三枚のお札(ふだ)
「☆お札の張替え☆ 道祖神の祠で魔封じのお札を張り替える」
——という、たいへん重大な任務をうけおい、おれたち「暁の刃」(ただし、エミリアは出張中)は、勇んで現地に到着した。
しかし、そこにあったのは——
「うーん……これはふつう
「祠」と言うからには、野っ原に建てられた、木造のボロ小屋みたいなものを想像していたのだが、実際にそのものを前にして、おれたち全員はあっけにとられていた。
そもそも場所がおかしかった。
ふつう、道祖神というものは、疫病や魔物が、村に侵入しないように置かれるものだ。
したがって、たいていは村の境界、村の出入り口である道沿いにしつらえられていることが多い。
ところが、地図の通りに行ってみれば、そこは、村とも街道とも外れた、深い森の中だったのだ。
そして、祠。
地図に示されたその場所には、小屋なんかではない、まるでなにか、遺跡のようなものがそびえ立っていた。
二十メイグ四方ほどの石積みの方形の基壇の上に、これも石を積んだ半球状の覆いが載せられている。
かなり古いもので、石の表面は苔むしていた。
基壇の正面には、なんだか怪しげな古代文字が一面に彫り込まれた、青銅製の観音開きの扉があった。錆びついたその扉は、一枚の札が貼られて、封じられていた。札は長い間風雨にさらされてきたのだろう、ぼろぼろになっていて、いまにもはがれそうだ。
「なあ、パルノフ……これって、やはり古墳かなにかなんじゃないか?」
ヌーナンが言った。
「うむ。この構造かたちは、古い墳墓によくあるやつだな。ヌーナンのいうとおりだ」
パルノフが冷静に答える。
「神さまじゃなくて、誰かのお墓かよ! ……ブルル……やだなあ……なんか話がちがうじゃないか」
おれは、この場の不気味な雰囲気に、(内心)びびっていった。
「と、とにかくはやく片づけよう! あの扉のお札を張り替えれば、それでいいんだろ、さっさとやっちまおうぜ。パルノフ、お札をよこせ」
だが、
「いや、待て。アーネスト」
気がせいているおれを尻目に、パルノフは、背負い袋から札を出そうとしない。
「なんだ? お前がやりたいのか? それなら任せるぞ」
「お前、アリシアさんが渡してくれた、依頼文をちゃんと読んだのか」
「は? お札の張り替えだろ」
「アーネスト、どうしてそういいかげんなんだよ。さてはまったく目を通してないな」
「なにいってるんだ……まっさきに読んだにきまってるだろう。ちゃんと読んださ、リーダーとして、当然じゃないか」
「いや、読んでない」
パルノフは断言した。
むっ、なぜわかるんだ。
するどいやつだな。
「まあ、でも、ひょっとして、読んだけどもう忘れてしまったのかもしれないからな、幼なじみとしての親切心で、あえて教えてやるがな」
「恩着せがましいヤツだな」
「いいか、アーネスト、張り替えないといけないお札は、三枚だ」
「なにっ?!」
初耳だ。
「入り口の扉のお札、
「げっ!」
おれはうめいた。
「そ、そんなあ……」
じゃあ、この不気味な扉の中に入らなきゃいけないってことかよ。
しかも、
「石棺ってなんだよ! 玄室ってなんだよ! どうかんがえても墳墓じゃないか。お前らおかしいと思わなかったのかよ」
「アリシアさんのくれた依頼文にはちゃんと書いてあるぞ。お前こそどうなんだよ、まっさきに読んだんじゃなかったのか? お前が何にもいわないからだ」
「むむむ……」
おれはぐうの音も出ない。
「さて、ようやく、われらがリーダーがミッションの全貌を理解したようだから、仕事に取りかかろうぜ……」
ヌーナンが皮肉っぽく言った。
「そうだな、あたりが暗くなる前になんとかしよう……」
パルノフが答える。
だから、さっさと片づけようと、さっきおれはいったじゃないか。
「おい、ちょっと待てよ」
おれは、ふと気がついていった。
「中に入るってことは、この扉を封じているお札を、いったんは剥がさないといけないってことじゃないのか?」
「そりゃそうなるよな」
「おい、……それは大丈夫なのか?」
「大丈夫って?」
「せっかく封をしてあるのに、それを剥がしたりして、大丈夫なのかってことだよ」
「アーネスト」
ヌーナンがあきれた声で言った。
「まさにそういう仕事なんだよ、これは。さあ、さっさとやろうぜ。こんな森の中で日が暮れたら、それこそ何が出るかわからないぞ」
「う、うむ……」
おれは、覚悟をきめて、扉の前に立った。
まったく、この不気味な文字はなんなんだ。
なにか怖いモノを封じ込めてるんじゃないのかよ……。
おそるおそる、お札に手を伸ばす。
「ギャーッ!!」
「うわおっ?!」
突然叫び声が聞こえ、おれは肝を潰して、手を引っ込めた。
「な、なんだ今のは」
「アーネスト……鳥だ。森のどこかで、鳥が鳴いたんだよ。しっかりしてくれ」
「ああ、そ、そうだな。いきなりで驚いただけだ。よし、やるぞ」
ペリッ
お札は、かんたんに剥がれた。
剥がれたお札は、おれの手の中で、みるみるぼろぼろになり、朽ちて消えた。
「お札の寿命が来たってことだな。まさに、張り替えのタイミングじゃないか」
などとパルノフが冷静に言う。
パルノフとヌーナンは、両扉にある、取っ手にそれぞれ手をかけて、力をこめて引いた。
ギリギリと音を立てて、扉がひらく。
ふうっと、中からかび臭い空気が吹き付けてきた。
羨道の中は真っ暗だ。
ただ闇が続いている。
目をこらすが何も見えない。
「見えないな、エミリア」
魔法の灯火を点けてくれ、そう口に出そうとしてから気がついた。
そうだ、エミリアは、今はいないのだ。
思えば、エミリアがいてくれて、おれたちはずいぶん助かってたんだなあ……。
——って、まるでエミリアがもう帰ってこないみたいじゃないか!
いかんいかん。
エミリアに帰ってきてもらうためにも、おれたちはがんばらないと。
「アーネスト、アリシアさんがこれを渡してくれたぞ」
そういって、パルノフがとりだしたのは、松明である。
さすが有能なアリシアさんだ。よくわかっている。
おれたちは、急いで松明に火をつけた。
パチパチと音を立てて、炎が上がる。
松明をかざして、
「よし、いくぞ!」
「「おう、おう、おう!!!」
おれたちは、羨道へと踏みこんでいった。
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