羨道の壁画と、冒険者の骸

「「「いくぞ『暁の刃』、おう!おう!おう!」」」


 怪しげな古代文字の書かれた扉の前で、おれたちは気勢を上げ、古墳の中に一歩踏みこんだ。

 松明のあかりが照らすのは、まっすぐに続く羨道。

 しかし、奥の方にまでは、そのあかりはとどかず、行く手は闇に包まれている。

 この先に、玄室があり、そこには何者かが眠る石棺が……。


「うう、おっかないな……」


 おれは、ちょっとびびった。

 だが、そこで、ギルドに貼ってあった、このクエストの依頼文を思い出した。

 そうだ、あれには「危険はほぼありません」て書いてあったじゃないか。

 危険はほぼないんだよ、ほぼ。

 うん、大丈夫だ。

 はっ?

 おれはそこで、あらためて気がついた。


「なあ、みんな」

「なんだ、アーネスト」

「あの依頼文だけどな…、危険は、、ないって書いてあったよな」

「そうだな」

、ってことは、つまりっていう……」

「「ばか、アーネスト!」」


 おれはすぐに、二人に止められた。


「お前はそれ以上、ひとことでも口にするな」

「いや、でもな……」

「やめろ! これまでだって、お前が口を開くたびに、事態が悪くなるんだよ」

「ひどいいわれようだなあ」

「「事実だ!」」

「……そうなのか?」

「「そうだ」」


 ふたりは断言する。

 釈然としないが、まだおれたちは、古墳の中に一歩入っただけである。

 ここでもめていてもしかたがない。

 とりあえず、進むしかなさそうだ。

 松明をかかげながら、おっかなびっくり進んでいく。

 揺れる明かりが壁面を照らす。


「おや、なんだ、これは?」


 白い壁面を飾る、彩色された模様……いや、これは、絵だ。

 羨道には、一面に壁画が描かれていた。

 埋葬者の業績をたたえる、年代記かなにかだろうか?


「どれどれ……?」


 おれは、壁画に松明を近づけた。


「なるほど……」


 どうもこれは、いくつかの場面が、四角い枠に区切られて、時系列の続き物として描かれているようだ。

 絵物語のようなものだろう。


「ええと……」


 まず、最初の絵では、半球状の覆いをもった墳墓のようなものの前で、三人の若者が立って相談をしている。どうも三人は冒険者らしい。一人は剣、一人は槍、ひとりは盾をもっている。いかにも冒険者の装備だから、そこはまちがいないだろう。

 次の絵は、松明をかかげた三人が、扉をあけて墳墓の中に入っていくところだ。


「うーん、こいつら、ひょっとして墓荒らしかよ。ひどいな……こんなことしたら、ばちがあたるぞ」


 おれはそう思いながら、次の絵を見た。

 羨道の中を、きょろきょろしながら三人の冒険者が進んでいく。


「ホラ、いわんこっちゃない、きたぞー」


 観察力に優れたおれは、その絵の中に目ざとくみつけたのだ。

 三人を、羨道のあちこちから見つめている、怪しげな目玉たち。

 しかし三人は気づかない。

 その次の絵は、おそらく玄室の中だろう。

 真ん中に置かれた石棺の蓋がずれて、なにか黒いものがそこから這いだそうとしている。

 三人は恐怖にひきつった表情で、壁にはりついている。

 迫真の描写だ。


「つぎは、どうなるんだ?」


 おれは急いで、その次の絵を見た。


「ああ……やられちまった……やっぱりな」


 最後の絵は、三体の骸骨が、抱き合うようにして倒れている様子で終わっていた。


「墓荒らしは、まあ、当然の報いをうけたってことだな……題して『愚かな墓泥棒の最期』みたいな?」


 おれは、後ろに立つヌーナンとパルノフをふりかえって、言った。


「なかなか、よくできた壁画じゃないか、なあ?」


 だが、二人は、真っ青な顔をしてがたがた震えているのだった。


「おいおい、どうした、二人とも。なにびびってんだよ、おかしいぞ」

「お、おい、アーネスト」

「なんだ? まあ、見てみろよ、この、剣をもったヤツの間抜け面を。よく描けているぞ。それにしても、しょぼい冒険者だなあ……」

「「アーネスト!」」

「それにしてもなんでこんな絵が描いてあるんだろうな?」

「「アーネスト!」」

「なんだよさっきから」

「お前、その絵をみてなにも思わないのか」

「なにがだよ。まあ、よくできた壁画だよな。きっと名のある絵師が……」

「そこじゃない!」

「興奮するなよ。いったいどうしたんっていうんだ」

「アーネスト、まず、最初の絵をよおーく見ろ」

「ん?」


 パルノフが言った。


「その三人が入っていく墓だがな、その形に見覚えないか」

「はあ?」


 ヌーナンもいう。


「それから、お前の言う間抜け面を筆頭にした三人だけどな、剣と楯と槍だぞ」

「へっ?」


 おれは、盾を担いだパルノフと、槍をかかえたヌーナンを見た。

 おれの手には、当然ながら、剣。


 ……。


「こ、これって?!」


 おれの声は震えた。


「「ようやくわかったか?」」


 あきれたように言う二人。


「なあ、アーネスト、この絵は、おれたちのことなんじゃないのか」


 そんなばかな。

 じゃあ、この間抜け面の冒険者はおれってことか?

