<閑話> 魔道具ハンター、グレアム・ハモンドの告白

 わたしの名は、グレアム・ハモンド。

 この業界でわたしの名を知らないものはない、と自負している。

 そう、わたしはすこぶる腕利きの、魔道具ハンターなのだ。


 世界には、驚くべき遺物アーティファクトが、いくつも残されている。

 現代の魔法科学では再現不可能な、不思議な品物の数々。

 それらの中には、かすかな伝承がのこっているものもあれば、まったく来歴の分からないものもある。

 歴史に残る一人の天才が産み出したが、その原理や作成法をだれにも伝えなかったために、一代かぎりで絶えてしまった、独創的な魔法や技術で作られた魔道具がある。

 あるいは、もはや歴史も残っていないほどの遠い過去に栄え、消え去った、謎の文明がのこしたモノ。この永い時間ときの中で、記録も知識もすべて失われたが、その気の遠くなるような歳月に耐えて、ひっそりとモノだけが残った。そんな魔道具。

 さらには、ひょっとしたら、この世界とはちがう、別の世界から紛れこんできたとしか思えないような、隔絶した異様な存在。 

 おどろくべきことに、使い方さえわかれば、今も機能するそれらのモノたち。


(もちろん、発見される中には、使い方はおろか、そもそも、いったいなんのためのものなのか、まったくわからない遺物も多くあるのだが……)


 こうした驚異の品々を、かすかな手がかりから見つけて手に入れるのが、わたしの仕事だ。

 現代ではもはや作ることのできない貴重な魔道具は、目玉が飛び出るような価格で取引されている。

 大きな権力を持つ王侯貴族や、途方もない財力のある豪商たち。魔法の深淵を探るためならすべてを投げ出しても悔いのない、魔導師。

 金に糸目をつけない依頼者はいくらでもいた。

 まさに、一攫千金である。

 とはいっても、そんな魔道具が簡単にみつかるはずはない。

 魔道具の探求にかかる労力と時間を考えると、けっして割の良い仕事ではないのは確かだ。

 資金をつぎこみ、万全の準備をして探索にでても、けっきょく空振りにおわり、なにも手に入らないこともよくある。

 いや、むしろそちらの方が多いだろう。

 魔道具探索の過程で、命の危険にさらされることも、しばしばだ。

 それなのに、なぜわたしが、ここまで魔道具ハンターを続けているかと言えば……。

 たぶん、わたしが、魔道具なるものに魅せられてしまっているからだろう。

 そこには、神秘がある。

 いま、ここではない、別の世界の手触りがある。

 魔道具がもたらす、別世界の息吹にふれること。

 わたしにとっては、それが生きがいなのかも知れない。



 ――そう、あれは、まだわたしが少年だったころのことだ。

 父の使いで、隣町まで用足しにいった帰り道。

 野原を歩いていると、道の脇でなにかがキラリと光った。


「ん? だれかの落とし物かな? ひょっとして、お金とか?」


 急いで、その場所に近づくと、道ばたの土の中から、三角形のかどが突き出していた。

 なにかが地面に埋まっている。


「なんだろ?」


 わたしは、その場にしゃがみこんで、慎重に掘り出した。


「うーん……いったい、これって?」


 土の中から出てきたそれは、わたしが一度もみたことのない、不思議なものだったのだ。

 両手にのるほどの大きさの、四角い板状のもの。

 黒い土にまみれて、汚れていた。

 わたしは、服で、その汚れをぬぐってみた。

 汚れが取れると――。

 それは、水晶でできているかのように全体が透明な、四角の板だった。

 そのひとつの角が、土からのぞいていて、陽光を反射したのだ。

 拭いてみたら、石塊だらけの地面に、たぶん長いこと埋まっていたにもかかわらず、表面には傷一つない。

 そして材質の透明さもおどろくべきほどだ。

 こんなにも透明なものをみたことがない。まるで、清流の水のようだ。

 水晶よりも透きとおったその材質。


 (でも、いったいこれはなんなんだろう?)


