『朝起亭』の酒場と、紛れこんだ魔物(の消滅)
「カンパーイ!」
「『暁の刃』にカンパーイ!」
「今日もがんばったなあ……」
「エミリアにも見せたいなあ」
おれたちは、「朝起亭」の酒場で今夜も祝杯だ。
またまた(おれたちにしては)大金を稼いでしまったのだ。
ほんらいのクエストの報酬金はたいしたことがないのだけれど、おまけがついてきた。
なにしろ下水から出てきたのは魔獣ハーヴグーヴァである。ヤバかった。
あぶなく、おれたちは、あいつの美味しい餌になってしまうところだった。
でも、偶然にもおれたちに用があってやってきたサバンさんが、
その上、危険手当ということで、報酬をどーんと上乗せしてくれた。
ありがとう、サバンさん。
あなたはいい人です。こわいけど。
「それにしても、アーネスト……」
と、パルノフが言う。
「おまえって、ついてるのか、ついてないのか、サッパリわからないなあ」
パルノフは考えこむ。
「いつもいつも予想外の事態にまきこまれて死にかけるが……」
ヌーナンも言う。
「いつもいつもだれかが助けてくれて九死に一生をえる……」
「なんだろう、サバンさんが言うように、これは、なにかの呪いなんだろうか」
「アーネスト、お前、呪われるような心当たりないのか?」
「おいっ、お前ら、こわいことを言うなよ!」
おれは憤慨して言った。
「そんなもんあるわけないだろう! それに」
おれは鋭く指摘する。
「これはパーティ『暁の刃』としての経験だからな。それを言うなら、おれではなく、お前たちがへんなものを引いている可能性だってあるんだぞ」
「そうかあ? おれは、アーネスト、お前だと思うがなあ……」
「おれもそう思う」
「なんの根拠があるんだよ!」
「いいか、すくなくとも、今はエミリアがいないのに、同じ目にあっている。エミリアが引いているのではないことはたしかだ」
「なるほど……って、いや、おれは言いくるめられたりしないぞ!」
「それにな、いつも逃げ遅れるのはお前だし……」
などという事を、多少、酔いもまわりつつ、三人でグダグタと話したのだった。
やがて、ぽつりと、ヌーナンが言った。
「明日は、またあの古墳だな……」
そうだった。
おれたちは、ギルドからの依頼で、明日、あの古墳に向かうのだ。
今回のは正真正銘の、ギルドからの直接依頼である。
サバンさんからは「アーネスト、お前が頼りだ」とお願いされている。
おれはしみじみと感慨にふける。
「でも、古墳まで、ちゃんとたどりつけるかなあ……」
「うん、なにしろ、あのメンバーでダメだったんだろう?」
「おれらなんかで、いったい、なんとかなるのかね?」
自信なさげに話す二人に、
「おい、お前ら、何を弱気になってるんだ!」
おれは、リーダーとして、力強く発言した。
「大丈夫だ。明日は、このおれがみんなを先導するんだから。大船にのった気持ちでいてくれ!」
「だから心配なんだよ」
「大船じゃなくて、ぐずぐずの泥船だと思うぞ」
「どうしてお前らには、そうも、優秀なリーダーに対する信頼の心がないんだよ……」
おれは嘆息した。
「よし、とにかく明日に向かって、元気をつけよう。酒と料理を追加だ。おねーさーん!」
おれは、手を上げて給仕のケモ耳ねえさんを呼んだ。
すっかり顔なじみとなったケモ耳ねえさんは、耳をピクッと立てて反応し、すぐに来てくれた。
「あんたたち、最近景気良いわねえ。ずいぶん稼いでるみたいねえ」
愛想良く、ニコニコしている。
「うん」
とおれは答え、
「今日も、稼いだよ。たんまりとね」
腰の袋をたたいた。
ジャラン
とたんに
グェッ?
ギェエエエーッ!
おれたちの後ろから苦しげな悲鳴のようなものが聞こえ、
「あっ! また! また逃げられた?!」
ケモ耳ねえさんが目をつり上げた。
ふりかえると、また、おれたちのすぐ後ろの机で酒をのんでいた三人の客が消えている。
そして、この前のときと同じように、客たちが座っていた椅子の上には、ひとつまみの灰が残されているのだった。
「なんなのよ、まったく……こんど見つけたらタダじゃおかないわよ!」
怒るケモ耳ねえさん。口元から鋭い獣人の牙がのぞく。
「いや……もうこの世で顔を合わせることはできないんじゃないかな」
と、ヌーナンがつぶやいた。
「あの悲鳴は、どう考えても断末魔の叫びだよね……」
「なあ、アーネスト、ヌーナン、おれが集めた情報によるとな」
と、パルノフが小声で言う。
「こういう酒場に、魔物が紛れこんで、獲物を物色することがよくあるらしいぞ」
「えっ、そんなことってあるのか? 冒険者のたまり場だろう。ばれたらおしまいじゃないか」
「だからさ、実力のある冒険者がいるようなところにはこない。駆け出しや、へなちょこ冒険者が集まるような、ランクの低い、安ーい酒場に出るわけだ」
「なるほど……まさに、ここみたいな」
「しっ! 声がデカいぞ。ケモ耳ねえさんに聞こえたら気を悪くする」
パルノフが注意する。
「そ、そうだな。せっかくなじみになったんだから……」
おれたちは、顔を寄せて、ひそひそと話を続けた。
「ヤツらは、へなちょこな、いかにもカモになりそうな冒険者パーティを探しているんだ。そして、これはというのを見つけたら、こっそり後をつけて機会をうかがい、ダンジョンや森で、パクリ!」
「ひえええ」
おれはぞっとした。
「そんなのに目をつけられたら最期じゃないか」
「前回も、今のヤツも、そういう魔物じゃないかとおれは見ている」
「そうなのか? でも、灰になって消えちまったな」
「ここにいる冒険者のだれかが、そしらぬ顔で、技を使って退治したんじゃないかと思う」
「えっ?」
おれは驚いて、酒場を見回した。
大勢の冒険者が、酒をかっくらい、料理を腹につめこみ、笑い、泣き、大声で言葉を交わしている。
このなかに、そんなすごい冒険者がいるのか?
「うーん、見当もつかんな、だれなんだろう」
「わからん。でも、すごい実力があるのに、それをことさらに表にださない、立派な人物のようだ」
なんてすばらしい人なんだ。
おれは感動した。
これだよ。
冒険者たる者、こうあるべきなんだよ。
おれたちも早く、そんな冒険者にならないとなあ。
「おねえさん、お酒追加ね!」
おれは感動を胸に、追加のクワズ酒を注文したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます