再びの古墳と、二つの名を持つ魔道具
翌日、おれたちがギルドに行くと、すでに建物の前でフローレンスさん、バルトロメウスさんが待っていた。
「みなさん、お手を煩わせてもうしわけありません」
と、おれたちに気づいたフローレンスさんが、頭を下げる。
「せっかく親切に教えていただいたのに、残念ながら、わたしたちだけでは、どうしてもたどりつけませんでした……」
真剣な顔でおれを見つめ、
「アーネストさん、あなたは特殊な能力をお持ちと聞きました。もう、あなただけが頼りです」
「まかせてください、『暁の刃』が全力を尽くします!」
おれは自分の胸を、こぶしでどんと叩いた。
「ゲホッ」
そしてむせた。
「……はたして、あれを能力というのだろうか……?」
ヌーナンが小声でつぶやいている。
「たしかに、特殊と言えば、特殊だが……」
パルノフもつぶやく。
うるさいぞ、ヌーナンよ。パルノフよ。どうして、お前たちは、すなおにリーダーを称賛できないのか。
「おお、来たな。今日は、おれと、この魔導師ニコデムスが同行する」
扉をあけて出てきたサバンさんが言う。
その後ろで、ギルド所属の年老いた魔導師ニコデムス師が、重々しくうなずく。
深いしわの刻まれた顔。その目の奥には底知れぬ英知をたたえ、頼りになりそうなお方である。
「万一、解呪の魔法が必要になった場合は、ニコデムスがやってくれるからな」
「「「はいっ!」」」
ありがたい。とてもありがたい。とにかく、おっかない呪いはごめんだ。
「では、早速だが、出発しよう。アーネスト、お前はこれを持て」
サバンさんがおれに一枚の羊皮紙を手渡す。
「おおっ、これは!」
おれは目をみはった。
ヌーナンとパルノフが、記憶から再現した、古墳にたどりつくための地図である。
地図の上には、古墳までのルートが、詳細に記載されている。
さあ、いよいよおれの真価が発揮されるときが来た。
おれは気持ちをひきしめて、地図を広げ、慎重に検討すると、一同に宣言した。
「わかりました、こちらです! さあ、みなさん、おれについてきてください!」
「ああー……」
おれの後ろで、ヌーナンが情けない声を出した。
「すでに地図の向きが違うんだが……」
「しっ!」
サバンさんが
「お前らはなにも言うな。いいか、どんなにおかしいと思っても、なにも言うんじゃないぞ」
と、ヌーナン、パルノフに念を押す。
「たしかに、出だしから聞きしに勝るでたらめさだが、今回はこれに賭けるんだ。いいな、ヌーナン、パルノフ」
「「は、はあ……サバンさんがそうおっしゃるなら……」」
ヌーナンとパルノフは不承不承答えている。
そんなやりとりは、おれの頭に入ってこない。
おれは、地図を読むことに集中しなければならないのだ。
ふむ……よし、
「次は、こちらへ。ここを通ります!」
おれは自信をもって、路地を指し示す。
「おいおい……こんなとこ、おれらは前に通ってないよ……」
「だよな……」
サバンさんが言う。
「ヌーナン、パルノフ、言っただろう。たとえどうおかしくても、おとなしくついて行くんだ。責任はおれがとる!」
「「はい……」」
そして――数刻後。
森の中、おれたちの前には、見覚えのある、あの古墳が。
やった!
おれはやったのだ。
この困難なクエストを、あふれる才能で、見事に達成したのだ!
おれは得意満面で、みんなをふりかえった。
「ここです! これが例の古墳です」
「ほんとに、着いちまったぜ……」
あぜんとしているのは、サバンさんだ。
「すばらしいです、アーネストさん。あなたの能力はすごい。あんなに探しても見つからなかったのに……」
フローレンスさんが感動している。そうでしょう、そうでしょうとも。
「なんでこうなる?」
「どう考えてもおかしいだろうよ」
納得できない表情のヌーナンとパルノフ。
どうして、我がメンバーはこうなのか。
お前ら、そこは、そうじゃないだろう。
「ううむ……驚くほかないわい。内側に入ってみてわかったが、これはかなり強力な、隠蔽の結界じゃな。見慣れぬ術式……あるいは、この世界のものではないかも知れぬ……それにしても、如何にして、われらはその結界を通れたのか?」
ニコデムス師が、あたりを見回し、興味深げにつぶやく。
「よくやった、アーネスト」
サバンさんが、おれの肩をたたき、
「だが、まだ終わったわけではない。古墳の中を調査しなくてはならぬ」
そうだった!
