ギルドへの報告と、おれたちの稼ぎ

 怪しげな古墳の、三枚のお札を貼り替えるという、まさに英雄的なクエストをこなしたおれたちは、意気揚々、ギルドへ報告に行った。

 ギルドの大きな扉を勢いよく開けて、おれは叫んだ。


「アリシアさん! やりましたよ、任務達成です!」


 受付にいるアリシアさんが、顔をむけて、にっこりと微笑んでくれる。


「さすがアリシアさんですね、ちゃんとおれたちの実力を考えて、あのクエストを任せてくれたんですね」


 受付で、おれが礼を言うと、


「まあ! アーネスト、あなたも、ようやく自分を客観的に見られるようになったのね! 本当によかったわ!」


 とても、うれしそうだ。

 おれはうなずき、


「一見簡単そうだけど、実は、命の危険もあるクエストなんてね。あれは、へぼいパーティが、うかつに手を出したら、ぜったいに生還できませんからねえ」

「ん?」


 アリシアさんがなぜか首をかしげる。


「実力あるおれたちでさえ、危なかったですよ。なあ、みんな」

「うん、石棺から出てきた、あのへんな黒い霧はヤバかった。あぶなくアーネストがやられるところでした」

「えっ?」

「おれたちの前に、あそこにはいって、命を落としたらしい冒険者の骸もありました」

「ええっ?!」


 アリシアさんは、なぜかひどく驚き、立ち上がってしまった。


「ど、どうしたんですか、アリシアさん?」

「地図渡しましたよね? だれが地図を読んだの? まさかアーネストじゃないわよね?」

「だいじょうぶです、地図を読んだのはおれです」


 とパルノフが言う。


「アーネストじゃありません」

「そう……」


 アリシアさんが言う。


「じゃあ、前みたいに、まちがえてへんなところに行ってしまったわけではなさそうね」

「「はい、アーネストには、けして地図は触らせてませんから」」


 パルノフとヌーナンが答える。

 おい、お前たち。

 どういうことだよ。

 なんだかひどい言われような気がするぞ……。


「あなたたち、少し待っていて下さい。今、すぐに副ギルド長を呼んできますから」

「へっ?」


 アリシアさんは、あわてて、急ぎ足で行ってしまう。

 おれたちは、わけが分からず、顔を見合わせたのだった。



*********************


「で……」


 と、ギルドの応接室で、おれたちは、サバンさんから事情聴取をうけていた。

 この部屋に入るのは、『白銀の翼』と顔合わせをして以来だ。

 なぜか厳しい顔のサバンさんの前で、おれたちは小さくなって座っている。


「地図の通りにいってみたら、古墳があって、そのなかで黒い霧におそわれた、と」

「はい。でもチョチョイと片づけて、お札も三枚、依頼通りにしっかり貼り付けてきましたから!」


 おれは胸を張って言った。


「うーん……」


 サバンさんは、腕を組み、眉間にしわを寄せて、アリシアさんを見た。


「どう思う、アリシア……こいつらの話」


 アリシアさんも深刻な顔だ。


「これは……まずいですね……」

「そうだ。これは問題だ」


 サバンさんがきびしい顔で言う。

 おれはビビりながら、おずおずと聞いた。


「あの……さっぱりわからないんですが、おれら、また、なにかしくじりましたか?」

「ん? いや、そういうわけではない」


 サバンさんは、おれたちに、


「おい、お前ら、今持ってるだろう? 手元の依頼文と地図を出してみろ」


 と命じた。


「は、はいっ!」


 パルノフが、あわてて袋に手を突っ込む。


「ええと、ここに……あっ、うわっ!」


 パルノフの袋から、ボフンと灰色の煙のようなものが立ち上った。


「どうした?」


 パルノフが青い顔で


「さわったとたんに、ぜんぶ、塵みたいに崩れてしまいました。もう、なにも残ってません」

「やはりか……証拠を始末したな。アリシア、あれを」


 サバンさんが、アリシアさんに目配せをすると、アリシアさんは書類棚から、羊皮紙をとりだして、おれたちの前に広げた。


「これは?」

「あとで揉めるといけないからな、ギルドへの依頼は、すべて、ギルドが受け付けた段階で、そっくりそのまま書き写して保存してあるんだ。これが、今回のお前たちへの依頼だ。見てみろ」


