「暁の刃」よ、ばあさんを救え!

 おれたち『暁の刃』の、次なるクエストは、孤独な老婆を救うという英雄的なクエストである。

 まあ、わかりやすく説明すると、独り暮らしのばあさんの、引っ越しの手伝いをするわけだが。


「おい、パルノフ、ヌーナン、目的地はまだか……」


 パルノフとヌーナンが、地図を手に前を歩いて行く。

 地図をさわらせてもらえないおれは、引っ越し荷物を積む予定の、大きな荷車を引きながら、その後をついて行く。

 一人で荷車を引くおれは、すでに汗だくである。


「このあたりのはずだ」

「あれじゃないか?」

「おっ、そうだな」


 それは町外れの一軒家だった。

 かなりのボロボロで、屋根もかたむきかけている。

 廃屋とみまごうばかりだ。

 おれたちは、あけっぱなしの戸口から、声をかける。


「すいませーん」

「冒険者『暁の刃』でーす」

「ギルドからきましたあー」


 ……返事が無い。


「おい、ほんとうにここでいいのか?」

「いや、ここで確かだ」

「留守かな」

「まさか、ばあさん、中で血を吐いて死んでるとか」

「やめろ、アーネスト」

「なんで血を吐くんだよ」

「とにかく、もういちど、呼んでみよう」

「「「すみませーん、だれかいませんかあー!」」」


「……ふぇえ……」


 こんどは、弱々しい返事があって、なかでごそごそ人の気配があった。


「おっ、いたぞ」

「よし、生きてた」

「だから、なんで死ぬんだよ」


 だが、あらわれたばあさんを見て、ヌーナンがいった。


「おい、アーネスト……お前の言うこともあながち……」


 なにしろ、よろよろとあらわれた依頼人のばあさんは、顔色は真っ青で、足下もおぼつかず、それこそ、さっきまで血を吐いていたと言われたら、そうだろうそうだろうと、うなずかざるをえないような衰弱ぶりだ。


「ばあさん、あんた、大丈夫か? 病気か何かじゃないのかい?」


 ばあさんは、弱々しく答えた。


「……ここ数日、妙に調子が悪くてね……あんたら、来てくれて助かったよ」


 ばあさんは続けた。


「こんなショボい依頼なんか受けられるか、たいていの冒険者はそういうからね。ごもっともだとは思うけど、それでも、自力ではなかなかできないから……」

「なにっ! それはひどいなあ、冒険者の風上にも置けん! 困っている人を助けるのがおれたちの使命なのにな」


 と、おれは、ギルドでの自分の発言は棚に上げて、憤慨して言った。


「でも、そんなありさまで引っ越しできるのか? 別の日にしてもいいんだが……」

「いや……」


 ばあさんは首を横に振った。


「今からでお願いするよ。これは、あたしの夢だったからね」

「夢?」


 聞いてみると、ばあさんは、小さな賄いの店を出すのが、昔からの夢だったんだそうだ。

 それで、生活をきりつめながら、少しずつ金を貯めて、準備をしてきた。

 ずいぶん時間がかかってしまったが、ようやく、資金がそれなりにたまってきたところに、おりよく、町の一角に物件が見つかった。新しくもなく、広くもないが、とにかく破格の安さだったので、これ幸いと権利を買って、そこで、冒険者相手に念願の小料理屋を始めるのだという。


「まあ、資金をつくっているうちに、こんな年寄りになってしまって、いまさら老い先も短いだろうが、それでも、ずーっと思ってきたことだからね。死ぬ前に、一年でも二年でも店をやりたいんだよ」

