英雄的どぶさらい
「それにしても、びっくりだよな」
「ああ、あの骸骨が有名な魔道具ハンターで、しかも
「そんな人が、なんであんな場所に?」
「うーん分からんなあ……」
そんなことを話しながら、おれたちは、南大通りに向かっていた。
この町には、中央広場を貫くようにして、南北に走る大きな通りがある。
この通りは、隣町に続き、さらには王都に至る街道の一部でもある。
中央広場から北の側を、北大通り、南を、南大通りと呼んでいる。
その南大通りにあるドブが、最近、泥やらゴミやらで流れが悪くなり、たびたび溢れるので、なんとかしてくれという依頼なのだ。
住民たちの深刻な困りごとを解消するという、まさに英雄的な仕事である。
おれたちは、鋤簾じょれんやら、竹箒やら、防水ズボンやらのギルドから支給されたドブさらい用具一式を担いで、通りを歩いて行く。
空はよく晴れて、さわやかな日だった。
絶好のドブさらい日和であった。(そんなものがあるとしたら、だがな)
「なあ、パルノフ」
とおれは機嫌良くいった。
「たまには、こんな仕事も悪くないよなあ」
「おぅ、アーネスト、ようやく分かってくれたか。こういうクエストをこなしていくことが大事なんだ」
パルノフがうなずく。
おれは言った。
「なにより、どうまちがっても魔物なんかでてこないところがいいよな」
ヌーナンがしぶい顔をした。
「アーネスト、悪いけどな、お前が何かいうと、おれたちはすごーく不安になるんだよ」
「いや、これはしごく当然のことをいっただけだぞ。このクエストに魔物のでる余地はない」
「そうなんだよ……それはそうなんだけど、なにしろお前だからなあ」
パルノフも、うたがわしそうな顔でおれを見る。
「なんだよそれは」
「南四丁目……おっ、この辺だぞ」
「うわっ、これはひどいなあ……」
通りは、惨憺たるありさまだった。
このあたりのドブは、長方形の木板で、いちおう蓋がされているのだが、その隙間から泥水があふれている。中でつまってしまっているようだ。
汚水に濡れた道路は、日光にさらされて、ひどい臭いをはなっていた。
「これは、溝を順番にさらっていくほかないな……」
「やるか……」
「やるしかないよな」
おれたちは顔をみあわせ、
「「「やるぞ、『暁の刃』、おうおうおう!」」」
気合いを入れて、とりかかったのだ。
「よいしょっと」
木板をもちあげた。
「うっ」
さらに臭いが鼻につく。
側溝の中は、得体の知れないゴミと、泥でいっぱいだ。
なにやらブクブク、あぶくまで沸き立っている。
「こりゃあ、流れるわけないよなあ」
鋤簾で側溝をさらい、かきだしていく。
かきだした泥は、いったん道に積み上げる。
次々とぶちまけられるゴミの山。
「うわっ、なんだよこんなもの流したヤツは」
「なに考えてるんだ……」
「頼むよ、公共道徳ってものをさあ……」
ぶつぶつ文句を言いながらも、作業は進む。
おれたちは、汗をダラダラと流しながら、がんばった。
そして、とうとう側溝の外れまできた。
側溝は、その最後の部分で、大きく地面を掘り下げ、人二人がやっと入れるくらいの四角い空間になっている。上には石板の蓋がある。これは、汚水枡というらしい。そこに、鉄格子のはまった穴があいている。その先は、地下を掘り抜いた下水路が、川にまでつながっていて、最終的に下水は川に流れこむ仕組みになっているのだ。
ふたをあけてみると、ここもひどい。
鉄格子が、ゴミやら何やらで、ほぼ塞がっている。
「これをきれいにしないことには、ダメだな。交代でやろうぜ」
おれが言うと、
「よし、いけ、アーネスト」
「うん、ここはリーダーからだ」
「そ、そうなのか?」
「「そうだ。そういうものだ」」
二人にうながされて仕方なく、おれは先陣を切って、汚水枡のなかにとびおりた。
べちゃっと泥がはねる。
「ひゃあ」
一気に腰のあたりまで、泥水につかってしまった。
防水ズボンをはいていなかったら、ひさんなことになるところだった。
「ほら、これを使え」
パルノフが、シャベルをわたしてよこした。
鉄格子を埋めてしまっているゴミを、そのシャベルをつかって崩していく。
まさにこれは英雄的な仕事である。
「この、この、この!」
なんどか突きこんだら、シャベルがまったく動かなくなった。
「あれ? なんだよ、これ? 硬いな」
「おーい、どうした、アーネスト」
「だめだ、シャベルがぴくりとも動かない」
「なにかにひっかかってるのかな」
「がんばれ」
「がんばれって、お前、簡単に言うけどな、この! この! おっ!」
足をかけて、思いっきり引くと、ごそっと、泥のかたまりがとれた。
「やったぜ……うあっ!」
おれは悲鳴をあげた。
泥がとれて、見通しがよくなった鉄格子の向こうに、キョロリと光る、大きな一つの目玉。
魚のような感情のない目だ。
それがじっとおれを見つめていたのだ。
なんだこいつ?!
