだった。


「ああ……エミリア、お前……」


 おれは悲痛にうめいた。


「ま、まあ、かならずしも、絵の通りになるわけでもないぞ、アーネスト」


 とパルノフが言う。


「そうだ! 前の時も、絵ではおれたち骸骨になってたけど、こうしてみんな生きてるじゃないか!」


 ヌーナンも言う。


「そ、それもそうだな。そうだといいな」


 おれは自分に言い聞かせるが、不安の黒い雲は消えない。

 しかし、助けに行こうにも、エミリアがいるのは、ここからはるか離れた五芒星城塞なのだ。

 おれたちでは、なんともならない。


「ともあれ、今、ここで、できることをするしかない。おまえたち、先に進むぞ」


 サバンさんが活を入れるように言った。


「「「はい」」」


 そして、おれたちは羨道を奥まですすんでいく。

 玄室の扉の前に見えるのは、前のめりに身体を折り曲げている、首のない遺体。


「あの、あそこに、へたばっていらっしゃるのが――」


 おれが言うより早く


「ひいおじいさま!」

「おおぅ、グレアム!」


 フローレンスさんと、バルトロメウスさんが駆けよる。


「ひいおじいさま、おいたわしや……」

「ああ、こんなことになるなんてなあ……おや?」


 バルトロメウスさんが言った。


「見ろ、フローレンス、ここだ」

「あっ!」


 おれたちも、ハモンドさんの遺体のそばにいく。


「見てください、ここを」


 フローレンスさんは、ハモンドさんの遺体の腿のあたりを指し示した。

 時間の経過でだいぶ痛んではいたが、それでも、ハモンドさんの穿いているズボンの革皮に、黒く文字が書きこまれているのが見えた。


「これは、ひいおじいさまの筆跡です。いまわのきわに書かれたのでは……」

「なんて……書いてあるんだ?

「はい――」


 フローレンスさんが、文字を読んだ。


「ああ……なんてこと……」


 フローレンスさんは絶句し、しかし気を取り直して、言った。


「……こう書いてあります。


 ――隠し部屋にたどり着いた。

   あの仮面は、やはりそこにあった。

   ああ、しかし……この呪いの強さは異常だ。

   これは、この世界のものではないのかもしれない。

   ヴァルサーの鍵でも太刀打ちできなかった。

   憶えてきた解呪の魔法もだめだった。

   ただ、逃げるしかできなかった。

   ここはどこなのだ。

   もはや、これまでか――。

   はたして、あの呪いに対抗できる力なぞ、この地上にあるのか?

   こんなことになってしまって、すまん、みんな……


 そこから先は、家族の名前です……」

「わしの名もあるのう……ぐうぅ、ハモンドぉ!」


 バルトロメウスさんが、涙ぐんだ。

 おれも思わずもらい泣きしたが、いや、まてよ!

 ヴァルサーの鍵では太刀打ちできない……って。

 解呪の魔法がだめって。

 エミリア、ど、どうするんだよ!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る