酒場でのあれこれ

「クエスト達成にカンパーイ!」

「『暁の刃』にカンパーイ!」

「うんうん、おれたちはがんばった」

「いやー、ホント、こんなにもらえるなんてなあ」


 おれたちは、朝起亭の酒場で、泡立つクワズ酒の杯を手に、祝杯をあげていた。

 たった二ギルダのしょぼい稼ぎのはずが、思いがけず大金になり、口元が緩む。

 男三人の会話も弾もうというものだ。


「それにしても、サバンさん、めちゃくちゃ怒ってたなあ……」

「ああ、『ギルドが舐められている!』 ドカン!! ……こわいよ狂戦士バーサーカー

「でも、いったい、なんだったんだろうね」


 パルノフが首をひねる。

 おれは、定番のザザ芋とナダ豆のスープをすすりながら、


「おれたち『暁の刃』があんまり優秀だから、危険を察知した魔物が相談して、『手がつけられなくなる前に、ひとつ、このへんで叩いておこう』みたいな?」

「「ないない、それだけはない!」」

「なんで断言するんだよ」

「「なんで断言できないんだよ!」」

「お前ら、どうしてそんなに息が合ってるわけ?」

「アーネスト、お前ひとりがおかしいんだぞ、それは関係者全員の統一見解だ」


 とヌーナン。

 あいかわらず、ひどいことをいうやつだ。


「この件、考えてみると……」


 と、パルノフはまだこだわっている。


「いろいろと腑に落ちないことがあるんだよな」

「うーん、やっぱり、朝起亭の売りはこのスープだ。この酸味がいけるんだよ」

「これ、そんなにうまいか? お前の舌は変だ」

「話をきけよ、アーネスト、ヌーナン」


 パルノフは腕を組んで


「最大の疑問は、あの冒険者の骸だ」

「なにが? せいいっぱいがんばったけど、あそこで力尽きたんだろ。かわいそうにな」

「お前、おかしいと思わなかったか?」

「ん?」

「いいか、あの骸骨は、玄室の扉の前にあったよな?」

「ああそうだけど……?」

「どうしてあそこにいたんだろう」

「どうしてって、だからあそこで……」

「玄室の扉にはお札が貼ってあった。そして、羨道の入り口の扉にもお札が貼ってあった」

「だから?」

「入り口のお札はだれが貼ったんだよ」

「それは……ああ、そうか!」


 ヌーナンが、はっと気がついた顔だ。


「なんだって?」


 おれにはさっぱりわからないが。


「玄室のお札は、まあ、あの冒険者が貼ったとしてもいいだろう。でもな、羨道の入り口のお札は、外から貼って封じてあったんだぞ。あの冒険者が貼るのは無理だ」

「そういうことか!」


 たしかに、中にいる冒険者が、外からお札をはって羨道の扉を封じるなんてできるはずがない。


「どう考えたらいいんだ?」

「考えられるのは、あの場には、ほかにまだ、誰かが居たってことだ。そいつが、冒険者が中にいるのに、外からお札を貼ったんだ」

「じゃあ、あの冒険者は、なかまに見捨てられたってことか? それはひどいな……」

「いや、かならずしも、仲間とはかぎらないぞ」


 ヌーナンが言った。


「騙されて閉じ込められたのかもしれん」

「てことは、一歩間違っていたら、やっぱり、おれたちもああなってたんじゃないのか?」


 コロコロ転がっていく、冒険者の首がうかぶ。


「ひいいい」


(実は、この入り口のお札に関しては、別の可能性もあったのだ。

 しかし、この時点ではおれたちの誰も、そこには思いいたらなかったのである。)


「ブルル、これは、もういっぱい飲んで厄払いしないとな!」

「おーい、お姉さーん、追加で注文おねがいしまーす!」


 やってきたケモ耳の、女給のおねえさんは、おれたちをじろりとみて


「ねえ、あんたたち、そんなに注文して、お金の方は大丈夫なの?」


 と、疑うような声で言った。

 まあ、日頃が日頃だからな、無理ないといえば言えるけどな。

 だが、今日のおれたちは違うのだ。


「もちろんだ。金はしこたま稼いだ、この通りだ」


 おれはそういって、金をいれてある腰の袋を、ポンポンと叩いた。


 ジャララン


 と、袋の中から音がする。


「あら、まあ」


 と、お姉さんがにこやかな顔になる。

 ところが、突然、


 ギョェエエエエエエエ!


 おれたちのすぐ後ろで、断末魔の叫び声が上がった。


「キャッ!」


 お姉さんが悲鳴をあげた。


「うわっ、な、なんだ?!」


 おれたちはとびあがって、ふりかえる。

 すると、おれたちの後ろのテーブルについていた四人組の連中が、黒い煙となって消えていくところだった。

 煙の中に、歪んだ苦しげな顔が浮かぶ。

 煙はちりぢりに拡散し、そして、四つの椅子の上には、それぞれ、小さな灰の山が残された。


「ええっ?」


 いったい何事かとおどろく、おれたち。


「なによ、こいつら? いきなり消えちゃって。食い逃げ?!」


 お姉さんは目をつり上げている。


「いや……そういう問題じゃないのでは……」


 パルノフがつぶやく。


「どっちかというと、無理やり消滅させられた……っていう感じだけどな」


 しかし、満員の酒場の冒険者たちは、この様子をちらっと見ただけで、なにごともなかったように、すぐにまた自分たちの会話に戻っていった。


「下級のけちな魔物だな……食べつけないものでも喰ったか」


 そんな声も聞こえてきた。

 さすが海千山千の冒険者たちは、こんなことぐらいでは動じないのだろうか。

 うん、おれたちも、優秀な冒険者として、そうありたいものだな。


「お姉さん、クワズ酒三杯追加ね。あと、スープもちょうだい」


 おれは、さもなんでもないというふうを装って、なおも怒っているお姉さんに、追加の注文をしたのだった。

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