石棺に潜むものは

 パルノフとヌーナンが、力をこめて、両の扉を引き開ける。

 長きにわたって封印されていたにも関わらず、金属の扉は、きしみもせず開いた。

 扉が開いた瞬間に、しゅっと空気の漏れる音がして、松明の炎が揺れた。

 意外なことに、中から吹いてきた空気は、なんの匂いもしなかった。

 扉が徐々に開き、玄室があらわになる。

 おれは、松明を高くかかげ、玄室の中を照らした。

 まず、目につくのは、中央に鎮座する白い石棺だ。

 だが……。

 これって、ほんとに石棺なんだろうか。

 なにしろ、形がおかしい。

 ふつう、こういうものは、棺なのだから長四角だと思うのだが、この石棺はちがう。

 みるところ、五角形をしているようだ。

 こんな形じゃ、中に人間が横たわるのは無理だろう……。


「なにか、これ、へんだよな……」


 おれは思わず声に出した。


「ああ、たしかにな……」


 パルノフも同意する。

 おれたちは、玄室の中に踏みこむ。

 広い。

 みまわすと、周囲の壁は、湾曲しており角はない。

 つまり、この玄室は円筒状のつくりをしているのだ。

 天井はドーム型でけっこう高い。

 羨道と違って、玄室の中にはいっさい装飾がなかった。

 副葬品のようなものも見当たらない。

 つるっとした一枚岩の床には、塵一つ落ちていない。


「なんだか……わけがわからないな……」


 このありさまは、古墳としても理解できない。


「これは、墓というより、まるで、祭壇みたいな……」


 ヌーナンも感想をのべる。


「まあ、とにかく」


 おれは二人に言った。


「なにかとんでもないものが出てこないうちに、さっさと片付けよう。おい、パルノフ、お札をよこせ」

「あ、ああ、そうだな。ほら」


 パルノフは、袋からお札を取り出して、手渡してきた。


「よーし、やるか。ええと、古いお札は、と。ああ、あった、これだ」


 おれは、五角形の石棺の蓋を封じるように貼ってあるお札を見つけて、ぺりっとはがした。

 これまでと同じように、はがれた札は、すっと朽ちて消えた。


「あっ、バカ、アーネスト!」


 パルノフが叫んだ。


「ん? なんだ?」

「アーネスト、どうしてお前はそうも短絡的なんだ」

「なにがだよ」

「それをはがす必要なんかないじゃないか」

「ええっ?」


 ヌーナンも首をふって、やれやれという表情だ。


「いいか、アーネスト。扉にはってある二枚のお札は、剝がさなきゃ、中に入れない。だから仕方がない。でもな、その石棺の札は、剥がす必要ないだろ。そのまま、新しいのを上から貼ればいいだけじゃないか」

「なるほど! そりゃそうだ。お前、賢いな」


 おれは、なっとくしてポンと手をうった。

 まあ、でも、もう剥がしちまったけどな、ハハハハ。


「アーネスト、わかるか、お前がそれをはがしたから、今、この古墳は、一枚もお札が貼られてない状態、つまり、魔封じがまったくされてない状態になっているんだぞ」

「げっ、そりゃまずいな!」


 おれはあわてて、新しいお札を、石棺に貼り付けようと――


  ガタガタガタガタ

    ガタガタガタガタガタガタ


「うわわっ?!」


 まるで、中身が煮えたぎった鍋の蓋みたいに、石棺の蓋が、がたがた揺れ始めた。

 床もぐらぐらゆれる。


「たいへんだ! アーネスト、急げ、はやくお札を貼るんだ!」

「わ、わかった、おっ、ううっ、これは、難しいな」


 おれはお札を貼りつけようと奮闘するが、床が揺れる上に、蓋もがたがた動いて、なかなかうまくいかない。


「わっ、わっ、わっ」

「なにやってんだ、アーネスト! はやく貼らないとヤバいぞ!!」


 ヌーナンが焦った声を出す。


「わかってる、わかってるけど、難しいんだよ!」


 おれも怒鳴り返す。

 おれがもたもたしているうちに、


  ゴリッ


 石棺の蓋が半分ずれてしまった!

 思わずそこに目をやると、闇に包まれた石棺の奥で、


  キョロリ


 二つの目玉が光った。

 おかしな眼だった。

 そんなものをおれはこれまで見たことがない。

 大きな目、その目の瞳の部分が、眼球から外に、棒状に突き出しているのだ。

 その瞳がおれを見つめたかと思うと、


  ブワワッ!