 おれたちは、紙をのぞきこむ。


「あれっ?」


 おれは思わず声に出した。


「おれたちの依頼とはちがいますよ、これ」


 サバンさんは首を振る。


「いや、ちがわないんだ」


 パルノフが、依頼文を見て、言う。


「ですが、これだと、道祖神の祠を三カ所まわって、それぞれにお札を貼るって書いてありますよ。たしかにお札の数は計三枚だけど」


 ヌーナンも言う。


「それに地図も違う。この地図でしるしがしてあるのは、村に入る街道沿いの三カ所で、おれらが行ったような森の中じゃない……」


 おれは、パルノフとヌーナンに言った。


「おい、おまえら、なにか勘違いしたんじゃないのか?」


 おれは(正直なところ)ろくに依頼文を読んでいないし、今回地図もまったく見ていないから、おれがまちがえるということはありえないのだ。

 さすがはおれである。巧まずして、危機管理ができていると言えるだろう。


「「そんなわけないぞ。おれたちは指示の通りに行ったんだ」」


 二人は断言する。


「「お前ならわからないがな、アーネスト」」

「そうだな、アーネストはともかく、パルノフとヌーナンは間違えないだろう」


 サバンさんがうなずく。

 アリシアさんもうなずく。

 おいっ、みんなそろってどういうことだ。

 ひどいじゃないか。


「となると、考えられることは――」


 と、サバンさん。


「お前たちが、オリジナルの依頼文と地図を受けとってギルドを出た後で、その二つの内容が変わってしまった、ということだ」

「すり替えられたっていうんですか?」


 パルノフが、おどろいて聞く。


「いや、それはないだろう。おそらく、書かれていた内容自体が変化したのだ。あるいは……お前らが見たものが本来書かれていた内容で、その上に、術で目くらましがかけてあったのかもしれん……」

「すみません……」


 アリシアさんが、申し訳なさそうに謝った。


「これは、偽装を見抜けなかった受付部門の責任です」

「まあ、そこはあまり責められんな……こんなショボい依頼に、それほど高度なことがしてあるとはだれも思わんだろう」

「でも、だれが、なんのためにそんなことを?」


 ヌーナンが聞いた。

 おれもそれが知りたい。


「うーん……そこなんだが」


 サバンさんは考えこんで、


「ひょっとしたら、罠かもしれんな、かけだしの冒険者を狙った……」

「罠、ですか?」

「そうだ。張り出された依頼文はこんなにショボく、しかも報酬がたったの二ギルダぽっち。こいつを受けようっていう冒険者は、よっぽどのへっぽこか、駆け出しだ。パーティさえ組んでないかもしれん。もし、お前らが実際に遭遇したような内容の依頼なら、おれたちが止めて、かけだしには受けさせない。それがこんなふうに偽装されているので、なにもしらない初心者が依頼を受け、無警戒で、のこのこと出かけていく。現地に着いて、なにかおかしいと思うかもしれんが、経験不足だし、自分の実力も分からないから、まんまと罠にはまり、最後は魔物の美味しいエサになるわけだ……」


 サバンさんは、おれたちをじろりと見て


「よかったな、お前ら。生きて帰ってこられて……」

「なにいってんですか、サバンさん。これが『暁の刃』の実力ですよハハハ」


 おれは強がりを言ったものの、内心では大きくうなずいていた。

 はあ……危ないところだったぜ。

 とにかくあの黒い霧と、その奥の二つの目はヤバい。


「しかし魔物がそんな手の込んだことをするでしょうか?」


 アリシアさんは釈然としない様子だ。


「なにかもっと深い理由が……」

「いずれにせよ、これは大問題だ。偽装した依頼とは、ギルドがなめられている。至急調査をして、キッチリ片をつけないとな。ふざけたまねを二度とはさせない!」


 そういって、サバンさんは、テーブルの上の依頼文を、拳で、がん! と叩いた。


「「「ひえっ!」」」


 サバンさんの狂戦士の肉体から、燃えるような怒りがメラメラと立ち上っている。

 こ、こわい。


「あ、あの、そういえば……」


 おれは、腰の袋からとりだしたものをサバンさんに渡した。

 ボロボロになった、安物の革帽子である。


「ん、これは?」

「はい、あそこで骸になっていた冒険者の遺品です」


 サバンさんは、それをそっと手に取った。


「そうか……ギルドの記録を当たってみれば、その冒険者がだれか分かるかもしれんな……よく持ち帰ってくれた。礼を言うぞ、お前たち」


 そういって頭を下げた。

 いい人なのである。おっかないけど。


 そのあと、アリシアさんから、今回のクエストの報酬をうけとり、おれたちはギルドを後にした。

 報酬は、契約通りの二ギルダだけかと思ったら、おれたちの手に渡されたのは、ビックリしたことにずいぶん大きな金額だった。今回のクエストが、募集通りのものでなかったことに対する迷惑料と、古墳で命を落とした冒険者の情報をもってきたことへの、ギルド規定の礼金とのことだった。

 たいへんな目にはあったが、予想外のお金を稼ぎ、おれたちはその夜も、朝起亭の酒場で浮かれたのだった。


 みてるか、エミリア!

 おれたちは、がんばって稼いでるぞ!

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