クエストの真相

 なにものかに襲われ、アンデッドと成り果てた四人の冒険者。 

 あたしの火炎球ファイアボールが吹き飛ばしてできた、樹海の空隙から直射する陽光と、つづく解呪の魔法によって、四人の冒険者の肉体は蒸発、霧散し、その魂は天に帰った。

 服や鎧、靴、帽子や武器、髪飾り、彼らが身につけていたものだけが地上に残った。 

 あたしたちは、力尽きた四人の冒険者の遺品を集めた。

 ギルドに持ち帰れば、彼らの身元も分かるだろう。

 そして、身寄りの人に悲しい知らせが届くだろう……。


 身につけていたギルドカードから見ても、やはり、彼らは「暁の刃」よりちょっとましな程度の、駆け出しの冒険者パーティだったようだ。

 どうして、そんな彼らがこの五芒星城塞に挑んでしまったのか……。

 それにしても、「暁の刃」ほどの実力しかなさそうなパーティが、よくもまあ、あの危険な石橋を渡って、城門のいくつもの仕掛けにもやられず、城塞の中にまではいりこめたものだ。

 いっそのこと、城門で失敗して諦めていれば、こんなことにはならなかったかもしれないのに。

 あたしのそんな思いがわかったのか、


「エミリア。この城塞は、矛盾と悪意に満ちた場所なんだ」


 と、ケイトリンさんが言った。


「実は——ここペンタゴーノンはね、レベルの低い冒険者ほど、入るのはやさしい。逆に、ハイレベルの冒険者になるほど、内部に入りこむのに苦労するんだよ」

「そんなことって……?」

「まるで、城塞が意志を持って、冒険者を選別しているかのようだ」


 ケイトリンさんが続ける。


「ひょっとして、この城にやってくる冒険者を餌としてみているのかもしれない。この城全体が獲物をとらえる、大きな罠なのかも……」


 恐ろしい話だ。

 たしかに、どうせ獲物を手に入れるなら、楽な方が良い。

 激しく抵抗する手練れの侵入者より、かんたんに仕留められるような連中の方が、餌にするには効率は良い。

 それはそうなんだけど……。


「以前は、こうではなかったらしい」


 ケイトリンさんが教えてくれる。


「城塞が陥ちてからしばらくは、ここは、ただの廃墟でしかなかった。信じられないかもしれないが、冒険者でさえない近隣の若者たちが、連れだって肝試しに歩き回るような、そんな頃もあったっていうよ」

「ええっ、それはまた無謀な……大丈夫だったんですか、そんなことをして」

「まあ、多少の危険はあったようだが、誰一人戻らないというようなふうではなかったらしい。それが、今じゃこのありさまだ……城門の仕掛けも、この年月を生き延びたのではなくて、あれは、おそらく、いったんは壊れたものが、復活したんじゃないかと思う」


 あたしは、この五芒星城塞の異常さを感じ取った。


「どうしてそんなことに……? 時間が経って、人の領域でなくなっただけにしては、ここに満ちる悪意は、なにか説明がつかない気がします」

「それは——」


 と言いかけたケイトリンさんをさえぎって、アマンダさんが、険しい声で、


「ケイトリン、それはわたしが言うべきだろう」


 アマンダさんは、あたしの顔をじっと見て、


「『呪いの蒼仮面』だ……それがこの事態を引き起こしていると、わたしはみている」


 そう言った。


「呪いの……蒼仮面……?」」

「そうだ。この城塞のどこか、落城以来一度も開かれたことのない隠し部屋に、今も秘匿されている最悪の魔道具だ」


 キエエェェェェ……


 アマンダさんがその名を口にしたとたんに、どこか遠くで、鳥か、魔物か、魂をけずられるような嫌な響きの叫び声が上がり、あたしはぎょっとした。


「いや……はたして、魔道具といえるかどうかもわからない。最凶最悪の呪いを放射する伝説の遺物なんだ」


 アマンダさんは、厳しい声で続ける。


「どこから、どうやってもたらされたのか、来歴がまったくわからない。もしかしたら、この世界に属するものではないのかもしれない、得体の知れない仮面だ」

「そいつが原因だと?」


 アマンダさんがうなずく。


「そう、この城塞のどこかに今もあるそれが、この土地全体をおかしくしているんだと思う。城塞の奥深くに秘匿されてもなお、漏れ出してくる、強烈な呪いの力によって……」

「そんなことが……城塞の地をまるごと狂わせるほどの呪いなんて」


 いったいどれほどの……。

 そして、おそまきながら、あたしの中でようやく話がつながって。


「ひょっとして、今回のクエストのお宝というのは……」

「その通りだ。わたしたちの仕事は、その『呪いの蒼仮面』を見つけ出し、無害化することだ」

「で、できるのですか?!」


 そんな最凶最悪の呪いの遺物を無害化するなんて。


「しなければならない。このままでは、どこまで呪いが広がるかわからない」


 うああああ……。

 これは宝探しなんてお気楽なものじゃなくて。

 あたしが事態の深刻さにおののいていると、アマンダさんは追い打ちをかけるように言った。


「だからこそ、エミリアの解呪の魔法なんだ」


 ひいいい!

 ちょっと、ちょっとまって……。


 あたしは、うろたえた。


 いや、どう考えても、この件、あたしごときの、へなちょこ魔法では無理な気がするんだけど……。

 相手は最凶だよ。

 最悪の呪いだよ。

 それにひきかえ、あたしの解呪魔法は、中級だよ。

 とうてい太刀打ちできないよ……。


 うろたえて、おかしな事も考えた。


(ごめん、アーネスト。あたしたちが、いっつもたいへんなことに巻き込まれるの、あんたが引っ張ってきているとずっと思ってたけど、ひょっとして、あんたのせいだけじゃなかったのかな。ここには、あたししかいなもんね……)


 あたしはとても不安な顔をしていたのだろう、ケイトリンさんが


「心配するな、エミリア。サバジオスの手を見事に解呪した、エミリアの実力があれば、問題ない」

「は、はあ……」

「それにね」


 にやりと笑う。


「あたしらも、それなりに準備はしているんだよ」


 そういって、ケイトリンさんは、腰に下げた袋を、ぽんと叩いた。


「エミリアの助けになるものを、ここに、ちゃんと用意してきたんだ」

「それはとてもとてもありがたいですが……」


 ケイトリンさんが自信たっぷりに言うからには、きっとすごく強力なものにちがいない。

 うん、どちらかといえば、あたしの魔法より、そちらが主力ではないか。

 そうだ、そうであってほしい。

 あたしの魔法はおまけで十分なんだ。

 あくまで、もしもの場合の保険なんだよ。

 そう考えて、自分を納得させようとがんばったが、あははは、あたしの不安の雲はいっこうに晴れないのだった……。

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