冒険者の運命

「ぎゃああああ!!」


 密林に絶叫がひびきわたる。


「こっちだ!」


 ケイトリンさんが、下り階段をさす。

 あたしたちは階段を駆け下りていくが、繁茂する蔦や、つきでている枝に邪魔されて、思うように進むことができない。


「ぎゃあ…ああぁ…ぁ……」


そうするうちにも、悲鳴は弱々しく、絶え絶えになっていった。


「くそっ!」


 アマンダさんが、業を煮やして、剣をかざすと、石段から宙にとびだした。

 飛び降りながらも、すばやく剣をふるって、進路をきりひらく。


「エミリア!」


 アナベルさんは、あたしを右脇にかかえると、


「たあっ」


 アマンダさんのあとについて、左手の剣をふるいながら石段を飛び降る。


「まにあってくれ!」


 だが――。


「ああ……おそかったか……」


 やっとのことでたどり着いた現場で、アマンダさんがつぶやいた。

 そこは、本来は五芒星城塞の中の、小広場だったのかもしれない。

 かつては陽光がその場所を明るく照らしていたのだろう。

 だが、今は、空を覆うように鬱蒼と茂った樹木と、そこに絡まる蔦、寄生樹たちによって、日の光を通さない、薄暗いジャングルの一部となっていた。

 その日光の射さない空間で。

 凄惨な光景だった。

 一人の冒険者は、立木に逆さ吊りになって息絶えていた。

 ものすごい力で樹に叩きつけられたようで、腹からは、血まみれの葉をつけたままの枝が、身体を貫通して突き出していた。

 流れ出た血で、上半身は真っ赤に染まっている。

 だらりと下げた右手が、そんなありさまになっても剣を手放さずに握っているのが切ない。

 その横で、手を前に投げ出して、うつ伏せに倒れているローブの若い女性。

 おそらく魔法使いだろう。

 身体はうつ伏せなのに、かっと目を見開いたその苦痛にみちた顔は、緑の天蓋を見上げていた。口元からは、ひとすじの血が流れていた。

 首の骨が、無造作に折られていたのだ。

 あちらには、また一人の冒険者が倒れている。

 彼は楯使いだったようだ。

 しかし、彼の頼りの綱である盾は、頑丈なはずなのに、真っ二つに引き裂かれ、その鋭い先端が背中と腰に突き刺さり、二カ所で冒険者を地面に縫い止めていた。

 なおも逃れようとしたのか、両手の爪が地面にふかくめりこんでいる。

 最後の一人は、折れた槍の柄を両手で握り、前に突き出したまま、仰向けにたおれていた。

 革の鎧が、胸のところでざっくりと裂けて、心臓のあるべき場所がぽっかりと空洞になっていた。えぐり取られたのか、それとも喰われてしまったのか……。

 四人とも、もはや手の施しようがないのは、一目でみてとれた。

 彼らをそんな目にあわせたものの姿は、あたしたちがたどりついた時には、すでに見当たらなかった。

 しかし、冒険者の惨状をみるに、尋常でない危険な存在なことは確かだ。

 あたしたちは、周囲に警戒をゆるめず、冒険者の骸に近づいた。

 剣士、魔法使い、盾使い、そして槍術士の四人からなるパーティー。

 これではまるで、あたしたち「暁の刃」じゃないの。

 みたところ、あたしたちと年齢もそう変わらないようだ。

 そんな彼らが、あっけなく命を失い、無残な姿となって横たわっていた。

 なぜ、彼らはこの五芒星城塞に。

 力試しだったのか?

 無謀にも実力以上のクエストに挑んでしまったのか。


「よおーし、つぎはこれでいくぞ」

「なにいってんだよ、リーダー、そんなの無理にきまってるだろう!」

「これくらい楽勝だよ。おれたちは上を目指すんだぜ」

「ええー? ほんとに大丈夫かなあ?」


 クエストを受けるときに、彼らが交わしただろう、そんな会話が、ありありと浮かんでくる。

 ああ、とても他人事ひとごととは思えないよ……。

 あたしは、魔法使い女の子の死体に近づいた。

 金髪は、女の子らしい髪留めで留められていた。

 虚ろに空をみあげる、その緑の瞳は、もう濁りかかっている。

 せめて、目を閉じてあげよう。

 そう思って手を伸ばした。


  きょろり


 その瞳が動いて、あたしを見た!