思う間もなく、ブシュッと、鉄格子の隙間から何本もの触手がとびだして、あっというまにおれにからみついた。
「うわっ、うわっ!」
おれのからだは凄い力で、鉄格子の向こう、下水路の奥に向かってひっぱられた。
グワン!
「ぎゃっ!」
さいわい、鉄格子があるからその向こうにはいかない。
そのかわり、おれの身体は鉄格子にたたきつけられる。
衝撃で、いっしゅん気が遠くなる。
グワン!
「ぐぇっ!」
触手はあきらめず、なんどもおれをひっぱる。
グワン! グワン! グワン!
そのたびにおれは、
「ぎゃっ! ぐわっ! げっ!」
鉄格子に衝突する。
「このやろう、いいかげんあきらめろよ!」
こんな鉄格子を、おれの身体が通りっこないだろう!
なんて知能が低いんだよ、このよくわからない化け物は!
おれは、なんどもぶつけられもうろうとなってきた。
「たいへんだ、またアーネストがつかまった」
「ホラ、やっぱり出たじゃないかよ……」
パルノフとヌーナンがうろたえる。
おれはもうろうとする頭で、必死に考えた。
そうだ、剣だ。
剣でこの触手をたたき切る。
おれはあわてて、腰に手をやった。
しかし、そこに剣はなかった!
「ドブさらいのじゃまだから、外して路上に置いてあるんだった。ダメじゃん、おれ!」
なにか最近まったく同じセリフを言ったような気がするのだが。
「やああっ!」
気合とともに、上から人が飛び降りてきた。
ヌーナンだ。
ヌーナンが、おれの剣をひっつかむと、刃を立てて飛びこんできたのだ。
ザグザグザグッ!
おれの目の前を、光る刃が通過する。
狙い過たず、化け物の触手は切断され、おれは後ろにひっくりかえる。
「キュウ……」
情けない声をだすおれを、
「しっかりしろ、アーネスト」
ヌーナンが支えて押し上げる。
上からパルノフが手を貸して、おれの身体を路上にひきずりあげた。
「どうした?」
「なにを大騒ぎしてるんだ?」
「何があった?」
おれたちの騒ぎに気がついて、あたりから人びとが集まってくる。
「で、出ましたあ……」
おれは息も絶え絶えに答え、汚水枡を指さす。
その途端に、
バイーン!
鉄格子がはじけ飛び、下水路の奥から、ズルズルと這いだしてくる、ぬめぬめした赤黒い化け物。
たくさんの触手をもつその姿は、烏賊にもにて、
「ハーヴグーヴァだっ! たいへんだあ、川から下水路を遡って来やがった!」
人びとは逃げまどい、大混乱に陥った。
ハーヴグーヴァは、淡水性の、クラーケンの矮小種である。
矮小種とは言っても、烏賊の化け物クラーケン自体がとんでもなくでかいので、ハーヴグーヴァだってけっして小さくはない。
人だってペロリと喰う獰猛、貪欲な魔物なのだ。ただし知能は低い。
倒れた拍子に腰を打って動けなくなったおれは、パルノフとヌーナンに引きずられて避難する。
しかし、ハーヴグーヴァは、その一つ目をおれから離さず、脇目も振らず突進してくる。
しつこい。
「「「ひぃいいい!」」」
おれたちが叫ぶと、
「おまえら、またかよ……」
聞き慣れた声がした。
「どうして、いつもこうなるかなあ……」
声のした方をみると、副ギルド長の元狂戦士サバンさんが立っていたのだった。
「さ、サバンさん!」
「どうしてここに」
「ん、おまえらに用があってな。それで呼びに来てみれば、これだ……」
サバンさんは、
「店の人、ちょっと借りるよ」
ちょうど、酒場の入り口に、飾りとしてかかげてあった大剣を、片手でひょいとつかんだ。
なにしろ、看板代わりの大剣である。ゆうに三メイグ以上あるしろものだ。
なみの冒険者では持ち上げることさえ難しいだろう。
サバンさんの目が赤く光ると、その体がいっしゅんのうちに筋肉で膨れ上がり、
「オオオオオオオ!」
狂戦士の雄叫びウォー・クライがその口からほとばしる。
狂戦士は、凄絶な笑みをうかべ、大剣をかざして、迫り来るハーヴグーヴァの巨体に、正面から突撃した!
大剣が二度、三度とひらめき、ハーヴグーヴァはズタズタになって、べしゃり、路上にくずおれる。
「ふん、まあ、こんなもんだろ」
おそるべし
バーサーク状態の狂戦士は無敵である。
サバンさんは、大剣を酒場にもどすと、
「さて、ここを片づけたら、おまえら、ギルドまでちょっと来てもらうぞ」
そういいながら、ドブさらいの後始末を手伝ってくれた。
こわいけど、いい人なのである。
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