直伝の魔法
「本来は、城塞の建物の地下から、第五の塔に続く通路があったと思うんだ……」
と、ケイトリンさんが言う。
ヴァルサーの鍵に反応して、夜の闇にそびえ立つ第五の塔の幻をみた、翌日。
あたしたちは、石畳が陥没してできた、深い穴の縁に立っていた。
折れた塔から噴き出した水が、滝となって降り注ぎ、滔々と穴の中に流れこんでいる。
「でも、今に残る城塞の地下部分は、大半が崩れてしまい、土砂や瓦礫に覆われた状態になっているんだ。もともとの入り口を発見するのは、かなりの困難を伴うだろう。そこで、これだよ」
ケイトリンさんは、穴を指し示す。
「ここから地下に潜って、第五の塔の入り口を探すのが良いと思う」
「まさか、この水に飛びこむんですか?」
「それでも良いが……」
その言葉に、あたしが不安そうな顔をしたのをみて、にやりと笑いながら
「他の手がありそうだ。近づいて、みてごらん」
うながされ、さらに縁に近づいて、のぞきこむ。
「うぅ、深い……」
穴は、予想外に深くまで垂直に続いていた。途中から先は光が届かず、底が見えない。
しかし、穴が最上部まで完全に水で充填されてしまっているわけではなかった。
流れ落ちる水と、穴の壁面との間には、穴の直径の半分くらいの空間があったのだ。
穴の壁面は、苔に覆われた、垂直な石組みの壁になっていた。むき出しになった城塞の基礎部分なのかもしれない。
そして、その壁の途中に、城塞内の巨木のものだろう、一本の太い根が、石組みを突き破って飛び出していた。巨木の根は壁からテラスのように張り出し、壁に沿って、枝分かれしながら、うねうねと下にのび、その先は闇にのみこまれている。
「ちょうどいいね、あれを伝っていけば、なんとか下りられそうだよ」
「そ、そうなんですか……」
「うん、まずは、あの根っこが、壁から飛び出したところまで下りよう」
といっても、あたしたちが立っているここから、その根まで、十数メイグはゆうにありそうだ。
「ほら、エミリア、あんたもこれを羽織って」
ケイトリンさんが、フードのついた雨よけの外套マントを手渡してくれた。
その表面には水をはじく魔法がかけられている。
あたしは外套を身にまとい、フードもかぶる。
「で、どうやってあそこまで」
「うん、こうやって」
ケイトリンさんは、その場から、穴に向かってぽんと飛び出した。
「あっ?!」
ケイトリンさんの小柄な身体が、くるり、くるりと回転して、落下する。
その足が穴の壁をトン、と蹴って方向をかえ、身体の向きを垂直にしたかと思うと、張り出した根の上に、すたっと着地した。
油断なくその位置からあたりをみまわして、危険がないか探っている。
表情をゆるめ、うなずいた。
あたしたちに、手を上げる。
大丈夫なようだ。
「よし、じゃあ行こうか、エミリア」
アマンダさんが、しゃがんであたしに背中を向けた。
「はい……」
あたしは、半月堡のときのように、アマンダさんの背中におぶさった。
「……すみません」
「しっかり掴まって。いいかな?」
「はい」
「では——」
アマンダさんも、ケイトリンさんのように、穴に向けて躊躇いなく足を踏み出す。
「ひゃああああ」
あたしを背負ったアマンダさんが、その髪をなびかせながら、縦穴を落下する。
みるみる根っこのテラスが近づく。
「エミリア、
アマンダさんが、落ち着いた声で言った。
「は、はいっ!」
着地寸前に、あたしが詠唱した風螺旋の魔法が、あたしたちを浮かせ、アマンダさんはあたしごと、一回転すると、ケイトリンさんの横に、ふわりと着地した。
あたしは、あたしの魔法にたいするアマンダさんの信頼に、ちょっと焦ってしまったのだけど。
「うーん、エミリアは魔法制御の腕が上がってきたんじゃないか?」
ケイトリンさんが言う。
「そ、そうでしょうか?」
あたしは照れた。
見上げると、アナベルさんが後に続いて、下りてくるところだった。
「むっ!」
アナベルさんは、石壁に剣を突き立てる。
そして、片手でそれにぶら下がった。
アナベルさんの体重がかかった剣は、石壁を易々と切り裂いてゆき、剣にぶら下がったアナベルさんも、それにつれて滑らかに下ってくるのだった。
剣は切れ味も自由に調整できるようで(そもそも石壁を簡単に切ってしまうのもおかしいのだが)テラスが近づくと、切り裂く速度をゆるめることさえできた。
アンバランサーの調整した神剣のなせるわざだ。