 石棺の中から、黒い霧が噴き出してくる。

 ねっとりとした、まるで液体のような密度をもった霧が、何本にもわかれてうねうねとのたくり、おれたちに迫ってきた。

 あの壁画の通りだ。


「ひぃいいいい、でたあーっ!」

「に、逃げろっ、ここはいったん撤退だ!」

「了解だっ!」


 おれたちは脱兎のごとく、扉に向かって駆け出す。

 頭の中に、骸骨になった三人の絵がうかんだ。

 そして、扉で死んでいたあの冒険者。

 あんなになってはたまらない。

 パルノフとヌーナンが羨道に飛び込んだ。

 よし、おれも!


「うわっ!」


 おれはそこで、足を取られてばったり倒れた。

 振り返ると、黒い霧がおれのかかとをがっちり包み込んでいた。


「うわっ、うわっ」


 おれはジタバタもがくが、すごい力で掴まれていて、まったく動けない。

 黒い霧が、ズルズルと足から這いのぼり、おれの体を包んでいく。


「あっ、アーネストがやられる!」

「たいへんだ!」


 パルノフとヌーナンが戻ってきて、おれに手を伸ばす。


「アーネストつかまれ!」

「お、おう!」


  ずるるっ!


 おれは手を伸ばしたが、その手が二人に届くより先に、おれの体は奥に引きずりこまれてしまった。


「うわわーっ!」


 とうとう黒い霧が完全におれの体をつつみこんだ。

 おれは目の前が真っ暗になり、上も下も分からなくなる。

 うう、もう、だめか……?

 こうやって、あの冒険者もやられたのかなあ?

 そして、おれもあんなふうに、ミイラとなって、首がコロコロころがってしまうのか……。

 ああ、情けない。

 エミリアが、がんばって帰ってきてくれても、おれはいない……。

 みんな、すまん。

 故郷は、おまえたちだけで行ってくれ……。

 おれは行けなかった。

 故郷に帰ったら、おれが勇敢に戦って死んだと、村のみんなに伝えてくれ。

 うう……。

 …………。

 ……………。


  ゲフッ!


 なんだかゲップのような下品な音とともに、突然、おれの体は放り出された。


「おわっ!」


 床に投げ出されて、ゴロゴロころがる。

 なんだ?

 いったいどうなった?

 朦朧とした目でふりかえると、黒い霧がずるずると石棺の中にもどっていくところだった。

 まるで、いやなものに触れて慌てて逃げていくようにも見える。

 なにがどうなってるのか、まったく、わけがわからない。

 ひょっとして、このおれが、あんまり優秀な冒険者だから、恐れをなしたのだろうか。

 黒い霧は、石棺の中に吸い込まれると


  ゴトン


 ご丁寧にも、中から蓋を元通りの位置に戻した。


「「だ、だいじょうぶか、アーネスト?!」」


 パルノフとヌーナンが駆け寄ってくる。


「今だ、おれの代わりに、これを、これを貼ってくれ」


 おれは、握りしめていたお札を、ヌーナンに渡した。


「わかった!」


 ヌーナンが石棺に飛びつき、蓋と石棺をお札で封印した。

 羨道に出て、玄室の扉をもとどおりに閉め、二枚目のお札を貼る。

 もっとも、おれは足に力が入らず、二人が扉をしめて札を貼るのを、羨道の壁にもたれて、ただみているだけだったが。


「よおし、やったぞ。さあ、みんな、脱出だ!」


 おれはさっそうと指示を出した。

 残念ながら、まだ自力では立てないので、パルノフとヌーナンに、両側から抱えられ、出口まで引きずられていった。

 羨道を引きずられながら、ふと目をやると、壁画がグネグネとうごいているのがわかった。

 こうやって、この壁画は、侵入者に応じて変わり続けているのかもしれない。

 羨道から外に飛び出したおれたちは、外のまぶしさに目を細めた。

 ずいぶん長いこと中にいたような感じだったが、そんなに時間は経っていなかったようだ。

 まだ日は高い。

 入口の扉をしめて、三枚目のお札を貼る。

 お札が貼りつくと、扉は溶け合うように隙間なくふさがれた。


 よし、これで、クエストは完遂コンプリートだ!


「はああ、やったぜ……!」


 おれたちはその場にへたりこんだ。

 そのまま、勝鬨かちどきを上げる。


「「「やったぜ、『暁の刃』、おう、おう、おう!」」」


 そんなおれたちの横には、あの、名も知れぬ冒険者の髑髏が転がっていた。

 逃げるどさくさに、おれたちのだれかが蹴っ飛ばしてしまったのかもしれない。

 蹴っ飛ばしたのがおれだったら、ごめんな。まちがっても、たたるなよ。

 おれは心の中で謝った。

 ななめに転がっている冒険者の髑髏は、歯をむき出して、おれたち『暁の刃』の偉業を讃えてくれているかのようだった――。


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