そんなことはすっかり忘れていたが。
おれたちは、うなずき、古墳に向かって歩き出す。
「あっ、そうだ。ちょっと待ってください」
そこで、おれは、フローレンスさんに声をかけた。
「フローレンスさん、こちらへ」
古墳の脇の、森の一角。
雑草を払い、整地し、小さな盛り土をして、石を目印に立ててある。
「これは……」
フローレンスさんがおれを見る。
「……はい、ハモンドさんの首をここに」
フローレンスさんが、しばしの沈黙のあと、微笑んだ。
「……ありがとう、『暁の刃』のみなさん……」
「いえ、たいしたことはできなかったので、せめてこれくらいと」
「とんでもない……感謝します」
「おれからも、お礼をいわせてくれ。ハモンドはおれの友だからな」
と、バルトロメウスさんも頭を下げた。
二人は、土を掘り起こして、ハモンドさんのしゃれこうべをとりだし、汚れをぬぐった。
「ひいおじいさま、あなたにいったい何があったのですか……?」
フローレンスさんは、しゃれこうべに語りかけると、丁寧に布につつみ、バルトロメウスさんが背負ったバッグの中におさめた。
「あの……残りのお体の方は、古墳のなかに……遺品もそこに」
と、おれは言いかけて、はっと思い出した。
そして、いそいで、腰の袋をさぐる。
「そういえば、あれがここに……ああ、あった!」
忘れてた。
古墳からずっと入れっぱなしだったのだ。
古墳の中でハモンドさんの骸が手にしていた、鍵のような匙のような、青い金属のもの。
細長い柄の先に、湾曲した丸い部分があり、その周りがギザギザになっている。
「フローレンスさん、これを」
おれは、それをフローレンスさんに差し出す。
「これは?」
「ハモンドさんが、最後まで握っていたものです」
「おぅ、それは!」
「むう、なんと!」
バルトロメウスさんと、ニコデムス師が、同時に声を上げた。
「ヴァルサーの鍵だ」
「ヴェルサリウスの匙じゃな」
「「「?」」」
おれたちは、なんのことだかよくわからない。
バルトロメウスさんによれば、それは「ヴァルサーの鍵」と呼ばれる古い魔道具で、それを持つことで隠された扉を開けることができるのだという。
ニコデムス師によれば、それは「ヴェルサリウスの匙」と呼ばれる古代魔法の遺物で、邪悪を祓う強力な呪具だという。
どちらも同じものを指しているのだが、永く伝承される間に、情報に異同が生じたようだ。
いずれにせよ、そこではたと気がついた。
つまり、おれがこれを身につけていたからでは?
「朝起亭」で魔物が消滅したのも、あの呪いの人形に勝てたのも、この「ヴァルサーの鍵」「ヴェルサリウスの匙」の力だったのではないか。
「そういうことかー」
パルノフが言う。
「おかしいと思ったよ、アーネスト」
と、ヌーナンも言う。
「なるほどな、それならうなずける」
と、サバンさんも言う。
なにを納得しているのだみんなは。
ともあれ、これは本来、ハモンドさんが持っていたものだ。ハモンドさん亡きあと、正当な持ち主は、フローレンスさんだろう。
おれは、若干の名残惜しさを感じつつも、フローレンスさんに、その、鍵である匙を受けとってもらったのだ。
フローレンスさんは、渡されたそれを、大切そうにしまった。
「よし、では、そろそろ古墳を調べよう」
サバンさんがいい、おれたちはあらためて、古墳の前に立つ。
おれたちが貼ったお札が、あのときのまま扉を封じている。
「開けるぞ」
サバンさんが、お札に手を伸ばす。
そのとき、おれがふと思ったのは、これだけの呪具を持ちながら、どうしてハモンドさんは敢えなくあんな骸になってしまったのか、ということだ。
つまり、あの呪具でさえ役に立たないような、なにか、とんでもない――。
「な、なあ、パルノフ、おれは思うんだが――」
おれがそのことを口に出そうとしたとたん
「「待て、お前は、なにも言うな! 言ってはダメだ!!」」
おれは、あわてた二人に口を押さえられたのだった。
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