こうして、あたしたちは全員、穴の中の、樹根のテラスにたどりついた。
「エミリア、灯りを」
アマンダさんから指示がとぶ。
「はいっ」
あたしは張り切って詠唱する。
「精霊の灯よ欠けたる太陽の刻も我らを行かしめよ 日輪の灯台!」
詠唱に応え、あたしたちの頭上に、光球が出現した。
魔法の光が穴の中を照らし出す。
「どこまで深いの……」
はるか下方に、かろうじて水面がみえた。
なだれ落ちる水が、水面をゆらし、そこに映った光球のかげが、激しく揺れている。
「あそこに、通路のようなものがあるな」
ケイトリンさんが、めざとく指摘する。
見ると、いまあたしたちがいる場所から、さらに十数メイグ下ったあたりの、反対側の壁に、四角い開口部があった。
開口部は、頭上から滝のように流れ落ちてくる水に、半分ほどが隠されていて、注意深くみなければわからない。
さすがアサシンの属性をもつケイトリンさんの目は確かだ。
「ふむ、方角も悪くない。あそこから入ろう」
「わかった」
あたしたちは、テラスからうねうねと延びている根にはりつき、さらに下っていった。
根はいくつもに分岐して絡み合い、伝っておりていくには便利だった。
もちろんあたしは、その間、またアマンダさんの背中にしがみついていたわけですが。
「よし、このへんでいいだろう」
開口部の高さにちかづいてきたところで、ケイトリンさんがそういい、
「よっと!」
それまでぶら下がっていた根から、壁にとびつく。
素早い動きで、一瞬も止まらず、内壁を垂直に飛びうつりながら、ぐるっと回って開口部に近づいていく。
だが——。
まさにその時。
「むっ?!」
アマンダさんが警戒の声をあげた。
穴の底で、水面が沸き立った。
そして、なにかが、流れ落ちる水の中を、もの凄いいきおいで遡ってくるのが見えた。
よくわからないが、銀色をした、ひれのある何かだ。
魚妖か?
一匹ではない。
魚妖は、水の底から次々と現れ、身体をくねらせながら上昇し、ケイトリンさんに殺到しようとしている。
「ケイトリンさん!」
あたしは、アマンダさんの背中にしがみついたまま身体をひねり、杖をふるって
「四大よ高き低き陰陽の極をなせ! いれくとろきゅーと!」
ライラさま直伝の魔法を放った!
魔法が直撃したのは、ケイトリンさんを狙う銀色の魚妖そのものではなく、その上部の流水だった。
直撃部から発生した波動が、パチパチ音を立てる青白い帯となって、さあっと下につたわっていく。
ギクン!
ギクン!
ギクン!
ギクン!
波動にふれた妖物は、はじかれたように、硬直していっせいに水面からとびだし、そのままビクビク痙攣しながら縦穴を落下していった。
「もし相手が水の中にいたら、こんなのもいいかもね」
と、あたしにこの魔法を教えてくれるとき、ライラさまは言ったのだ。
「たいていのヤツは、これをくらうと、しびれて動けなくなるよ」
「いれくとろきゅーとなんて、はじめて聞きますが、いったい、どういう原理の魔法なんですか」
あたしが質問すると、ライラさまはちょっと困った顔をして
「ええと……ユウさんに聞いたんだけど、なにか、でんあつさを作って、かんでんさせるとかなんとか……デンキウナギがどうこうとか……まあ、いつものことだけど、ユウさんの言うことは、サッパリわからなかった」
「えっ、これって、アンバランサーさまの魔法なんですか」
驚いて聞くと、
「んー。発案はユウさんかな……」
ライラさまはいった。
「ユウさんが、あたしたちの雷魔法を見ていて、あれをこうしたら、こんなふうなことできない? とかいうから、言われたように、いろいろ試してみたらできたのよね。……とにかく、びりびりくるというか……あんまり魔力を使わないですむわりに、有効範囲がひろいから、憶えておいて損はないわよ」
「はい、なんだか、すごいです。よくわからないけど」
「あっ、そうだ。この魔法ね、とても大切な注意点が一つあるのね」
「なんですか」
「使うとき、自分はゼッタイに水の中に入ってちゃダメよ。そうすると」
「そうすると?」
「問答無用で、自分にもかかっちゃうからね、ビリビリってね」
「……こわいですね」
そんなふうに、教えていただいた魔法なのだけれど。
ライラさま、あのとき教えていただいた魔法、役に立ちました!
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