ギルドへの報告と、ランダウの呪い人形

 独り暮らしのばあさんの引っ越しを手伝うという、重大なクエストを見事に達成したおれたち、「暁の刃」。ついでに呪いの人形を退治するおまけもついた。

 おれたちの英雄的な活躍に、ばあさんは泣いて喜んだのだった。


 さっそく、ギルドに報告に向かう。

 扉をバアンとあけて、おれは大声で言った。


「アリシアさん、やりましたよ! 『暁の刃』クエスト達成です!」


「たかだか引っ越しの手伝いで、あんなにテンション上がるものかね……」などという声も聞こえたが、気にしない。そんな連中には、このクエストの崇高さがわかっちゃいないのだ。今おれたちを笑ったみなさん、そういうことでは、立派な冒険者にはなれませんぞ。おれは、「暁の刃」が成し遂げた偉業を理解できないあなたがたに、衷心よりご忠告申し上げます。

 ほら、おれたちの報告を受けて、アリシアさんもうれしそうだ。


「うん、うん、よくがんばったわね」


 おれたちの仕事っぷりを、ねぎらってくれる。

 ああ、アリシアさんはやさしいなあ。


「さすがアリシアさんですね、おれたちにあの仕事を任せてくれるなんて」

「あなたたちなら、やってくれると思ったのよ。正直、ああいう依頼をうけてくれる奇特な冒険者は、このギルドではあなたたちくらいだわ。ありがとう」


 おれは気分良く、


「うん、あれは、やはり、実力あるおれたちでないと無理でしょう。一見ただの引っ越しだけど、実は呪いがかかった建物で――」

「えっ?」


 アリシアさんが、なぜか戸惑った顔をする。


「扉を開けたら黒い霧に引きずりこまれて」

「えっ、えっ?」

「かまどから這い出てきた、へんなとんがり頭の人形が襲いかかってきて」

「えっ、えっ、えっ?!」

「その呪いの人形が、しつこくおれの身体に潜りこもうとするんですよ。びっくりしたなあ。もちろんチョチョイと片づけてやりましたが」

「まあ、直接とどめをさしたのは、たまたま通りがかった馬と、バケツをもった店のおばさんだがな」


 とヌーナンがつぶやく。

 うるさいぞ、ヌーナン。

 おれのだんどりがよかったんだよ。


「建物も見違えるように明るい雰囲気になって、開店予定の、ばあさんの店も商売繁盛まちがいなしですよ!」

「あっ、店の名前を聞いとくの忘れたな」

「まあ、場所はわかるから行けばいいだろう」

「いつからやるんだろうな」

「楽しみだな」


 などと、おれたちが達成感に包まれ、楽しく話していると、


「あなたたち……」


 アリシアさんの様子が、どうもへんだ。

 表情が硬い。


「副ギルド長を呼んでくるから、ちょっと待っていて」

「「「へっ?」」」」

「いい、ぜったい帰っちゃダメよ!」


 いそいで、奥の方に行ってしまう。

 なんだか、こんなことが前にもあったような……。

 おれたちは、わけがわからず顔をみあわせたのだった。



****************



「またか……」


 と、サバンさんがうなる。


「また、おまえたちか!」


 例によって、ギルドの応接室である。

 こんなに何度もここに入れてもらえるとは、おれたちもえらくなったもんだ。

 しかし、サバンさんの顔は渋い。


「どうして、こうなるかなあ……」

「はい……まったくです」


 サバンさんの横でうなずくのは、アリシアさんである。


「おい、アーネスト!」

「は、はいっ!」

「アリシアから聞いたが、その人形ってヤツ、頭がとんがっていて、胴体にはなにか呪文が描かれてたって?」

「はいっ、その通りです! でも」


 おれは、サバンさんの圧力にビビりながら説明した。


「たいしたことなかったですよ。何度もとびかかってきたけど、ぜんぜん攻撃力なかったから。あれはきっと、レベルの低い、ショボい呪いですよね」

「うーん、そこがなあ……」


 サバンさんが、アリシアさんに目配せをする。


「はい」


 アリシアさんが、棚から羊皮紙をとりだし、おれたちの前にひろげる。


「どうだ、お前ら。お前らを襲ったのは、これじゃないか?」

「「「あっ!」」」


 その羊皮紙に描かれていたのは、ザマ葱のようなとんがり頭に、三角の目、大きな鼻に横に広がった口。寸胴な胴体におどろおどろしい呪文が描かれた、細い手足の人形。

 まさにあいつである。


「ランダウの呪い人形っていうんだよ、それは」


 サバンさんが言う。


「で、ショボいんでしょ? いかにも安物の……」


 おれが聞くと


「……ならいいんだが、な」

「へっ?」

「こいつはなあ、いにしえの暗黒魔導師ランダウが術式を組んだといわれている、世界最強クラスの呪道具だ」

「「「ひえええっ!」」」


 おれは、そんなもんにさわっちまったのか?


