五芒星の器
半月堡と石橋で接続されていた、五芒星城塞の城門部分。
頑丈な石組みの通路を、三カ所にわたって金属の格子扉が区切っていた。
通路の天井には、蓋のついた開口部が設けられ、侵入した敵には、その名も「殺人孔」と呼ばれるその開口部から、矢や、熱した油が、情け容赦なく降り注いだ。
通路の床がスライドし、侵入者がもろともに槍が植え込まれた溝に落下するトラップも設置されていた。
長い年月が経った今、それらはすべて、破壊され、持ち去られ、あるいは仕掛けが朽ち果てて、とうに機能しなくなっている――はずだったのだが。
先頭をすすむケイトリンさんが、ぴたりと立ち止まり、
「よっと」
腐食して折れ曲がった、格子の金属棒を一本ねじりとる。
ケイトリンさんは、狙いをつけると、金属棒を前方の、通路の天井に向けて投擲した。
金属棒は、石組みの隙間に、はめこまれるように突き刺さる。
「さ、急いで渡って」
うながされ、あたしたちは足早に通路を渡りきった。
どこかで、ギリギリときしむ音が聞こえはじめた。
やがて、刺さっていた金属棒が押し出され、ガランと床に落下。
とたんに
ザシュッ!
ザシュッ!
ザシュッ!
ザシュッ!
いま、あたしたちが通りすぎたばかりの通路の壁から、薄い幅広の金属の刃が、何列にもわたって飛び出し、通路を横切った。
「ひゃっ!」
なんと、これだけの歳月を経ても、まだ生きている仕掛けがあったのだ。
刃は、反対側の壁に到達したあと、ギリギリと音を立てながら、また壁の中に戻っていく。
うかつに前進していたら、あの刃に刻まれて一巻の終わり。
じっさいに、刃には赤黒い汚れがついていて、そう遠くない過去にも、犠牲となった冒険者がいるようだ。
油断することなく、あっさりと罠をみやぶり、対処するケイトリンさん。
さすが
ほかにもしぶとく生きている仕掛けがいくつかあったが、あたしたちは、ケイトリンさんに続いて、ぶじに通路をぬけた。
城門の通路が終われば、いよいよこの先が五芒星城塞内部だ。
ところが、通路の出口、つまり五芒星城塞の入り口は、苔むした木の幹と、それに絡まる蔦で、ほぼふさがれていた。
幹と幹のあいだに、わずかに隙間が開いているばかり。
よく見ると、そこには枝や蔦を払ったあとがあり、幹にも刀の痕があって、このすきまを抜けて内部にはいったものがいるようだ。お宝目当ての、命知らずの冒険者かもしれない。
あたしたちもそれに続くか――と思ったら、ケイトリンさんが
「こっちだよ」
と左手を指さす。
のぞきこむと、茂った草や蔦に埋もれて、外壁のうちがわに設置された石段があった。
この石段は、長いことだれも使っていないようで、完全に植物におおわれていた。
アナベルさんが剣をふるい、一面の蔦を切り払う。
じゃまな枝や蔦を払いのけながら、あたしたちは石段を登り切った。
石段は、歩廊に登るための階段だった。
歩廊とは、城塞の外壁の上にぐるりと築かれた、回廊である。
歩廊を護るように、その外側に胸壁が設けられ、胸壁には弓を放つ狭間もある。
城塞を防衛する兵士たちは、この歩廊に立って、外部から攻めてくる敵を攻撃するのだ。
あたしたちは、その、歩廊の上に並んで立った。
ただし、外を向いてではなく、内側を――城塞の内部に向かって、立っていた。
そこからは五芒星城塞の中が一望できた。
でも、これは――。
「あの……これって?」
あたしは思わず声に出した。
あまりに意外な光景だった。
「うん」
アナベルさんが、あたしに言う。
「驚いただろう、エミリア?
放棄され、住む者のない城塞は、確かに廃墟ではあるけれど、それよりも。
見下ろすあたしたちの目の前に広がる、緑、緑、緑。一面の緑。
五芒星の形をした城壁の内部にからみあい繁茂する、鬱蒼たる樹木たち。
歩廊から眺めても、地面は全くといっていいほど見えない。
見えるのは、凶暴とも言えるいきおいで隙間なく生育した木々の、こんもりとした樹冠ばかりだ。
どこかから聞こえる鳴き声は、あれは鳥か、獣か、それとも魔物か。
五芒星の器に盛られた、溢れんばかりの緑の
それが現在の五芒星城塞だったのだ。
あたしがあっけにとられていると、
「エミリア、わかるか、あそこ、それからあそこ……」
ケイトリンさんが、城塞内部を指さす。
「ええと?」
その指さす先に目をこらせば、ほとんど緑に覆われてはいるけれど、なにかの構造物がみとめられた。
あるものは崩れ、あるものは横倒しになっているようだが、あれは……
「あれは……塔、ですか?」
「そうだ。五芒星城塞の中心には、かつて四つの塔があった。すべて倒れた。あれが、その塔の残骸だ」
アマンダさんが続ける。
「わたしたちは、今からそこに向かうんだ。いや、正確には――」
と、アマンダさんが何かを言いかけたが、突然、下の方から
「うわーっ、たすけてくれーっ!」
と、悲痛な叫び声がひびき、
「ぎゃああーっ!」
喉が切れるような絶叫がそれに続いた。
アマンダさんの顔が引きしまった。
「だれか、襲われているな。みんな、いくぞ!」
「はいっ!」
あたしたちは、叫び声をめざして、駆けだした。
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