エミリアの考察


「グレアム・ハモンド……そうか……そうだろうな」


 ケイトリンさんから、その名を聞いて、アマンダさんが、つぶやいた。


「アマンダさんは、ご存じなんですか、その人を」


 あたしが聞くと、


「グレアム・ハモンドは、有名な魔道具ハンターだよ」

「そうか、魔道具ハンターが、ここに来たってことなんですね。それで、そのハモンドさんは、お宝を見つけて帰ったんですか? そんなに高名な魔道具ハンターなら、きっと」

「いや……」


 と、アマンダさんは首を横に振った。


「ハモンドは、今も行方知れずなんだ」

「ええっ?!」

「ハモンドは宝を求めて、この五芒星城塞ペンタゴーノンに入り、それきり消息を絶った。百十二年まえのことだ……」


 あたしは衝撃をうけた。


「そして、魔道具ハンター、グレアム・ハモンドが、この五芒星城塞で手に入れようとしていたものこそ」

「まさか」


 あたしは、その不吉な名を口に出す。


「呪いの……蒼仮面?」

「そうだ。彼も、わたしたちと同じものを見つけようとしていたんだ」


 あたしたちは、ケイトリンさんに近寄って、今は天井となっている壁を見上げた。

 石の壁に、なにかで刻まれた文字が、光っている。

 角張った、特徴のある書体。

 あれが、百十二年前の、魔道具ハンター・グレアム・ハモンドの筆跡なのだ。

 そこには、こう記されていた。


 ――我、輝ける第五の塔を見たり。

 明日、仮面を求め、塔に下る。

 う゛ぁるさーの鍵よ、我を正しく導き給え。


     グレアム・ハモンド ここに記す


「ふむ、やはりな」

「予想通りだね」

「ん……」


『白銀の翼』の面々は、ハモンドさんのメッセージを読んで、納得し合っている。


「エミリア」


 と、アマンダさんが言った。


「どうだい、分かるかい」

「うーん」


 三人は、じっとあたしを見て、答えを待っている。

 あたしは、いっしょうけんめい考えた。

 そして、一つの考えに至る。


 うん、これは多分……


「さあ、考えたことを、言ってみて」


 アマンダさんにうながされて、


「あの……」


 あたしは口を開いた。


「ただの思いつきなのですが……」

「うん」

「まず、五番目の塔は、確かに実在するということですよね」

「そうだ」

「ハモンドさんは、それを見た、と言っています」

「見えたんだろうね、たしかに」


 あたしは指摘する。


「気になるのは、ここ。『仮面を求めて、塔に下る』と」

「ふむ、それはどうしてかな?」

「塔って、上るものですよね、ふつう」

「まあ、そうだ」

「それをわざわざ、『塔に下る』といっているということは――」

「うん、ということは?」


 ケイトリンさんが先をうながす。


「その塔に関しては、下ることが上ることになるということ。つまり」

「つまり?」


 あたしは、あたしなりの推測を言ってみた。


「塔は、地下深くにある。そして、おそらく、上下逆向きに建てられているのでは――」


 ケイトリンさんが、にやりと笑った。


「エミリア、いいね。あんたはやっぱりいい」

「でも、わからないんですよ。地下にあるはずの塔を、どうしてハモンドさんは見ることができたのか」

「ふんふん」

「それから、ヴァルサーの鍵とはなんなのか」

「ああ、エミリアが、それを知らなくても無理はないな」


 ケイトリンさんはそう言って、腰の隠し袋を探った。

 そして、そこから、金属の光沢を放つものを取りだした。

 それが袋から外にでた途端に、壁に刻まれたハモンドさんの文字が、その光をいっそう強めるのが分かった。


「エミリア、ほら、これだよ」


 ケイトリンさんが取り出したものは、青い金属でできた、長い柄のついた匙のような形をしたものだった。

 匙の部分は、日輪の象徴のように、周囲がギザギザになっていた。


「これが、ヴァルサーの鍵だ」


 ケイトリンさんが解説してくれる。


「ヴァルサーの鍵は、別名を、ヴェルサリウスの匙ともいうんだ」


 たしかに、鍵のようにも匙のようにも見える。


「とても古く、そしてとても貴重な魔道具だよ。隠された扉を開け、呪いを祓う力のある、たいへん強力なしろものだ」

「これを手に入れるのに、時間がかかってしまってね。そうこうしているうちに、オリザは調子を崩し……」


 とアマンダさん。


「どうなることかと思ったが……でも、もうだいじょうぶだ。わたしたちには、このヴァルサーの鍵と、そして解呪の魔法が使える、魔導師エミリアがいるからね」


 なるほど。

 あたしなんかの存在はさておき、そんな貴重な、強力な魔道具があるのなら、安心だ。


 でも――。


 そこで、ふとあたしは思ったのだ。

 ハモンドさんもこのヴァルサーの鍵を持っていたはず。

 それなのに、ハモンドさんはどうして?

 ひょっとして、ヴァルサーの鍵の力をもってしてもなんともならないような――。


(なあ、おい、とんでもない何かが出てくるのでは?)


 と、不安そうにそんなことをいうアーネストの顔が、なぜか、ぱっと頭の中に浮かんでしまったのだ。

 いけない、これってフラグじゃないの?

 これは考えちゃダメなやつだ。

 アーネスト、あんた、なんでこんなところで出てくるのよ!

 あたしがうろたえていると、ケイトリンさんが


「ちょっと試してみたいことがあるんだよ。みんな、ついてきてくれ」


 と言ったので、あたしの良くない想像は幸か不幸か、そこで止まった。

 ケイトリンさんは、ねぐらの塔からあたしたちを連れ出す。

 外は夜のジャングル。

 月もない暗闇の。

 アマンダさんとアナベルさんが、魔物の気配を警戒して、あたしたちを護るように立つ。


「やるよ」


 ケイトリンさんはそう言うと、ヴァルサーの鍵を高くかざした。

 そして、力強く叫んだ。


「鍵よ、その力持て我らの道を示すべし!」


 ヴァルサーの鍵が、ケイトリンさんの呼びかけに応えて、ぱあっと光を放った。

 その光に呼応するように。


「見えた、第五の塔だ!」


 見よ!

 茂った木々を越えて、その向こうにそびえ立つ、輝く塔を。

 いくつもの階層を重ねて空に伸び上がっている石造りの塔。

 ただ、その姿は実体ではない。

 おそらく地下にある塔の姿が、反転して空間に投影されているのだ。


「やはりな……あるべき塔のない、あの位置だ。まちがいなく、塔はあの地下に」


 アナベルさんが言う。

 その美しい顔に、塔の輝きが映える。


「これで、十分だな」


 ケイトリンさんがそう言って、ヴァルサーの鍵を袋にしまった。

 輝く塔の姿は、徐々に薄れて、そしてジャングルの闇が後に残った。


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