「これをあの店に仕込んだヤツは、ずいぶん恨みが深かったようだなあ。ランダウの呪い人形といえば、闇で、かなりの値段でとりひきされている代物だからな。おい、アーネスト!」


 サバンさんがおれをじろりとにらむ。


「お前、なんともないのか?」

「ええと……?」


 おれはあわてて、あちこち身体をさわってみたりしたが、とくに何もないようだ。

 ばあさんのように、体調が悪いと言うこともない。

 どちらかというと、調子は良いくらいだ。


「絶好調です!」


 おれが元気に答えると、サバンさんはあきれた顔で、パルノフとヌーナンにも聞く。


「パルノフ、ヌーナン、お前たちから見て、どうなんだ? アーネストにかわりはないか? 呪いに取り憑かれているようなようすは」

「はい、特にかわりはないようです」

「いつもの、軽率で間抜けなアーネストです」

「そうそう、その通り。いつもの、へなちょこなアーネストです」


 って、おいっ、お前ら!


「ふうむ……」


 サバンさんが腕を組んで


「たしかに、アーネストからは、呪われているような気配は感じないが……」


 アリシアさんが言う。


「ふしぎですね……」

「ふしぎだ……本来なら、アーネストごときに太刀打ちできるような、へぼい代物じゃないんだがなあ……」

「はい、それがアーネストに手もなく追い払われるなんて、ありえません!」

「天地がひっくり返っても、アーネストには無理だ」


 本人を前にして、ずいぶん辛辣な会話である。


「あの……」


 おれは、さっきから考えていた自分の推測を、開陳した。

 これしかないと思うんだ。


「おれの実力が、じつはとんでもなく凄かったという……」

「「「「それはない!」」」」


 全員が声をそろえた。

 それはない、そういいたいのはこちらである。

 サバンさんはため息をついて、


「まあ、なんにせよ、良かったな。全員、命があって。依頼人は喜んでたようだしな……これからも、命を大事にがんばれ。とにかく、無茶はするなよ、とにかく。頼むぞ、アーネスト」


 そう言うのだった。


「ああ、それからな」


 サバンさんは、退出しようとするおれたちに声をかけた。


「あの、骸になっていた冒険者だが――」

「なにか、分かったんですか?」


 おれが聞くと、


「ああ、素性がわかった。お前らが持ってきた帽子が手がかりになってな」

「良かったですね、駆け出し冒険者が野垂れ死にのままではかわいそうだ」

「ちがうぞ」


 サバンさんが首を振る。


「駆け出しどころではない。その道では有名な、ベテランの魔道具ハンターだったんだ」

「魔道具ハンター……」

「そうだ。伝説の貴重な魔道具を求めて、遺跡や魔境を探索するのを生業なりわいにしている連中だ」


 おれはおどろいた。

 わからないもんだな……てっきり駆け出しの冒険者がやられちゃったんだと思ったが。

 あの骸骨、実力のあるベテランだったのか……それがどうして、あんなことに。


「関係者が、お前らに詳しく話をききたいとのことだ。こちらに向かって、出発したそうだから、到着したら連絡する。相手をしてやってくれ。急いでも、ここまで来るのに、数日はかかるそうだぞ」

「はい……わかりました」



 おれたちは、クエスト達成の報酬をもらって、ギルドをあとにした。

 報酬はなんと、またまた思いがけない大金になっていた。最強の呪い人形を追い出したぶんが上乗せになったのだそうだ。

 いきさつにいろいろと腑に落ちない点はあるものの、


「よおーし、今日も贅沢にいくぞ!」

「「「やったぞ、『暁の刃』おう、おう、おう!」」」


 満足して宿屋に帰るおれたちである。

 おれは、エミリアに呼びかけた。


 エミリア、がんばってるか?

 どうだ? おれたちはまた稼いじゃったぞ!


 そして、そのころ、エミリアは――

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