ヴァルサーの鍵が導く。

 縦穴の壁を跳躍し移動する途中の、無防備なケイトリンさんを狙って、魚妖の群れが滝を遡ってきたのだが、ライラさま直伝の、あたしの魔法、が炸裂、魚妖は一掃されたのだった。

 無事に開口部に到達したケイトリンさんが、あたしたちに向けて、ミスリルの鎖をつないだ暗器を投擲する。

 暗器は、風を切り、あたしたちの背後の石壁に、サクリ、深く突き刺さった。

 アマンダさんが片手でその鎖をつかみ、ぐいっと引いてみる。

 石に深く潜りこんだ暗器は微動だにせず、しっかりと固定されている。

 向こうでは、ケイトリンさんが、鎖の反対の端を固定した。

 これで、あたしたちの間には、頑丈なミスリルの鎖が張り渡された。


「よし、いこうか」


 アマンダさんは、あたしを背負って軽やかに跳躍し、鎖の上に立つ。

 ふたりの重みがかかり、鎖はわずかに沈んで、ぎしり、ぎしりと揺れた。

 しかし、超絶のバランス感覚と、鋼のような度胸を持つアマンダさんは、まったく動じることなく、一本の線でしかない細い鎖の上を、スタスタと歩いて、あっというまに渡りきってしまった。

 続いてアナベルさんは、鎖の上に剣のつかを乗せ、挟むように両手でぶら下がり、高低差をつかって一気に滑り降りて、あたしたちの横に立つ。

 全員が渡り終わった後、ケイトリンさんが軽く鎖をひくと、石壁にあれほど深く食いこんでいたはずの暗器はするりと抜けて外れ、たちまち手元に戻ってくるのだった。つくづく、便利な道具である。


「エミリア、ありがと。助かったよ」


 と、ケイトリンさんが言うが、たぶん、あたしのあんな助けなんかなくても、この人たちなら、なんとかしてしまうのだろうと思う。

 でも、せっかくこうして仲間として連れてきてもらっているんだから、少しでも、できることはしたいよね!

 それに——今は、実力はさておき、あたしがこのパーティ『白銀の翼』の魔導師なんだから。

 パーティの中での、魔導師としての役割をきちんと果たしたいんだ。

 そうしないと、あたしは魔導師のはしくれとして、魔導師オリザさんに申し訳ないじゃない?

 会ったことないオリザさんが、どんな人かは知らないけれど、この人たちといっしょに冒険をしているんだから、きっとすごい魔導師で、ステキな人なんだろうなあ。


 ——などと考えていると、アマンダさんが


「エミリアは、工夫に優れたところがいいね。応用が利くというか……。冒険者として生き残るには、大事な素質だよ……ますます、エミリアを『白銀の翼』にほしくなったなあ……」

「はあ……」


 アマンダさんはそんなふうに褒めてくれるけど、まあ、ようするに、全員で無い知恵を絞って工夫をしないと、あたしたち「暁の刃」は、実力がないから、なんともならなかったってことなんですけどね。

 ああ、アーネスト、ヌーナン、パルノフ、あたしがいなくて、みんな無事にやってるのかなあ?

 例によって、とんでもないことになってないといいけどね。



 あたしたちが今いるのは、きちんとした石組みの壁をもった、地下道だった。


「先に進むよ」


 ケイトリンさんが一歩踏み出す。

 とたんに、ポッと、通路に沿って一列に、橙色の灯りがともった。

 人を感知すると、自動的に魔法の灯りがともるようになっているようだ。

 これほどの歳月が経っても、その仕組みは維持されていたのだ。

 一見したところ、通路には崩落したような箇所もなく、この地下道は、在りし日の五芒星城塞そのままに存在しているのだった。

 通路は、五芒星城塞の地下を、縦横につないでいるのだろう。

 進んでいくと、十字路にでた。

 右、左、前、どの方向にも通路はまっすぐに続いており、そのたたずまいに違いがない。

 どちらへ進めばいいのか。

 ケイトリンさんが、ヴァルサーの鍵を、掌に載せた。

 ヴァルサーの鍵は、ケイトリンさんの手の上で、青い輝きを放っている。

 ケイトリンさんは、その手をゆっくり、水平に動かしていく。


 ブルルッ


 ケイトリンさんがその手を左の通路に向けたとき、ヴァルサーの鍵が、生きているかのように震えた。


「うん、わかった」


 そうやって、分かれ道に出るたびに、ヴァルサーの鍵が方向を示す。

 鍵は、その魔力によって、第五の塔へと続く道を教えてくれるのだった。

 あたしたちは黙々と歩いた。

 この地下通路には、まったく魔物の気配がないのが、逆に不気味で、警戒をかきたてる。

 そしてついに、鍵に導かれてあたしたちは、地下通路の終点にたどりつく。

 そこでは、天井が大きくその高さを増し、通路も幅を広げ、ひとつの大広間を形成していた。

 広間の正面には、石壁にはめ込まれた、巨大な金属の扉があった。

 扉の表面には、怪しげな象形文字が彫り込まれ、そしてその文字は、見ている間にもうねうねと動き、形を変えていく。

 おそらくあれは、なにかの呪文だ。

 扉が呪文を唱え続けているのだ。

 なんのためか。

 外からの侵入を防ぐため?

 それとも、中にあるものが逃げ出すのを防ぐため?

 第五の塔の門。

 いずれにせよ、とんでもない危険のにおいしかしない……。

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