半月堡


「いよいよ、ここまで来た」


 アマンダさんが、美しい銀髪をなびかせ、ふりかえって言った。 

 あたしたちは、今、五芒星城塞の外部に飛び地のように築かれた、「半月堡」と呼ばれる、円筒状の小要塞の前に立っていた。

 半月堡の向こうに高くそびえるのは、歳月を経てもなお崩れない、堅牢な五芒星城塞の石組み。

 外壁にはばまれ、ここからは、五芒星城塞の内部の様子はうかがえない。

 深い堀が、五芒星のかたちをした城塞のまわりを囲んでいた。

 かつて、城塞が機能していた頃は、その堀には、美しく澄んだ、深く青い水がたたえられていたという。

 時は流れ、堀の水はそこここで干上がって、もはや以前のように城塞を完全にはとりまいていない。

 そして、水が残っている部分は、いまや不気味に濁る、瘴気を発する沼となり、ハーヴグーヴァのような危険な水棲の魔物のすみかとなっている。

 そんな沼の上空を通って、半月堡から五芒星城塞本体に向かい、長く石造りの橋が延びていた。

 空を飛ぶか、きりたった石垣をよじ登るのでなければ、現在でも、半月堡からこの石橋をわたって行くのが、五芒星城塞に入る唯一の方法なのだった。


「では、行くとしようか……。エミリア、いいね」

「はいっ!」


 アマンダさんに言われ、あたしは気合いをいれてうなずいた。


「ケイトリン、先導を頼む」

「うん、任せな」


 ケイトリンさんが、にやりと笑う。

 ここからは、アサシンであるケイトリンさんの能力が最大限に発揮される領域だ。

 あたしたちは、半月堡の、半分崩れた門をくぐり抜け、円筒の内部に進む。


「むっ、暗いな……まあ、ケイトリンは別にこれでも困らないだろうが」


 塔の内部には、明かり取りの窓がないのだろうか、ほとんど光がさしこまず、足下もよくみえない。

 どんな構造になっているのかと見上げても、闇に包まれ、なにもわからない。


「あの……わたしがやります!」


 あたしは、ずっと前、はじめてあたしたちが「雷の女帝のしもべ」の人たちと知り合ったころ、まだ、ほとんど何の魔法も知らないあたしに、ライラさまが最初に教えてくれた光魔法を詠唱した。


「精霊の灯よ欠けたる太陽の刻も我らを行かしめよ 日輪の灯台!」


 詠唱に応え、あたしたちの頭上に、輝く光球が出現し、あたりを照らし出す。


  ギギッ?!


 その瞬間、どこかからか、かすかに、たじろぐような鳴き声が聞こえたが、すぐに静まる。

 どうも、塔内にはなにかがいるようだ。

 今、あたしたちは門に続く広間にいて、床には一面に瓦礫がちらばって、影をつくっている。

 見上げると、壁に沿うように、らせん状に階段が続いているのがわかった。

 たぶんこの塔は、本来何層にもなっていたはずだが、いまはそれぞれの層の床が崩落してしまい、上部まで筒抜けとなっているようだった。瓦礫は、崩れ落ちてきた床の一部だろう。

 さすがに建物の最上部にまでは、あたしの魔法の光も届かず、よくは見えないのだが……。


「……わかった。あそこだ」


 鋭い目で上をみあげていた、ケイトリンさんが言う。


「テラスへの出口がある」

「いけるか?」

「階段を上っていって、なんとかなりそうだ」

「よし、いこう」


 この階段も、支えなどがくずれおちており、人ひとりぶんの幅しかない。

 バランスを崩したら、掴むものもなく、フロアまで真っ逆さまだ。

 あたしたちは、一列になって、慎重に石段を登り始めた。

 先頭がケイトリンさん、次いでアマンダさん、そしてあたし、最後にアナベルさんの順だ。

 石段は延々と続き、あたしは次第に息が切れはじめた。

 アマンダさんが、ときどき振り返り、そんなあたしを見まもる。

 ここで弱音をはくわけにはいかない。

 あたしたちは、まだ五芒星城塞の中にさえたどりついていないんだ。

 がんばるんだ、そう自分にいいきかせて、足をもう一歩。

 そのとき、


「来る!」


 ケイトリンさんが警戒の声を上げた。


  ギギーィッ!


 甲高い声をあげて、上部の暗がりから飛び出して、急降下、あたしたちに襲いかかるのは何匹もの緑色のフォリンクスだ。

 鋭いくちばし、後方に長く張り出した頭部、血管の透けて見える膜状の羽を持った、群れをなして飛行する魔物である。

 フォリンクスは、魔物としては小物ではあるが、この状況ではあたしたちに逃げ場はない。

 この足場では、いっさいの回避ができないのだ。


 なんとかしないと!


 あたしは杖をにぎりしめ、使える魔法に頭をめぐらす。

 しかし、


「ハァッ!!」


 ケイトリンさんの手元から暗器が放たれた!

 放たれた暗器が、魔法の光に、一瞬チカッときらめく。

 いかにしてそのような軌跡が可能になっているのか、ケイトリンさんの投げた暗器は、物理法則を無視するかのような複雑な弧を描いて飛行して、たった一投で、群れなすフォリンクスの延髄を次々に破壊すると、ふたたびケイトリンさんの手元に戻る。

 一撃で、一匹も残さず屠られたフォリンクスは、きりもみで墜落していく。


「すごいね、ユウさまの調整した暗器は」


 ケイトリンさんが首を振る。


「使った本人がびっくりだよ。売ったら一財産の神器アーティファクトだね。でも、こんな凄いもの売るわけないけどさ」


 その後も、あたしたちが階段をのぼる間に、一匹、二匹と、物陰からフォリンクスが飛びかかってきたが、これはアマンダさん、アナベルさんがこともなげに切り捨てる。


 ケイトリンさんの見立ては正しく、あたしたちは、問題なくテラスに到達した。

 テラスはその先で、五芒星城塞への石橋と接続している。

 長く続く石橋のその先には、小さく五芒星城塞の城門がみえている。

 ただ、その石橋は


「うーん、これはずいぶん痛んでるねえ……通れるのかな?」


 ケイトリンさんがつぶやくとおり、かなり悲惨なありさまとなっていたのだった。

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