 バネのように、その身体が跳ね上がる。


「あぶない、エミリアっ!!」


 ケイトリンさんが叫ぶと同時に、アナベルさんがあたしの首根っこをつかんで、思い切り後ろに放り出した。

 あたしはごろごろと草の上を転がった。

 間一髪、危ないところだった。

 寸前に、あたしの鼻先で、突き出された魔法使いの口が、がちり、と閉じたのだ。

 口が閉じた瞬間、人体の強度を無視した異常な力で噛みしめられたため、魔法使いのかわいらしい前歯は砕け散った。

 あんなのをくらったらひとたまりもない。

 アナベルさんが助けてくれなかったら、あたしの顔は、咬みちぎられて無くなるところだった。


「えっ、なんで?!」


 驚くわたしの目の前で、魔法使いは、背中をこちらに向けたまま、ゆらりと立ち上がる。

 魔法使いの子だけではなかった。

 心臓をえぐられた槍術士も、もぞもぞとその身体を起こした。

 盾使いも、強引にその身体を地面からもちあげる。そのいきおいで、指の爪が剥がれてとんだ。

 盾は、彼のからだに突き刺さったままである。

 剣士は、両足で思い切り木の幹を蹴った。べりべり音を立てて、枝から身体がぬけて、ドサリと下に落ちる。

 立ち上がった四人は、あたしたちの前に並び、ゆらゆらと揺れていた。


「哀れな……みな、呪われてアンデッドと化してしまったか……」


 アマンダさんが、憐憫の目で、ゆっくり剣を構える。


「ゲアアッ!!」


 もはやヒトのものではない声を上げて、四人はあたしたち目がけて突進してきた。

 ここまで積み重ねてきた技も魔法もどこかに消えて、やみくもに襲いかかってくる。

 そこには何の知性もなく、ただ盲目的な衝動しかない。

 命あるものに対する飢餓、それだけが彼らを突き動かす。

 魔法使いの子は、あたしから視線を外さず、後ろ向きに足を動かして走ってくるのが、不気味と言うほかない。

 アマンダさんとアナベルさんが、すっと前に出た。


「「ダアアッ!」」


 気合いとともに、二人の剣が、目にもとまらぬ速さで、流れるような軌跡を描く。

 瞬時に、四人の身体が、いくつも断片に分断され、地に崩れ落ちる。

 魔法使いの女の子の首も、アナベルさんの剣にすぱりと切り飛ばされるが、空中で歯の欠けた口をかっと開けて、執念深くあたしに向かって落下してきた。


「うわっ!」


 あたしが杖を構えるより先に、ケイトリンさんの暗器がきらめき、首を地面に縫い付けた!

 だが、それでは終わらない。

 生ける死者アンデッド。

 あたしたち「暁の刃』が、死霊王レイスに率いられたアンデッドの群れと戦う羽目になったときのことを思い出した。

 アンデッドは、完全に焼き払うか、光の魔法で浄化するかしなければ倒せない。

 分断されバラバラになった四人の身体は、もぞもぞと動き、あたしたち目がけて近づいている。

 女の子の首も、舌をぞろりとのばし、それで地面を押して、ケイトリンさんの暗器からぬけだした。

 ごとんと転がった首が、ずるずる動きながら、あたしに迫ってくる。


 くそっ! きりがない。

 思い出せ!

 あのとき、あのレイスと戦ったとき、あの人たち、「雷の女帝のしもべ」はどうした?


 あたしは、魔法を詠唱する。


「火と風の精霊が、お互いの周りを廻るとき熱が生じる、炎球弾ファイアボール!」


 わたしの杖から火球が発射され、頭上に生い茂った植物を吹き飛ばす。

 アンバランサーユウさまほどの力は、もちろんあたしの魔法にはない。

 あのときのように、洞窟の天井を山ごと吹き飛ばすような、とんでもないまねはできない。

 だけど、緑の天蓋に穴を開けるには、これで十分だ。

 火球が開けたその穴から、真昼の陽光が、まるで舞台を照らすかのように、小広場にまぶしく射しこんだ。


 ジュウウッ!!


 直射日光を浴びて、熱い鍋に水滴を垂らしたような音ともに、哀れな冒険者たちの肉体は蒸発して消えた。

 鎧や衣服だけが残る。


「エミリア、あそこっ!」


 ケイトリンさんの鋭い声。

 魔法使いの女の子の首が、かろうじて陽光の直撃をのがれていたのだ。

 光にあたった顔面半分が、無残に溶け崩れながらも、木立の中に逃げ込もうとしている。


「エミリア、解呪の魔法を試してくれ」

「はいっ」


 アマンダさんにうながされ、


「四大よ光の網と剣もて善なるものを縛る忌まわしき絆をとらえ断ち切れ 解呪!」


 必死で逃げていく首に、解呪魔法を詠唱した。

 光の網が投擲され、その中に首を絡めとる。

 じたばたするが、もはや首は逃れることができなくなった。


「光よ呪縛を断ち切るべし!」


 詠唱とともに出現した、きらめく光の刃が、暴れる首のまわりの空間を切り祓った。

 それまで、飢餓と怒りに塗りつぶされていた、魔法使いの首の表情がふっと緩んだ。

 そして、我に返ったようにあたしを見た。

 その緑の瞳。


(ありがとう……)


 そんな声が聞こえたような気がした。

 彼女は瞑目し、光の粒となって天に還った。

 首のあったところには、彼女が身につけていた青い髪留めだけが、ぽつり、残されていたのだった。


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