 いや、いや、おかしいだろ。

 なんで、こんな古墳におれたちの姿が描いてなきゃいけない。

 いったいいつ描いたっていうんだよ。

 それに、『墓泥棒の最期』って、しまいには三人とも骸骨になっちゃってるし。

 ちょっとこれはまずいんじゃないか?!

 おれは、あわててあたりを見回した。


「どうした、アーネスト」

「いや……」


 おれは、松明の明かりを動かしてあちこち照らしながら


「この、絵にかいてある目玉がどこかにみえないかと思って」


 二人も、きょろきょろとあたりをうかがう。


「そういや、なんか、どこからか、じいっと見られてるような感じはしてるけどな」

「こわいこというのやめろ!」

「うーん、見える限りでは、目玉いないな……」

「どうすんだよ、これはなんだかヤバいぞ」


 パルノフが言う。


「戻るか?」

「いや、……それはダメだ」


 おれは、ふるえながらも言った。


「いったん受けた依頼は、『暁の刃』の名誉にかけて達成せねば」

「そうか?」

「ここですごすごと引き返したんじゃ、がんばってるエミリアに顔向けできないぞ」

「ああ……それは、そうだな」

「そうだ。それに、おれたちは墓荒らしじゃないからな。お札を貼る仕事なんだ。べつに悪いことをしようってわけじゃないから。この絵みたいにはならんだろ、きっと」

「それはどうかなぁ……」


 というわけで、おれたちは、かたまって、慎重にすすんでいった。

 おれが最前列で、横でパルノフが盾を構え、ヌーナンは後ろを警戒しながら、前進していく。

 やがて、前方で、なにかがキラリと光った。


「むっ?」

「どうした、アーネスト」

「なにか……なにか、いるぞ」

「「なにっ?」」


 おれは、松明を高くかかげた。

 突き当たりは、また金属の扉になっていた。

 玄室の入り口だろう。

 そして、その扉の前に——

 うずくまる人影。

 おれは、剣を握る手に力をこめた。

 しかし人影はピクリともうごかない。

 おれは、剣を構えながら、じわじわと接近する。


「パルノフ、おれの横をぜったい離れるなよ!」


 いざとなったら、一目散にパルノフの盾のかげに逃げ込むつもりだ。

 数歩すすむと、その人影の正体がはっきりした。


「これは……!」


 それは、朽ち果てた冒険者の骸だった。

 扉にもたれるようにして、足を前に投げ出し、すわりこんだかたちで息絶えたようだ。

 頭にかぶった安物の革の帽子をはじめとして、ろくな装備はしていない。

 きっと、おれたちと同じくらいの、へなちょこ冒険者だったのだろうな。

 奮闘むなしく力尽きたのだ。

 かわいそうに……。

 ここで果ててから、どれくらいの時間がたっているのだろうか。

 ほぼ白骨化し、その頭は、がくりと前にうなだれている。

 右手は錆びてボロボロになった剣をにぎったまま、横にのばされている。

 そして左手は、なにか小さなものを握って、腹の位置に構えていた。

 松明の明かりを反射して、キラリと光ったのはこれだ。


「なんだ、これ」


 おれは思わず手をのばした。


「おい、アーネスト!」


 パルノフが止めるが、その小さなものは、おれの手の中にすとんと収まった。

 その瞬間、なにか黒い霧のようなものが、おれの手のまわりにふわりと漂った。


「むむ? 埃か?」


 おれは、手を振ってその黒いもやを払う。

 そして、手の中のものを見た。


「これは……鍵? いや、匙かな?」


 用途がよくわからない。青っぽい金属できている。

 ぎざぎざのある湾曲した先端部に、細長い柄のようなものがついていた。

 おれが、それを手にした途端に、バランスがくずれたのか、


 ぐらり


 骸はかたむき、がしゃんと崩れ落ちた。

 骨の山になる。

 頭がはずれ、羨道をころころと転がっていった。


「ありりゃあ……」


 おれは、手の中に残ったその鍵のようなものの始末に困って、とりあえず腰の袋にしまいこんだ。

 玄室の扉には、入り口にあったのと同じような怪しげな古代文字が一面に刻まれている。

 そして、お札によって封をされていた。

 おれたちは、顔をみあわせ、そして


「いくぞ……」

「「お、おう」」


 おれがお札にふれると、


 パリッ


 札は自然に剥がれ落ち、そして崩れて消えた。

 まるで剥がされるのを待っていたかのようだ。


「「開けるぞ、アーネスト」」

「たのむ……」


 パルノフとヌーナンが、左右から玄室の扉を引き開ける——。

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