不在の塔

 かわいそうな冒険者の遺品を集めた後、あたしたちは、警戒しながら密林を進んでいった。

 なにしろ、彼らを襲い、アンデッドに変えてしまったなにものかは、今もこのジャングルのどこかに潜んでいるのだから。

 ときおり風が吹き、樹冠が揺らされると、一瞬だけまぶしい光が森の中に射す。


 ジュッジュッジュッ……

 ……チィチィチィ

 ホウホウホウ……

 ……ギェエエエエエ!


 密林に満ちる、鳥か、獣か、魔物か、正体不明の鳴き声にまじり、


 ドドドドドゥ……


 どこからか、滝のような水音までが聞こえていた。


「ハァッ!」


 先頭を行くケイトリンさんが、いきなり振り向きざま、あたし目がけて暗器を飛ばした!


「ひやっ!」

「ギェッ!」


 暗器は、あたしの頭上から落下してきたものを貫いて、樹幹に突き立つ。

 それは、無数の蜘蛛の足をもつ、猿のような顔の魔物だった。


「ギ……ギギ……」


 そいつは、暗器に眉間を貫かれて、樹冠に縫い止められ、たくさんの足をしばらくピクピクさせていたが、やがて、ぐたりと動きを止めた。

 ケイトリンさんが、あたしににやりと笑い、右手を上げると、暗器が自動的にその掌の中にもどり、魔物はドサリと地面におちた。


 行く手を阻む植物を切り開き、不意に襲いかかってくる魔物たちを片づけながら、ジャングルを進んでいくのは、思いのほか時間がかかった。

 しかし、やがて、ぱっと視界が開けた。

 それは、息を呑むような光景だった。

 あたしたちの目の前で、蔦に覆われた巨大な円筒状の石組みが、斜めにかたむいていた。

 これはかつて、尖塔であったものだろう。

 それがかしぎ、ついには途中で折れてしまったようだ。

 その下の地面では、三角屋根を持つ円筒の上部が、横倒しとなり、半分くずれて、樹木に埋もれていた。

 頭上にそびえる、塔の折れ口は、崩れた石組みがでこぼこの断面をみせている。

 そして、そこから、塔の内部を通ってきたのだろう、湧き出してきた水が、滝となって滔々とあふれだしていた。

 陽光をうけて、滝には虹がかかっていた。

 あたしたちのいるこの場所は、城塞中央付近の広場であり、かつて一面に石畳がしきつめられていたようだが、その石畳が、いちぶぶん陥没して、地下へと崩落、そこには黒く深い穴ができている。

 折れた塔からなだれ落ちた水は、渦を巻いて、その穴の中に吸いこまれていくのだった。

 よほど深い穴なのだろうか、滝となった水は、あふれもせず、すべて暗い穴の中に消えていく。

 みまわすと、あたりには、水を吐き出している円筒の他にも、同様に倒れ、崩れてしまった塔の残骸が見えた。

 あたしの横で、


「ここだ。エミリア、歩廊から、ここを見ただろ?」


 とケイトリンさんが言った。

 あたしはうなずく。


「ここが、目的の場所ですか? でも……」


 どこを探すというのか。

 呪いの仮面があるという隠し部屋は、いったいどこに?

 あたしのいぶかしげな顔に、ケイトリンさんは


「五角形の五芒星城塞ペンタゴーノンだ。本来なら、塔は五本あるのが自然だと思わないかい。なのに、実際は四本しかないんだ」

「でも、ただの偶然ということも……」

「いや」


 ケイトリンさんが首を横に振る。


「四本の塔の配置が、どうも、不自然なんだよ」

「?」

「対称性から考えて、五本目の塔が配置されていてしかるべき場所には、なぜか、地上にはなにも構造物がないんだ。倒れてなくなったとか、そういうことではない。城塞が機能していた時代から、塔は四本だ」

「そういうふうに設計されていた……?」

「そう、だから、そこに塔が配置できない理由があるとみるべきだ。わかるだろう、なにかがあるとしたら、おそらく、そこだ」

「その場所の、地面の下に、なにか手がかりがあるってことですか。でも、どうやってそこに……?」


 あたしが言うと、ケイトリンさんは、笑って、水が流れこむ暗い穴を指さした


「幸い、進入路はすでにできているから」

「ええっ!」


 あたしはおもわず声を上げた。


「まさか、あそこに……あんなとこに、あたしたち、今から入っていくんですか?!」


 なだれ落ちる水をすべて飲みこみ続ける、この魔境に開いた暗黒の穴。

 これはもう、危険の匂いしかしないのだが。


「安心しな、エミリア。今日はもう遅いし、潜るのは明日だよ!」


 ケイトリンさんが、明るく言って、


「ちょいと、安全に野営できそうな場所を探してくる」


 元気よく走り出した。

 いやいや、明日だからいいって、そういう問題じゃないんです、ケイトリンさん……。


 もどってきたケイトリンさんの指示で、あたしたちは、倒壊した塔の一つにねぐらを定めたのだった。

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