「そうかあ……店を開いたら、おれたちも食べに行くよ、なあ、みんな」

「「もちろんだ」」


 おれたちは、話をきいて、ちょっとしんみりしてしまった。

 ばあさんはがんばったのだ。

 この家がボロなのも、直すお金を開業資金のほうにまわしたのだろう。


「よし、ばあさんがそういうなら、さっそく始めよう」

「たのむね」

「「「おう!」」」


 おれたちは、それほど多くはないばあさんの荷物を、荷車につみこむ。

 体調不良のばあさんも、荷車に乗ってもらった。

 おれが荷車を引き、後ろから二人が荷車をおしながら、町中に戻っていく。

 途中、町の商店で、ばあさんがすでに注文してあった、店用の用具なども受け取りながら、開業予定の物件に向かった。

 ばあさんは、青い顔のまま、荷物にもたれている。


「ほんとうに大丈夫なのかい、ばあさん。なんか持病とかあるんじゃないのか?」

「生まれてこの方、病気なんかしたことはないんだけどねえ……どうも最近、良くないんだよ」

「どこか痛むのかい?」

「いや……べつに痛いとかそういうのはないんだけど、なにかへんに身体が重くてねえ、疲れやすいんだ。……力も入らない……歳のせいかねえ……」

「でも、少し前までは元気だったんだろう?」

「そうだよ。ピンピンしていた。……良い物件がみつかって、いよいよだと思ったら、気が抜けたのかねえ……」

「どうだろうなあ」


 後ろをふりかえって、ばあさんをちらっとみると、なんだかばあさんの影が薄くなっているような気がして、新しい料理店の前途を案ぜずにはいられない。


「あんたたち、『暁の……刃』っていったかね」

「おっ、ばあさん、聞いたことあるかい?」

「いや、ない」


 ばあさんは、あっさり断言した。


「そ、そうか……」


 おれはがっかりした。


「でも、ギルドに頼みに行ったとき、こんなケチな依頼引き受けてくれる冒険者いるかねえって心配したら、受付の女の子が、だいじょうぶ、ぜったいに引き受けてくれるパーティに当てがある、って言ってたんだ」

「それ、アリシアさんだな……」

「きっと、あんたたち評判がすごく良いんだね」

「もちろんだ、ばあさん。おれたちは有名なんだ。ばあさんも、今からは、おれたちの名前をしっかり覚えておいてくれよ!」


 おれは胸を張った。


「……へなちょこぶりで評判なんだよな……」


 と、ヌーナンが小さな声でつぶやく。

 だまれ、ヌーナン。


「あっ、あそこだよ。あの青い建物の横のところ」


 ばあさんが指さしたのは、大通り沿いの、大きな二軒の建物にはさまれた狭い場所だった。

 小さな石造りの建物が建っている。

 もともとそこは、なにかの店だったのだろう。

 壁には、看板を外したあとがあった。


「こんな、大通りに面しているのに、なぜか格安だったんだよ」


 と、ばあさんが言う。


「なんでも、前の店主が、体調をくずして、きゅうきょ店を処分することになったんだそうだ」

「ふうん……」


 パルノフが、急に前に出てくると、おれの横に並んだ。


「うーん……これは……」


 表情が曇っている。


「どうした、パルノフ?」

「なあ、アーネスト、お前、なにか感じないか?」

「ん? なにがだ?」

「あの、ばあさんの買った店だよ。なにかおかしくないか?」

「ええっ?」


 おれは、あらためて、だんだん近づいてくるその建物をながめた。

 見たところ、とりたててかわったことはないようだが。


「いや……とくになにも」


 見ていてもわからないので、パルノフに聞いた。


「どこがおかしいんだ?」


 パルノフは、不審そうな顔で言った。


「おれには、あの店のあたりだけが、なにか妙に薄暗くみえるんだが……」

「影の薄いばあさんが家を買ったから、家まで影が薄くなっちゃったとか? ハハハ」


 とおれは冗談を言ったが、


「いや……むしろ、その逆のような気がする」


 と、パルノフが真剣な声で答えた。


「おかしいな、あの家。おかしいぞ」


 と、ヌーナンも、おれの横に来て言った。


「お前まで」

「よく見てみろ、アーネスト。さっきから、通行人も、あの店の前を、すっと避けて歩いていくんだ。あれはたぶん無意識になにか感じてるんじゃないかな」

「おいおい、こわいこというなよ! そんなこと言うから、急に、荷車が重くなってきたじゃないか!」


 おれが、ふうふう言いながら抗議すると


「「ああ、それは、いま荷車を引いているのがお前一人だからだな」」

「おいっ!」



 おれたちは、店の前に荷車をとめた。

 ばあさんも、大儀そうに荷車を降りて、おれたちに礼を言う。


「ありがとね……助かったよ」

「いやいや、ばあさん。まだ仕事は終わってないから。荷物を運び込むのもやるよ」

「ほんとうに悪いねえ。あんたらが店に来てくれたら、ちょっとおまけしてあげるよ」

「オッいいねえ! 頼むよばあさん。おれは、ザザ芋とナダ豆のスープが好物だぞ」

「任せておくれ。あたしの得意料理だよ」


 そういって、ばあさんは、古びた家の鍵をとりだす。

 扉の鍵穴にさしこもうと、カチャカチャやっている。


「うーん、なんだか胸騒ぎがするな」


 パルノフが言う。


「……おれもだ」


 とヌーナン。

 ばあさんは、なかなか鍵を開けられないようだ。


「ああ、ばあさん、手伝ってやるよ」


 おれは、もたもたしているばあさんの代わりに、扉の前にたって、鍵をさしこんで、


 ブワアアア!!!


「うわわーっ!」


 扉が開いたとたん、建物の中から、おどろおどろしい黒い霧のようなものが吹きだしてきた!


「うわっ、これはヤバいヤツだ!」

「あぶないばあさん!」


 パルノフとヌーナンが、立ちすくむばあさんを抱えて、すばやく退避するのが見えた。

 おれは——もちろん逃げおくれたのだった。

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