 その板を両手に持ち、向きを変えた途端に


「あっ!」


 思わず声が出た。

 さっきまで完全に透明だったその板に、いまは絵が浮かんでいた。

 ……絵だと思う。

 でも、絵にしては、それはあまりに細密で、あまりに具体的で。

 しかも、その絵は、動いていたのだ!


 それは家だ。

 でも、こんな意匠の家なんてみたことない。

 みたことのない外見の家が、板の上に浮かび上がっていた。

 日の光がさんさんと家をてらしている。

 その家の扉が、わたしのみている前で開く。

 そして、小さな、かわいらしい女の子が、扉の陰から現れる。


(この女の子の服装も、まったくみなれないものだ。でもとても似合っている)


 女の子はなにごとか叫んで、にっこり笑い、こちらに走ってくる。

 その女の子の後ろから、続いて大人の女性が姿をみせる。

 髪の長いこの女性は、女の子の母親なのだろうか、二人の容姿はとてもよく似ている。

 女性も、やさしく、こちらに笑いかける。

 駆けてきた女の子の顔がすぐ目の前に。

 女性もこちらに向かって歩き出し、そこでいったん、浮かび上がった絵が消えて、透明な板に戻った。

 だが、板を動かすと、また、はじめからさきほどの光景が展開する。

 こうして一連の動きが、同じように何度でも繰り返されるのだった。


 これを絵というのだろうか。

 わたしの知る絵とはあまりに違う。

 目の前に、じっさいに本物のその光景があるかのようだ。

 しかも動いている。

 まるで目に見えるそのままに、ある出来事を、切り取って記録し目の前に再現しているような……。


(これは、この世界のものではないのでは?)


 わたしは、幼いながらも、それを直感した。

 そこに登場する人物は、たしかにわたしたちのようなヒトではあるけれど、彼らの来ている服も、家の意匠も、その後ろに少しだけ見えている風景も、あまりに異質である。

 この四角の板の材質も、その技術も、この世界にはありえないのではないか。

 そして、それほどまでに異質ではあるが、わたしには、このものの用途がなんであるかだけは、疑いようもなく、はっきりわかった。

 この女性たちは、このモノの持ち主の家族だろう。

 彼か、彼女か、それはわからないが、この四角の板の所有者の、大切な人たちなのだ。

 持ち主は、自分の大切な人たちの姿を、記憶を、こうしてかたちに残して、いつまでも保存しようとしたのだ。

 わたしたちが、愛する人の似姿を絵として残して、家に飾り、あるいは持ち歩くのと一緒なのだと。

 この二人はいまどうしているのだろうか。

 このモノは、どうしてここにあるのだろうか。

 そして、このモノを持っていたその人は、どうなったのだろうか……。

 わたしは、くりかえしこちらに向かって笑いかける二人と、こうしてその姿を残そうとした、見も知らぬ誰かの事を思い、なんだか切ない気持ちになったのだった。



 わたしが、この四角い板を持ち帰ると、父は大喜びした。


「これは、たいへんな金になるぞ!」


 いやも応もなく、思いがけぬ僥倖にうかれる父によって、四角い板は売り払われた。

 父の期待どおり、代金としてかなりの金額が支払われ、おかげで、けっして裕福ではない我が家の家計はずいぶんうるおったのだが、わたしは内心、


(自分だけのものにしておけば良かったか)


 と、ほんの少しだけ悔やまないでもなかった。

 もちろん、自分の家の経済状況はわかっていたし、手に入ったお金で、妹の服が新調され、妹がとても喜んでいたので、父を恨んだりはしなかったが。妹はそれまで、お古の服でじっとがまんしていたのだから。

 これはこれでよかったのだと、自分を納得させたのだ。


 ……たぶん、あの四角い板との出会いが、わたしが魔道具ハンターの道にすすむきっかけだったのだと思う。

 今も、わたしは、あの四角い板に浮かび上がった異世界の光景を、ありありと脳裏に浮かべることができる。

 どこともしれない世界で、陽光の下、幸せそうに笑う、あの二人。


 わたしの妻に、あの二人の面影がそこはかとなくあるのは、だれにも秘密だ。


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